第14話 チャンスよ広がれ‼︎ いや、それはチャンスと呼ぶのだろうか
「名前呼び、か」
朝の通学路を歩きながら、ぽつりと零す。
昨日のエクレガでのイルカの宣言。
俺を名前呼びするという試練。
いや、青井瑠夏に名前呼びなんてされたら、こっちの心臓がもたないぞ。
どっちかっていうと、こっちの方が試練な気がする。
「えーちゃん。おはよう」
トンっと肩を叩かれて隣に並ぶのは、同じ中学出身で、リアルで仲の良い松波純平──ペーペーであった。
「あれ? ペーペー朝練は?」
彼はバスケ部に所属しているため、毎日朝練に出ている。そんなもんだから、この時間に通学路を歩くのは非常に違和感だ。
「寝坊しちゃった」
「大丈夫なん?」
「全然大丈夫じゃない。顧問にブチキレられる」
あははと大したことないように笑っている。その精神的余裕は、運動部特有のなにかなのだろうか。
「お、あれはえーちゃんの主人の青井さんじゃね?」
顧問に怒られる未来など微塵も怖くないみたく、前の方を歩く女子生徒を見て、ペーペーが言ってのける。
あの凛として歩く仕草。なにより感じる美のオーラ。間違いなく青井瑠夏だろう。
「誰が主人だよ」
「あれ? えーちゃんが主人だっけ?」
「末恐ろしいこというなよ。周りから殺されるだろ」
「……それは、あながち間違いじゃないかも」
滅多なことは言うもんじゃないな、とか言いながら「青井さーん」と、ぺーぺーが早歩きで青井瑠夏の方へと歩み寄る。
あんにゃろ。朝から面倒くさいことしやがって。
こっちの事情など知る由もないぺーぺーは容赦なく青井瑠夏の隣に並んだ。
「おはよ、青井さん」
「あ、おはよう、松波くん」
ニコッとエンジェルスマイルがぺーぺーに放たれる。
ほんと、俺以外には天使のような笑みを配る学園のアイドル様なこって。
それにしてもぺーぺーのやつ、あのエンジェルスマイルを受けて微動だにしてないってのも、凄い精神力だな。俺なら秒で屈するぞ。
「珍しいね、この時間にいるの。朝練は?」
「寝坊しちゃったんだよね」
「大丈夫なの?」
首を傾げて心配そうにしてくれている青井瑠夏に対し、「あっはっはっ‼」と大きく笑いだすぺーぺー。
そんなもんだから、青井瑠夏の頭に???マークが大量に出ている。
「ごめんごめん。──えーちゃんと同じような内容だったから、つい。な、えーちゃん」
「え?」
ペーペーが振り返って来るのに、つられるように青井瑠夏が後ろを振り返って来る。
目が合うと、徐々にエンジェルスマイルが失われ、デビルスマイルになる。いや、デビルっていうか、魔王というか……とにかくめっちゃ怖い。ぺーぺーも、一瞬で笑顔が変わったことに引いている。
「ぉ、おお、お──」
いや、この前は、おはようを普通に言ってくれただろ。なんで躊躇ってんだよ。
「おのれ下僕ぅ‼ 昨日はよくも私に恥をかかせてくれたなっ‼」
「それは俺のセリフでは?」
ビシッと指を差して宣言してくる。
「お昼休みに屋上に来なさい‼ 絶対に来ないと許さないんだから‼」
そう言って、脱兎のように逃げて行った──。
「青井さんの走り……えぐくない?」
「だな」
エクレガのイルカよりもAGIが高そうなまである。
「──んで? 下僕のえーちゃんよ、なにがあった」
「説明するの面倒くさい」
♢
とかなんとか言いつつも、ペーペーに昨日のことをかいつまんで説明した。
「ご褒美じゃん」とかほざくぺーぺーには、その業界の素質があるのかもな。
ぺーぺーと一緒に教室に入ると、「おはよー、松波くん、永友くん」と廊下側の席より一軍女子達がお出迎え。もちろん、青井瑠夏はフル無視をぶっこんでくる。
自分の席へ座ったところで、ようやくさっきからやたら震えていたスマホを取り出す。
『エーヒレしゃぁぁぁん‼』
「やっぱりお前かっ」
わかっていたさ。青井瑠夏がダッシュした数秒後には、西野きゃな並に震えていたからな。
『朝ですね、いつも朝練しているクラスメイトと一緒になって、あ、そのクラスメイトは永友くんの親友なんですけども』
あ、俺とぺーぺーって第三者から見ると親友扱いなんだ。なんか照れるな。
『その人が、永友くんと一緒のこと言ってるぅ、お似合いだなぁって言って来たんですよ。すごくうれしくて朝からハイテンションになったんですね』
脳内変換が凄いな、この子。そんなこと言ってなかったぞ。
『そのハイテンションのまま振り向いたら永友くんがいまして、私、ハイテンションで空回りしてしまい……』
あの魔王スマイルの真実はハイテンションの空回りだったの? どっちにしても怖いけども。
『でもでもでも‼ なんとか屋上におびき寄せました』
おびき寄せたってなんだよ。ほぼ脅しだよ、あんなの。
『本当は朝の挨拶でナチュラルに瑛くん呼びしたかったけど、チャンスを広げましたよ‼』
青井瑠夏は屋上で俺を名前呼びすることにしたのか。
──なんか、改めて呼び出して名前呼びする方がハードル上がる気がするんだが。




