第18話 勘違いは続くよどこまでも。中二ポエムが導くエクレガへの道
名前呼びから、エクレガのイベントの誘い──そこからどうやったら友達のペーペーがエーヒレになるのやら。
イルカのやつはペーペーがエーヒレと思い込んだままログアウトしちまった。
そのまま誤解を解く暇もなく、翌朝を迎えてしまった。
(……ごめんな、ぺーぺー。お前は真実を知らないまま『恋愛マスター』に任命されたんだ)
内心謝りつつ、教室の自分の席でペーペーが来るのを待つ。
イルカからのチャットは来ない。
「おはよー」
来た。
ペーペーがバスケ部の朝練を終えて教室に入って来る。
なにも知らねぇ間抜け面に、心の中で脱帽である。
「……ッ‼︎」
青井瑠夏が、登校してきたペーペーの姿を捉えた瞬間、椅子からガタッと立ち上がった。
「瑠夏ぁ? どったの?」
「ちょっと、ね」
意味深な言葉を一軍キラキラ女子達に残すと、ドスドスとペーペーの席に向かう。
顔が赤い。だが、それはペーペーに恋しているのではなく、夜中に送ったポエムを翌朝読み返してしまった時のような、極限の羞恥心に近い赤さだ。
そりゃそうだ。あんなに熱烈に永友くんへの恋心を相談してた相手が、目の前のバスケ部だと思ってんだもんな。
なんか、遠くから俯瞰するように二人の様子を見守る。
「おはよ。松波くん。朝練お疲れ様」
青井瑠夏の挨拶は、そりゃもう極上のアイドルボイス。俺なんかじゃ聞くこともできないような声である。
「おはよう、青井さん。どうかした?」
あの間抜けなバスケ部員は、極上の挨拶を聞いても、いつも通りなんだが。なんだ? バスケ部だからモテるんか。
「いや、用事といえば用事なんだけど……その昨日の件というか……」
「昨日の件?」
心底なにを言っているのか理解できていないペーペーは、間抜け面の上に?マークを出した。
「……ふっ。なるほど。流石ね……リアルではあくまで松波純平くんってわけ、ね」
「んんん? どうした?」
「みなまで言わないで。そうよね。ここはリアルだもん。流石ね、このデキる相棒♪」
「……はぁ?」
「ふふっ。また後でお話ししましょ♪」
あかん。青井瑠夏の中では、もう『ペーペー=エーヒレ』がガチガチの真実として固定されてる……‼︎
しかもタチが悪いことに、青井瑠夏のペーペーを見る目が、いつものクラスメイトを見る目じゃない。
なんていうか……こう、信頼を寄せる相棒を見るような、熱っぽくて、ちょっとだけ潤んだような……俺が喉から手が出るほど欲しかった視線。
くそぉ……。
なんだか嫉妬の炎が腹の中から生まれてしまうと、俺のスマホが震えてしまう。
『エーヒレさん……ここではいつも通りエーヒレさんって呼びますね』
『あとで屋上に来てください。永友くんをエクレガに誘うための相談をしたいんです』
送られてきたメッセージをスマホの画面越しに見つめ、俺は天を仰いだ。
青井瑠夏の中では「リアルではとぼけてみせる松波くん、マジで有能な相棒」という誤解が鋼鉄のギミックのように完成している。
……だめだ。ここで「俺がエーヒレだ」なんて言ったら、昨日の今日で青井瑠夏の羞恥心が爆発し、文字通り物理的な阿修羅となって俺を消し炭にするだろう。
「……なぁ、えーちゃん。さっきの青井さん、マジで何だったと思う? 『デキる相棒』って……朝練してた間になにがあった? 怖いんだけど」
震えた様子でペーペーが俺のところへやって来る。
「良かったな。学園のアイドル公認の相棒様」
「良かねぇよ‼︎ 見てみろよ、周りの視線を‼︎」
あ、うん。そうだね。
俺の時は、ガン飛ばされてる可哀想な男の子だけど、キミの場合は爽やかバスケ部に話しかける学園のアイドルだもんね。学園のアイドルの顔と声を独り占めしてたもんね。その報いだね。俺のせいだけども。
♢
イルカへ敢えてチャットは返していない。
ここでリアクションを起こさない方が良いと思ったからだ。下手に動けばまたややこしいことになる。ここは嵐が過ぎ去るのを待つように、ジッと──。
「ね、松波くん。ちょっと良い?」
