中
春だと思っていたら、もう直ぐ初夏になるのですね。時の流れが早すぎて驚きです。
お花見には行かれましたか? 今年はあっという間に咲いて散ってしまいましたが、私は自宅近くに大きな桜の木があるので、これを書きながら毎日お花見出来ました(*´艸`*)
そして柏餅が大好きな私は、今の季節が一番好きです(*´ω`*)
桜餅やお団子や柏餅を食べた糖質というエネルギーが、こうして作品を書くというエネルギーに変換された、というわけです。花より団子も理にかなっている、というわけです(・∀・)
そして私は、花が散った後の桜の木も大好きです! 青々とした葉っぱ達がさわさわと優しく揺れるのを眺めるのが好きです。爽やかでとっても癒されますよ〜(*^^*)
春は変化が多いので、心身共に疲れやすい時期かと思います。特に今は各地で色んな事が起きて不安になりやすい。そんな時こそ心も体もちょっとしたひと休みが大切です。
桜は全国にあると思うので、疲れたなーって時も癒されに会いに行くのはおすすめですよー!
突然現れた女性を前に、透子はぱちぱちと瞬きをする。
三十代前後に見える、小柄で上品な女性。薄紅色の着物と花柄模様の帯をまとい、髪を結い上げた姿は凛と美しい。しかし透子は何故かその女性に違和感を覚えた。
――そうだ、服だ。この女性は白装束ではない。
そう透子が気づいた時には、テンが前に出て女性に声をかけていた。
「いかがなさいましたか? 私はこの狭間の案内人。お困り事でしたら何なりとお申し付けください」
「あら、ありがたいわ。どこへ向かったら良いのかわからなくて困っていたのよ。でしたら案内して頂けるかしら。……いやだわ、こんなに素敵な紳士に案内して頂けるだなんて。うふふ、遠い昔に戻ったみたい。年甲斐もなくウキウキしちゃうわ」
「私の方こそ、貴方の様な素敵な女性にそう言って頂けて光栄です。麗しい女性をエスコートするのは、紳士の役目ですから」
「あらいやだわぁ〜。ふふふ、貴方お上手ねぇ!」
テンの紳士的な態度に薄っすら頬を赤らめる女性。その様子を透子はムスッとした顔で見ていた。
(…………なんかテンさん、わたしの時と態度違うじゃん。デレデレしちゃってさぁ!)
「でしたらもう一つ、いいかしら。……大切なものを失くしてしまった気がするのだけれど、それが何か思い出せなくて困っていたの」
「そうですか。ああ、きっととても大切にしていらっしゃったのでしょうね。例えば……大事な人からの贈り物、とか」
無意識なのか左手を擦る女性に、テンは穏やかな声音で伝える。女性はテンの言葉を聞いて途端に声を張り上げた。
「――そうだわ! 指輪! あの人からもらった指輪! ……私ったら、どうしてこんなに大事な事を忘れていたのかしら」
「ここはそう言う場所ですから、お気になさらず。では、その大切な指輪、探しましょう。何か見た目に特徴はありますか?」
「え、ええ。特徴と言っても、シンプルな金と一粒ダイヤのリングなのだけれど。古い物だから、少し年季が入っているかしら。けれど何処にあるかも分からないのよ? 本当に見つかるの……?」
女性は生い茂る草むらを前に、途方に暮れていた。
「大丈夫、見つかります。ここで少しお待ちください。――よし透子、聞いてただろ。手伝え!」
「へぇ?」
「この辺にあるはずだ。お前はあっち、俺はこっち。よしやるぞ!」
テンの指示に、何故か透子も指輪を探す事になってしまった。渋々草むらに四つん這いになる。
(なんだよ、テンさんってば勝手に決めちゃってさ。ちょっとくらいわたしの意見も聞こうよ。こっちは便利屋じゃないんだから!)
ぼうぼうと生える草の中にあると言う、小さな指輪。本当にこんな草むらの中から見つかるのだろうか?
