第19話 聖徳太子も絶句する三面持ち
「もーこれ、どうすんの? どうすんだよおおおおおお‼︎」
嘆きの声を出しながら、俺はダッシュで帰宅した。
「あ、おにぃ、おけーりー」
玄関を開けると中学三年の妹である、永友紗奈が出迎えてくれた。口元にアイスを加え、自室に入ろうとしているところらしい。
「珍しいな、紗奈。部活は?」
「休みぃ。おにぃは今からゲーム?」
「まぁな」
「あっはは‼︎ そのために必死に走って帰って来たとかおにぃらしいねー」
「まじウケるよな。自分でもウケてるよ……色々と」
そんな適当な返しをしながら部屋に入ろうとして立ち止まる。
ちょっと待て。これ、紗奈に手伝ってもらったら良いんじゃね?
「なぁ、紗奈」
「え? なに、真剣な顔して……」
いや、ここでゲームなんてロクにしない紗奈に手伝ってもらっても、ボロが出るだけだろ。
「や、すまん。なんもない」
「なんもないんかーい。ま、ゆっくりゲームしなよー」
一言残して紗奈は自室に入って行った。
「──よし」
俺は気合いを入れて自室に入り、いつも通りにVRゴーグルを装着。
今日のミッションは、前代未聞の三面待ち。
MISSON1.エクレガを知らない『初心者』:イルカに可愛がられる。
MISSON 2.スマホの向こうの『相棒』: イルカからの惚気相談に答える。
MISSON 3.現実の『永友瑛』:上記二つを完璧に演じ分け、かつ正体バレを防ぐ。
「……俺の脳よ、耐えてくれっ」
謎のテンションになってそんなことをほざきながら、青井瑠夏からもらった招待コードを入力し、適当に作ったアバターでログイン。
名前は『A』だ。単純に読み方が『えい』だからって理由。まじで適当。
いつもの噴水広場に到着すると、フレンドには既に『イルカ』が入っていた。招待コードで入ったから、強制的にフレンドになっていたんだな。
『え、ええ、エーヒレさん‼︎ 永友くんがログインログインログインインしました』
現実の方のスマホが鳴る。エーヒレがログインしていないことがわかり、こちらに連絡が来たのだろう。
『そうか。二人の邪魔しちゃ悪いからな。陰ながら応援しているよ』
『ありがとうございます♪ イルカ、いっきまーす‼︎』
その宣言通り、Aの前に見慣れた格好の魔法使いが現れる。
「うぃっすーイルカ」
手を挙げて挨拶すると、イルカが首を捻った。
「あ、よく私だってわかったわね」
あ、やっば。ついいつも通りに挨拶しちまった。
「ええっと、ほら、フレンドの中にイルカって人がいたから青井さんかなって」
「ふぅん。フレンドとかの見方わかるんだ」
やばい。疑われたか。
しかし、そんな俺の心配は杞憂に終わる。
「でもダメよ、ここでリアルの名前出しちゃ。ネットリテラシーってやつ。ここでは私はイルカ。わかった?」
どの口が言うとんねん。お前、俺の名前出しまくりだろうがっ。
「あ、そ、そうなんだ。勉強になりゅぅ」
なんて本音は言えず、苦笑いで答えてしまう。
「ふふん。この世界のことならなんでも質問しなさい」
ドヤ顔で先輩風を吹かすイルカ。こいつ、後輩とかに威張るタイプか。
「よし。次のイベントまでにきみを今日でレベル20まで引き上げてあげるんだから」
「い⁉︎」
おいおい。何時間やるつもりだよ。一日でレベル20は廃人レベルだぞ。
今から始まる強制レベル上げに驚愕していると、スマホが震える。
『永友くんの初期装備、ひょろひょろで守ってあげたさがカンストしているんですけども‼︎ 今日は騎士モードで行こうか悩んでしまいます‼︎』
『やめとけっ。イルカの騎士だけはやめとけ』
前回のこともあり、悲惨な末路しか向かえないだろうから、全力で止めておく。
『──そうですね。永友くんにはカッコいいイルカを魅せたいので、いつも通り魔法使いでいきます』
♢
噴水広場から歩いて数分。
久しぶりにやって来た初心者用のフィールド。
テンプレらしく広大な草原に、雑魚敵の象徴であるスライムがそこら辺を、ぷるぷるしながら歩いている。
「さあ、まずは小手調べ。あそこのスライムを倒しなさい」
「はいはい」
適当な返事をし、初期装備の木の棒でスライムを小突く。
だが、ここで問題が発生した。
長年の廃人生活で染み付いた「最適解の動き」が、無意識に漏れそうになるのだ。
(あ、ダメだ。今のスライムの挙動なら、左に一歩避けてからカウンターを入れれば……いかんいかん! 俺は初心者だ! ここはわざと体当たりを食らって転ばないと!)