うん、はい。嵐のような子がおいそれと待ってくれるはずもなし。
青井瑠夏は強制的にペーペーを連れて教室を出て行きやがった。
ちくしょう‼︎ 待て‼︎
とも言えず、俺はただただアサシンよろしく、ストーカーのように二人の後を追う。
場所はやっぱり屋上。チャットでも言ってたし。俺は塔屋の物陰に隠れ、二人の様子をこっそりと伺う。
「えっと……今日はどうした? 青井さん」
ペーペーは困惑の様子で青井瑠夏へ尋ねた。そりゃそうだ。普段、会話はするだろうが、ここまで密に絡むこともなかった青井瑠夏が、いきなり屋上に呼び出したんだ。色々と勘繰ってしまうだろう。
そんな青井瑠夏は、キョロキョロと辺りを見渡した。
今日は屋上にいる人は少ない。
少し安堵した青井瑠夏は、それでも少し音量を低くしてペーペーに言ってのけた。
「松波くん。ここなら大丈夫でしょ」
「なにが?」
「ぬぬっ。DEFが堅いわね」
「どゆこと?」
「凄い演技力だよね。流石は私の相棒♪」
肘でペーペーのことをツンツンしている。
むむっ。ああいうのは俺にやるべきだろ。俺が相棒なんだし。
とか、余裕ぶっこいでいる場合じゃなさそうだ。
「そこまでガードが堅いのは前衛として頼りになるけど、今は真剣な話がしたいから崩させてもらうね」
青井瑠夏は、「この手は使いたくなかったけど」と、呪文を唱えた。
『暴れるな……まだその時ではない』
──⁉︎ そ、それは……⁉︎
『漆黒の檻に繋がれた 咎人の血が
月の満ち欠けに共鳴し 咆哮を上げる
誰もが「日常」という仮面を被り
偽りの平穏を享受しているが
俺の瞳には映っている
終焉へと向かう 秒読みが
ククク……見ろ、世界が泣いている』
これは俺の中二病ポエム(当時カッコ良いと思ってイルカに言ったら絶賛だったやつ)
「ええっと、青井、さん? え? なに?」
「うっそ。今のでもだめ? 流石は廃人勢」
「は、廃人⁉︎」
まともなバスケット少年が、学園のアイドルに廃人認定されてしまう。
『理解り合えるはずもなかった──』
ちょ、まっ、や、やめろ、やめてくれえええ‼︎ 恥ずかしくて死ぬ。死ぬからあああ‼︎
「ぬあああああ‼︎」
その場で我慢できずに、俺は飛び出してしまう。
「き、きき、奇遇だなぁ、二人、とも」
嫌な汗が大量に出ていても臆することなく、二人の間に割って入る。
「えーちゃん? どったの?」
「いや、ペーペーが屋上に行くのが見えたから、一緒に昼でもどうかなぁって」
「そうなんだ。でも、今は──」
チラリとペーペーが視線をやると、「ひっ」と声を上げてしまう。
だって、ねぇ。
さっきまで学園のアイドルモードだった青井瑠夏が、ガン決まりの睨みを効かしていりゃ、誰だってそんな声になる。え、今から誰かを処刑でもすんの?
「きみ」
低いドスの効いた声に、ゴクリと生唾を飲み込んでしまう。
「エクレガをやりなさい」
おいおい。主語なしの言葉は、初見だったら全然意味わからんぞ。俺だからわかるけども。
「は、はい」
でも、そんなツッコミができないくらいに青井瑠夏の顔は怖かった。
「か、勘違いしないでよね。今度イベントあるからってだけで。招待したらレアアイテム貰えるからってだけだから。それだけだから」
そう言い残して、ミディアムヘアを靡かせて颯爽と立ち去って行った。
「ええっと……もしかして、俺が屋上に呼び出されたのって、えーちゃんをゲームに誘うため? 相棒って、俺とえーちゃんのこと?」
うん、ペーペー、ぜぇんぜん違う。
『エーヒレしゃぁぁぁん‼︎ やりました‼︎ 永友きゅんをエクレガに誘えましたあああ‼︎ 隣で見守っていてくれてありがとうございます♪』
こっちもこっちで、ずぅっと勘違いしてる。
『めっちゃ緊張しましたぁ。お昼ご飯食べてないのに口からなにかしら出そうなくらいやばかったですよぉ。でも、やった♪ 誘えました。やっべ、めっちゃテンション上がる』
毎度ながらあれは緊張した顔じゃねぇぞ。ドス効いてたぞ。
『今日もエクレガ集合ですね♪』
あーあーあーあー‼︎ 色々こじれてんなっ、もう‼︎




