第16話 逃げちゃダメだ。星降る夜の祭典に誓いを
バイトが休みな俺は、学校から帰るとすぐさまVRゴーグルを着用し、エクレガの世界へと潜り込んだ。
「……あ、エーヒレさん」
いつもの噴水広場。
そこにいたのは、いつもみたいにはしゃぎまくるイルカではない。
広場の隅。石段に腰を下ろしている。魔法使いの杖を横に置いて、体育座りをぶっこんでいる。
小さくなる、というのはまさにこのことだな。
「よぅ。元気ないな」
俺が声をかけると、イルカは顔を上げず、くぐもった声で応えた。
「……死にたいですぅ。エクレガのデスペナルティで、私の羞恥心だけデリートしてほしいですぅ……」
「ハイテンション課金中魔法使いが何を弱気な……昼間、なにがあったんだよ」
優しく声をかけてやると、イルカがバネのように飛び起きた!
「聞いてくださいよエーヒレしゃぁぁぁん!!」
いつもの絶叫をいただきました。
「チャンスだったんです‼︎ 私の謝罪の流れから、永友くんも謝罪してですね、こりゃもう、『瑛くん』って呼ぶ黄金ルートが見えてたんです‼︎ なのに……なのにぃぃぃ‼︎ ぶきゃあああ‼︎ やらかしたっぴぃぃぃ‼︎」
あ、壊れた。
「何があったんだよ(知ってるけど)」
「エイまで出たんです‼︎ こう、ね、喉元まで瑛くんがこんにちはをしてたんです‼︎」
してねぇよ。お前の喉にいたらこえぇだろうが。
「でも、永友くんの顔を至近距離で見たら、脳内の全魔力が暴走したかのようになって……気づいたら、気合いを注入してましたぁぁ!!」
イルカは頭を抱えて、広場を高速で往復し始める。
……うん。その気合いに付き合わされた俺の身にもなってほしい。
「永友くんね、一緒に拳を突き上げてくれたんですよ……? すっごく良い声で『おー!』って。……もう、優しすぎて辛いですぅ! あんな馬鹿なノリに付き合ってくれるなんて……え、ちょっとまって、これもう私のこと好きなんじゃないですかね!?」
「それは、断れなかっただけだろ……」
「でもですねぇ……逃げちゃったから、たぶん今、『変な女』ランキング一位ですよぉ……」
「安心しろイルカ。昔からお前がNo.1だ」
「ちょ、それ、酷くないですかー⁉︎」
ぷくぅと膨れるイルカ。
イルカのアバターもかわいいが、青井瑠夏の方が見た目が良いと思ってしまう。アバターよりかわいいリアル。お前、凄いな。
「落ち着けイルカ。名前呼びはできなかったけど、お互いに謝罪はしたんだろ。そんなに気にしてないんじゃないか」
「そうですねぇ。私の本来の目的は謝罪で……永友くんも謝ってくれて……ん? あれ、これ、二人で謝り合って、二人で拳を突き上げて……これって、ある種のケーキ入刀では?」
「お前は結婚式でエイエイオーをするのか?」
「したことないからわかんないです」
「確かに」
俺が結婚式を語っちゃいけんな。結婚式を語れるのはウェディングプランナーと結婚式を挙げた夫婦だけだ。
「……エーヒレさん」
少し落ち着いたのか、イルカはいつも通りの声色で俺の名前を呼ぶ。
「私、決めました。次は、絶対に逃げません」
「いや、そこまで思い詰めなくても……名前で呼ぶ呼ばないってだけだろうに」
「いえ‼︎ 逃げちゃダメです‼︎ 次は……次は永友くんをエクレガに誘います‼︎」
「──はぃ?」
今この子、とんでもないこと言わなかった?
「もう少ししたらゲーム内であるじゃないですか。『星降る夜の祭典』。新規フレンドを誘って参加すると、限定アイテムがもらえるっていう……」
……待って。え、待って。
まじにリアルでイルカが俺を「エクレガ」に誘うってことか?
「私、リアルで彼に『エクレガやってる?』って聞きます! そして、もしやってたら、一緒にこれに参加して、その、どさくさに紛れて……っ!」
「……紛れて?」
「……名前で、呼びます‼︎」
イルカは天に向かって拳を突き立てた。
まるでその選択に悔いなどないかのような強い意志が感じ取れる。
……おいおい、それ。
もし俺が誘いに乗ったら、「エーヒレ=瑛」であることがバレる最大のリスクじゃないか?
「……た、たた、楽しみにしてるよ。う、うま、うまくいくといいな」
俺は精一杯の他人事を装って、そう答えるしかなかった。
「はい‼︎ エーヒレさん、その時は陰ながら見守っていてください」
その時は陰ながら見守れないんだが。思いっきりスポットライトが当たるんだが⁉︎




