第22話 戦場は喫茶アシンプトート。交わっちゃいけない奴等が交わった
遠足の翌日。歴史館での桃ちゃん襲来の余波は、俺のメンタルをゴリゴリと削ってきた。
青井瑠夏が異常なまでに、こちらを見て来る。いや、見て来るっつうか、ぶち殺さんとする瞳で捉えて来る。でもこれが絡んでこんのだよ。こぇぇよ。
放課後になり、俺は逃げるようにバイト先、喫茶『アシンプトート』へ向かった。
着替えを終えてフロアに出たら、もう仕事モード。マスターにおはようございますをしたその時、俺は自分の目を疑った。
「……は?」
窓際の席。
そこには学園のアイドルこと、青井瑠夏が鎮座していたのだ。
待って。え、待って。
俺、随分早く教室出たよ? もはやフライングだったよ。きみ、俺が教室出る時、一軍キラキラ女子と駄弁ってたよね? なんでいんの? なんなの? ゲームのイベントキャラかなんかなの?
しかし、今はそんなことを考えている場合ではなさそうだ。
あのやろう、テーブルのメニュー表になんかには目もくれず、ただ一点。俺と言う獲物を睨んで来る。
「あ、えーくん、おはよー」
カウンターで作業をしていた桃ちゃんが呑気にサイドポニーを揺らしてこちらに寄って来る。
「ねぇ、あのお客さん。えーくんが入ってきた瞬間、獲物を見つけた鷹みたいになったんだけど……昨日、えーくんと一緒にいた子だよね?」
「あ、ああ……」
「えーくん、蛇に睨まれた蛙みたくなってるよ?」
「まさに蛙化現象か」
「あ、うん。それは違う意味だね」
そんなやり取りをしていると、案の定、俺のスマホが悲鳴を上げるが如く鳴り響きやがる。
『エーヒレさん!! 今、瑛くんのバ先に来ました‼︎』
『今、目の前に瑛くんが現れたんですけど、やっぱり制服姿が良き過ぎて、しゅきがムネムネなんですけど……』
どういう意味? まぁ、意味なんてないか。
『隣の女がニヤついてます。許せん』
許さなかったらどうなるの? 殺戮の『星葬の輝き《ステラ・レクイエム》』でも放つの? あいつの場合、リアルでも放てそうで怖いんだよ。
俺は、震える手でオーダー端末を握りしめ、死ぬ気で無表情を保ちながら瑠夏の席へ向かった。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」
「……不潔」
「え?」
「何でもない」
プイっと拗ねた顔をし、顔を逸らされる。
「水持って来て。キンキンに冷えたやつを。バケツで。きみにぶっかけてあげる」
「すみません。当店ではアイスバケツチャレンジはやっておりません」
「あっ、そ。じゃあ、アイスカフェラテ」
青井瑠夏の目が笑っていない。本気で俺にぶっかける気だったらしい。末恐ろしいな、この子。
青井瑠夏は、チラリと厨房の方にいる桃ちゃんを睨みつけると、声を潜めて言った。
「……ねぇ、きみ。バイト中もあんな風に名前で呼ばれて、デレデレしてるの?」
「は、はぁ? な、んのことだよ」
「白々しいわよ。お互い名前で呼び合っ……不潔よ、不潔っ‼︎」
こいつは色々と勘違いしているらしい。弁明を図ろうと思うが、それより先に高速でスマホをいじり、エーヒレにチャットを飛ばす。
『エーヒレさん、瑛くんが冷たいです! 接客スマイルすら見せてくれません! あの女には笑いかけてたのに!』
……待て。俺、今さっき桃ちゃんに笑いかけたか? 無意識だったか?
そこへ桃ちゃんが、アイスカフェラテを持ってご登場。
「はい、アイスカフェラテお待たせしました」
桃ちゃんが青井瑠夏へ、営業スマイル──いや、これ、営業スマイルじゃないな。なんか企んでる。
含みのある笑顔で青井瑠夏に絡みにいった。
「もしかしてえーくんと同じ学校ですかぁ? 同い年?」
「そ、そうね……え、えぃぃ……くん──そこの下僕と同い年なら私とも同い年よ」
おい。そこまで言ったら、スッと名前呼べよ。なにを達成感出してカフェラテきめてんだよ。
「下僕?」
チラリとこちらを見て来る桃ちゃんが、「ぷっ」と小さく吹き出した。
「なに? こんな可愛い子がえーくんのご主人?」
「そこら辺は色々ややこしいからほっとけ」
「ふふん。そうはいかんよぉ」
こいつ。なにを企んでやがる。
「ええー、私の幼馴染を下僕呼ばわりするんですかぁ⁉︎」
「ぶふっ‼︎」
この子はこの店で吹き出さずにらいられないのかな?
「お、おさ、おささなな⁉︎」
「はぃぃ。幼馴染なんですぅ」
青井瑠夏の指が、コップの縁をミシミシと鳴らす。
「ははっ。お、おさななが、下僕だからって、高校違うし。なにを妄言を。こちとらガチ草生えるクラスメイトだし。なんかメロいわぁ」
青井瑠夏は混乱した。
「高校は違うけど、バイトは一緒ですしー。色々えーくんのこと知ってますよぉ。普段は塩っ辛いものばっかだけど、バイト終わりにこっそり高いパフェ食べてるとか?」
──ピキッ。
青井瑠夏の混乱が解けた。そして、背後から精神エネルギーが具現化した阿修羅の幻影が見えた──気がした。
『エーヒレさん!!!!! 瑛くんのパフェ事情を、私は知らないのに!! あの女が知っています!! これはもう戦争です!! 今すぐこの店に『星葬の輝き《ステラ・レクイエム》』を落としてください!!!!!』
その精神エネルギーは神速でスマホを打ち込んだ。まさに神業。
俺は、自分のスマホから届いた『世界滅亡の依頼』を無視し、震える声で言った。
「桃ちゃん。これ以上は、な?」
俺の様子を見て満足した桃ちゃんは、「はーい」と調子よく返事をしてカウンターに戻ろうとする。
しかし、ピタって止まって振り返る。
「あ、お姉さん。えーくんをあんまりいじめないでね。それ、幼馴染である私の役目だから」
てへ☆とウィンクという爆弾を落として去って行った。
青井瑠夏は、カフェラテを一気に煽ると、俺を真っ直ぐに見上げた。
「……今日のバイトは何時に上がり?」
「え、ええっと……」
「何時に終わるか聞いてんのよ」
ひぃぃ。
「きょ、今日は20時で、す」
「……待ってる」
「は、ひ?」
「エクレガのロビーで待ってるから。バイト終わりに来なさい。いいわね⁉︎」
「はいい‼︎」
それはもはや、デートの誘いではなく、処刑の宣告だった。
俺は、バイト史上最も重い足取りで、厨房へと戻っていった。




