第20話 疑惑の三半規管。相棒は超あまめ
頭がポーッとしてしまうのは、昨日、エクレガ越しといえど名前で呼ばれたからだろう。
普段、「お前を殺す」ってセリフがぴったりの魔王のような顔して接して来ていた青井瑠夏が、エクレガじゃ恥じらって名前呼び。
そのギャップにやられてしまっていた。
(今の状況で直接名前呼びされたらやばいだろうな……)
前、バイト先の時は無自覚でついつい出てしまったって感じだったけど、意識的に名前呼びされたら、俺は──。
そんなことを考えながらいつもの教室に入ると、いつもの一軍キラキラ女子達が目に入る。
「あ、永友くん、おっはー」
クラスメイトには誰にでも挨拶してくれる一軍キラキラ女子達の中、青井瑠夏がこちらを見た。
目が合ってしまい、つい顔を逸らしてしまうと、彼女がこちらまで寄って来る。
「お、おは……よ、え、え──」
どうしよ……今、名前で呼ばれたら他の連中から様々な誤解視線を受けるだろう。一軍キラキラ女子達の間では噂になり、山路達一軍陽キャ男子達からも目の敵にされるに違いない。
しかし、俺のそんな妄想は青井瑠夏の指で砕かれた。
「ええい‼︎ 下僕の分際で私より遅い登校とは何事よ‼︎」
──あ、はい。なんとなくわかってましたよ、この流れ。
砕かれた俺の妄想。「瑠夏ぁ、永友くんいじめんなよぉ」と煽るような声の一軍キラキラ女子達。
「ふんっ」
鼻を鳴らし、そのまま教室を出て行く青井瑠夏。お前はどこに行くねん。
「うわーん‼︎ 全然うまくいかないよぉ‼︎」
「は? え?」
廊下からそんな会話が聞こえて来るもんだから、教室の入り口から覗いてみる。
「ぶっ‼︎」
そこには先程教室を出て行った青井瑠夏と、朝練を終えたペーペーが立っていた。
泣きつくような青井瑠夏に対し、なにがなんやらで泣きそうな顔をしているペーペー。地獄絵図だな。
「昨日は上手くいったのにぃぃ‼︎」
「昨日? ポエムの話?」
「下僕の話だよぉぉ……」
相変わらず俺以外と話す時は学園のアイドルモードだなぁ。そんなアイドルモードから下僕とかいうパワーワードが出るのも問題だけど。
「下僕って……とりあえず落ち着いて青井さん。今時下僕なんて属性は流行らないから」
「わかってるけど脊髄反射で言っちゃうんだよぉぉ」
かわいい顔して高速でペーペーを揺すっている。
「ちょ、まっ、朝練終わりの俺に、ゆさゆさは、効く‼︎」
そんなペーペーの制止も聞かず、青井瑠夏は目を回してペーペーを揺すっていた。
あいつ、やっぱドSだわ。
とか言ってる場合じゃねぇ。
このままだと三半規管の弱いペーペーがリバースし、それこそ廊下が地獄になっちまう。
『落ち着けイルカ。脊髄の芯まで下僕を欲しているお前が、朝の挨拶をできたんだ。それだけでも大進歩だろ』
地獄を回避するチャットを送ると、「エーヒレさん‼︎」と神のお告げが届いたシスターみたいな顔をして青井瑠夏がスマホを見ている。
よってペーペーへの揺さぶりはなくなった。結果、地獄は回避したらしい。
しかし、事態は思ってもいない方向へ進んでしまう。
「ぅぅ……三半規管弱いんや……」
「え? え?」
青井瑠夏がスマホとペーペーを見比べる。
「松波くんはエーヒレ、さん、じゃない?」
「エーヒレってなんだよぉ……ぉええ……」
「⁉︎」
しまった。
地獄を回避しようとしたら、青井瑠夏がペーペー=エーヒレじゃないことに勘付いてしまった。
「じゃ、じゃあ、私は……私はぁ……⁉︎」
何を思ったのか。いや、なんとなく何を思っているのかはわかるけども。
青井瑠夏はグロッキーになっているペーペーを掴む。
「わ、わわ、忘れてぇ‼︎ 松波くん‼︎ 全てを忘れてぇ‼︎」
「ぐぶぶ……む、むりぃ……忘れられないこの感覚……」
「うわーん‼︎」
オーバーキルの地獄絵図、継続‼︎
♢
「エーヒレさん‼︎ 酷いです‼︎」
エクレガのいつもの噴水広場にて、ぷんすか怒った様子のイルカ。アバターが頬を膨らませていた。
「だから、最初から俺は松波じゃないって言ったろ」
「もっとテンション上げて言ってもらわないとわかんないです‼︎」
俺に一軍キラキラ女子と同じテンションになれってか? 無理だろ……。
「私、エーヒレさんの黒歴史を松波くんに唱えちゃいましたっ‼︎」
「無事に美少女ポエマーとしての烙印を押してもらえたな」
「あああ……わた、私……私、松波くんに……松波くんにぃ……」
頭を抱え、ガタガタ震えているイルカ。
安心しろ、ペーペーもお前の意味不明な言動で震えてるだろうよ。
「まぁまぁ落ち着けイルカ。松波くんにお前の好きな人とか、色々口には出していないだろ」
「──確かに」
さっすが一軍キラキラ女子。立ち直りがダチョウの足より早い。
「っぶねぇ。松波くんをエーヒレさんと思ってたら今頃、永友きゅんしゅきしゅきほざいてたぁ」
言動がダチョウ並みなんだけど……まぁ、それはいっか。
「てか、エーヒレさんって結局誰なんですか⁉︎」
「だ、だから、遠足なんてそこらで被るだろ」
「むむぅ……」
拗ねた声を出したあと、半ば諦めたように息を吐く。
「リアルの干渉は良くないですよね。自分から自分のことを言うのは良いけども。私、ネットリテラシー高いですから」
どの口がほざいてんねん。
「ただ、エーヒレさん……仮に、仮にですよ。私と同じ学校だとして……その……私との……ことを……」
彼女がなにを言いたいかすぐにわかり、俺はイルカの額にデコピンしてやる。
「──ったあ‼︎ な、なにするんです⁉︎」
「イルカとの大切な時間を誰かに言い回すなんて野暮な真似するかよ」
「……エーヒレさん」
「お前が思っている以上に、俺はお前との時間が大好きなんだ。言わせんな、ばぁか」
言ったあとに、俺はとんでもなく恥ずかしいことを口走っているなとわかり、すぐさまログアウトしてしまった。
「──はっず……やばぁ……」
VRゴーグルを外して、手で熱った顔を仰ぐ。
パタパタと大してこない風を浴びていると、スマホが震える。
『私の方がエーヒレさんとの時間が大好きですよ。ばぁか』
なんだよ、こいつ。かわいいかよ……。




