第15話 気合いの咆哮じゃ歴史は動かない
約束通りにお昼休みに屋上へやって来る。
行かなかったら現実でもエクレガでもとんでもない目に合いそうだからな……。
屋上は一般開放されているもんだから、他にも大勢の生徒が見られる。学内でも人気スポットの一つだし、開放されていたら行きたくなるよね。
その屋上に、明らかに別格のオーラを放つ人物がいた。屋上にいる男女の何人かが、彼女に注目している。
「遅いわよ、下僕」
別格のオーラを放つ青井瑠夏は、口調も別格。改めて聞くとえげつないこと言っているんだよ? きみ。
「そっちが早すぎるんだろ」
なに? やっぱり現実とエクレガってリンクしてんの? ってくらいの俊敏さ。
「き、きみには、もっとこう、なんていうの? 緊張感とか持てないわけ? わ、わた、私が、わざわざ、二人きりの場所に、きみを、呼んだけど?」
おかしいな。身長は俺の方が高いはずなのに、見下すように睨まれてしまう。相手を怖がっていると、身長が高く見える心理みたいなものかね。
「緊張はしてる。青井さんに何されるか分かったもんじゃないからな」
「なっ……⁉︎ 私をなんだと思ってるのよ‼︎」
青井瑠夏は憤慨して一歩詰め寄ってくる。
しかし、すぐに何かを思い出したように「はっ」として足を止めた。
そこからは、地獄の沈黙タイムだ。
瑠夏は俺の胸元あたりを凝視したまま、唇を震わせ、指先をモゾモゾと動かしている。
俺が助け舟を出すべきか迷っていると、青井瑠夏が意を決したように顔を上げた。
その瞳は、覚悟を決めた騎士(エクレガの廃課金魔導師)のそれだ。
「ごめんなさい」
彼女は深々と頭を下げた。
「……え?」
一瞬、訳がわからずこっちの方が動揺してしまう。
「うわー、あの男子振られちゃったね」
「まぁ学園のアイドルの青井瑠夏が相手じゃそうなるだろ」
待て待て待て。
なんか俺が振られた感じ出てんですけども。
「昨日‼︎ 昨日……永友くんに恥かかせて……エスプレッソぶっかけてごめんなさい」
青井瑠夏は他の人達のことなんて眼中にないのか、そのまま続けてくる。
その言葉が他の人達にとって、あなたとは付き合えない理由を喋っていると思われているだろう。
「すぐに謝りたかったけど……なんか、その……色々と──きゃっ」
「ちょっと来い」
青井瑠夏がまだまだ続けようとするので強制終了を施す。
「え? あ、その、ちょっ、永友くん⁉︎」
彼女のことなんて心配する余裕もない俺は、そのまま屋上を出て行った。
♢
そのまま俺達は人気のない校舎裏へとやって来る。昼休みにこんなところへやって来る生徒はいない。
「はぁ……はぁ……」
息を切らして、その場で中腰になる──って、なんでお前はあんだけダッシュしたのにケロッとしてんだ。マジにエクレガのアバターかよ。
「いきなり走ってどうしたのよ? 発情期?」
「んなわけ──」
いや、思春期なんて発情期となんら変わらんか。
「じゃなく、なんか俺が青井さんから振られた空気になってたから、逃げたんだよ」
「は? なにそれ。私が永友くんを振るわけないでしょ」
ナチュラルに発言したあと、自分の言っている意味を理解したのか、ボンっと顔を真っ赤にした。
「ち、違うから‼︎ そういう意味じゃないから‼︎ か、勘違いしないでよね‼︎」
「は、はい」
顔を真っ赤にして詰め寄って来るもんだから、それ以外の返事ができない。それくらいの迫力が彼女にはある。
「て、てか、私が言いたいのは、昨日はごめんなさいってことだから‼︎」
そうだよな。
俺はてっきり、名前呼びのための呼び出しと思っていたけど、謝罪したかったんだもんな。
そこはエーヒレにも言えなかった、真の目的ってやつなのだろう。
「俺の方こそごめん」
俺も負けじと頭を下げた。
「え? な、なんで、永友くんが、謝って…… え?」
「昨日、苦いってわかっててエスプレッソを用意した俺が悪いよな。ごめん」
「う、ううん……それは私が──」
許しを得ようとした言葉が聞こえて来た気がするが、どうやら俺の気のせいみたい。
「そ、そそ、そうね。それはそう。まじでそう」
うんうん、きみが悪いと言われてしまう。
「だ、だだだからぁ、きみが悪いからぁ、そ、のぉ、ば、罰としてぇ」
大丈夫だろうか。青井瑠夏の目が回っているように見えるのだが。
「ば、罰として……え、えい……って……え、えい……えい……エイ……」
「エイ?」
「……エイ、エイ、オーッ‼︎」
彼女がいきなり拳を天に突き上げた。
……。
…………。
「ん?」
「気合い‼︎」
「きあい? なんの?」
「お、お弁当‼︎ 今からお昼でしょ‼︎ これからお弁当を食べるための気合いよっ‼︎ ほら、きみも‼︎」
「は? 俺も?」
「下僕なんだから言うこと聞きなさい‼︎」
ここで権力を発動させる辺り、こいつに権力者は無理だと思った。
「さっ、いくわよー‼︎」
青井瑠夏は気合いを入れる。
「えいっ、えいっ──」
「「おー‼︎」」
青井瑠夏は先程よりも鋭く天に向かって拳を突き立てた。
その姿は、我が生涯に多大なる悔い有りと言わんとする拳であった。
結局、名前呼びミッションは、謎の「エイエイオー」に化けて霧散した。
青井瑠夏は顔から火が出そうな勢いで俺を突き飛ばすと、そのまま猛ダッシュで消えていった。
「……」
一人、取り残されちゃった。
今の「エイ」って、まさか俺の下の名前の「瑛」を言おうとして、パニックで気合になっちゃったのか?
俺は溜息をつき、空を仰いだ。
その時、ポケットのスマホが激しく震える。
『エーヒレしゃぁぁぁぁん!! ダメでしたぁぁぁ!! “エイ”まで出たのに、最後が“オー”になりましたぁぁぁ!! 歴史が……歴史が動かなかったんですぅぅ!!』
そうだね。歴史、動かなかったねぇ。