「……わぁー、強いー(棒読み)」
「大丈夫⁉︎ くっ、よくも永友くんをっ‼︎ スライム如きが許さないっ」
おい、ネットリテラシーどこいった?
『星葬の輝き《ステラ・レクイエム》』
ええええええ⁉︎
スライム相手に最強魔法ぶっ放すの⁉︎
天空から流星群が落ちてくる。それらがスライムへ命中。一発だけでオーバーキルなのに、無数の流星群はHPのなくなったスライムに、容赦なく降り注ぐ。
スライムは跡形もなく消えた。
──やりすぎだろ。
こいつ、ネットリテラシーもなければ、スライムリテラシーもねぇ。
「──はっ」
イルカも自分がやり過ぎたことに気がつき、わたわたと焦り出す。
「つ、次は頑張ってね」
「は、はい」
鬼コーチだ。
♢
だが、そんな鬼コーチの下だから、ゴリっゴリに強くなっていく。
レベルも目的の20に到達していた。
強い人と一緒にいると、レベルの上がる速度も早いんだな。
俺がレベル20になるには数日かかったのに。
「ここらで休憩にしましょう」
初心者用フィールドの奥の方。平原のベンチに腰掛け、隣り合って座る。
「……」
「……」
会話はない。
イルカとなら別に会話がなくたって気にならないが、今は相棒としてではなく、クラスメイトの青井瑠夏と永友瑛として接しているからか、気まずい。
スマホが震えた。
『エーヒレさんっ。永友くん、めちゃくちゃエクレガ上手いです‼︎ なんかプレイスタイルがエーヒレさんに似ているような気がしますが』
ドキンと心臓が跳ねる。
やばい。ついいつも通りのプレイになっちまったか。
『俺とイルカって結構プレイスタイル似てるだろ? 永友くんもそれを見て真似たんじゃない?』
『あー、そゆことですか。だからですかね。永友くんと普通に話せている気がします』
そういえばそうだな。
なんか普通に話せている気がする。
いつものドスがない。
『こ、このまま、この勢いで、名前呼び、し、しても良いですかね⁉︎ 本当はイベントの時にって思ったけど、早計ですかね⁉︎』
『いや、別に良いんじゃない?』
『よよよ。よし……決めました。今日決めます‼︎』
チャットから強い意志が伝わって来る。
「永友くん‼︎」
おい。本当にネットリテラシーどこいった。
しかし、隣に座るイルカにそんな余裕はないみたいだ。
「私達、一緒にエクレガをやってる仲間よね?」
「そうだな」
「それに同じクラスだし……だから、その……」
……。
…………。
沈黙になってしまう。
明らかに緊張している様子。
これはもう……俺から言ってあげた方が良いのだろうか。なんて悩んでしまう。
でも、イルカが今日決めるって決めたんだ。それなのに俺から言うなんて相棒のプライドを傷つける行為ではないだろうか。
こちらも、グルグルと悩んでわいると、「瑛くん」とほんのり聞こえて来た。
「き、きみのこと、下僕なんて呼びたくない。本当は瑛くんって、呼びたい、です」
俺は目を丸めてしまう。
よく頑張ったな、と頭を撫でてあげたくなる。
「ダメ、ですか?」
「青井さんがそう呼んでくれるなら嬉しいよ」
素直に答えると、イルカの蔓延の笑みが咲き誇る。
「ありがと」
あ、その顔……だめだ……なんか照れ臭くなって直視できない。アバターってわかってるけど、彼女の顔が見れない。
「げ、下僕って呼ばれるよりマシだし」
なんか照れ隠しみたいな言葉が勝手に出て来てしまう。
こんなこと言うと、せっかくトゲがない状態なのに──。
「ご、ごめん。それは、もう、ほんとに……」
ありゃ。本当にいつもと違う。
「や、やや、別に気にしてないって言うか……」
「その代わりって言うか……あ、あの、私のこと、瑠夏って呼ぶ?」
「え?」
「あ、や、えと、わ、忘れて‼︎ うん、忘れて‼︎」
顔を真っ赤にして目を逸らされる。
「で、でも、俺のこと名前で呼ぶなら、バランスてきにそう呼ばないと変、だよな」
「そ、そう‼︎ バランス‼︎ バランスてきに、ね‼︎」
「うんうん。バランス、バランス」
その後、二人して黙り込んでしまう。
エクレガの世界なのに、ギャルゲーみたいな空気が流れ、悶えてしまいそうになる。
それ以上、俺達に言葉はなかった。
しかし、スマホが震える。
『えんだああああ‼︎』
『それはエンディングでは?』
『エーヒレさん‼︎ とうとう永友くんを名前で呼べました‼︎』
『おめでとう』
『ありがとうございます‼︎ 明日、改めて学校でお礼させてもらいますね‼︎』
──またペーペーが訳がわからんことになりそうだな、これ。