手をワイパーの様に動かし這いつくばって探しながら、人の事を心配している場合ではないのではないかと悶々と考えた。
――どれくらいの間、探したのだろうか。
ずっと同じ姿勢で探していたので、流石に疲れが溜まっている。脱力しながら、透子は草むらに座り込んだ。
(何やってるんだろ、わたし。それに消える前にとか言っておきながら、テンさんは何考えてんの? 探している時間なんてあるの? わたしの事なんてどうでもいいわけ? ……って、あ〜駄目だ。だんだん思考がネガティブになる)
どうしていつもこうなんだろうと、透子は自分の思考に落ち込こんだ。すぐネガティブに考えてしまう自分が情けなくて、なんだか泣けてくる。こっそりと制服の袖で目元をぬぐった。
「……ごめんなさいね、お嬢さん。――もう、いいのよ。こんなにも懸命に探して頂いたのだから、もう思い残す事はないわ。ありがとうねぇ」
座り込んだ透子を見かねたのか、女性に声を掛けられた。淋しげに笑う女性に、透子の胸は罪悪感でチクリと痛む。
自分は有難がられる程、懸命には探していない。
そしてなぜだか分からないが、女性からは一気に老け込んだ様な、くたびれた印象を受けた。
――そうだ。ここは一生に一度しか訪れる事のない場所。
もしも大切なものが見つからないまま、これが最後なのだとしたら。
……自分なら、悲しい。
「…………もう少し、待ってください」
「え?」
「テンさ、あの男の人が、この辺にあるはずって。……だから、見つけてみせます! ちゃんと貴方の大切なもの、見つけるから!」
テンは見つかると言っていた。だからここで諦めてしまったら、きっと後悔するだろう。
透子は再び草を掻き分けた。いつの間にかテンが見守っている事にも気が付かず、神経を研ぎ澄まし無心で指輪を探す。
ふと、キラリと何かが光った気がして、透子は手を伸ばした。
「……あ、指輪? ――あった、指輪っ! あったよー!!」
透子は女性の元へと、跳び上がって駆け出した。
目を見開いて立ちすくむ女性の手のひらに、透子は指輪を重ねる。
「シンプルな、ダイヤの指輪! これで合ってます!?」
ハァハァと息を切らし、透子は女性に問うた。
シンプルながら、上品な曲線デザインが施された美しい指輪だった。確かに少し年季を感じたが、それだけ長い間、大切にされてきたということだろう。女性は指輪を左手の薬指にはめ、大切そうに指輪をなぞった。
「……ありがとう、お嬢さん。本当にありがとうねぇ」
透子の手を握り、女性は声を震わせお礼を告げる。
――すると透子の脳裏にある映像が浮かんだ。
『必ず帰る』
その約束は叶わず。あの人は遂に帰ってこなかった。
亡骸さえなく、深い悲しみの中でもあの人の分まで生きなければと心に誓った。
まだ女性が一人で生きていくには厳しい時代。ご縁を頂き、歳上の男性と再婚する。
やがて子供をもうけ、立派に育った子供達は家庭をもち、可愛い孫も、ひ孫も出来た。
穏やかで優しい再婚相手との暮らしは幸せだったが、やがてその時間も終わりを迎える。
夫を看取り、子供達家族に見守られながらも老後を過ごす中で、心残りが一つ。
ずっと大切に仕舞い込んでいたはずの、前夫の形見の指輪。
「仕舞っていたはずだと思っていたのだけれど、いつの間にか失くしてしまったの。優しい夫に子供達、可愛い孫とひ孫にまで会うことが出来たのに、これ以上何を望むというの。……けれどこの指輪を失くしてしまったと気がついた時、あの人との繋がりが切れてしまった様な喪失感に襲われてね。だから、戻ってきて良かった……」
夫や子供達の前では身に付けられなかった、前夫の形見。もう声も顔も思い出せない程の、遠い記憶。
それでも彼が確かに生きていたことを、愛したことを、自分だけは忘れたくない。
旅立つまでの僅かな時間だけでも、身につける事を許してほしい。
――何だか視線を感じ透子が振り向くと、少し離れた場所に一人の青年が立っていた。グレーのスーツを着た、意志の強そうな目元がテンに似ている青年だ。青年は透子と同じ様に薄っすらと透けている。
「清さん……?」
女性が青年の元に駆け寄ると、信じられないと言わんばかりに青年を見つめる。
青年は泣き笑いの様な表情で女性に向き合った。
『ただいま』
「……! お、遅いわ! こんなにも待たせて……待ちくたびれて、貴方の顔も思い出せない程長生きしたわ。……だけど、最後に会えて良かった。――お帰りなさい!」
ようやく再会出来た二人は、ひしと抱き合った。
想像も出来ない位の長い年月を、別々に過ごしてきた二人。涙を流して再会を喜ぶ姿に、透子は指輪を見つけられて本当に良かったと思った。
青年は既に天に旅立っており、指輪に残る思念だけの存在だった。青年にとっても、女性との約束を果たせず上に行く事は心残りだったのだ。
こっそりと制服の袖で目元をぬぐっていると、テンも透子の隣に立ち、腕を組みながらその様子を見ていた。
「良く見つけたな、透子。やるじゃん」
「うん。大切な指輪、見つかって良かったね」
「……あの指輪が女性の前から消えたのも、彼女の幸せを上から見守っていた青年が、もう彼女には必要ないと思ったからだったのだろう。自分を忘れて……幸せに生きて欲しかったのかもしれない」
「そっか。……だけど、残された側は……そんなに簡単には忘れられないよ」
自分は約束を果たせなかった。
だからこそ、自分の事は忘れて幸せに生きて欲しい。
……だけど本当は、忘れずにいて欲しい。本当は、共に生きたかった。
もしかしたら青年にとっても、女性が指輪を見つけてくれるのは賭けだったのかもしれない。
透子は黙り込んだテンを不思議に思い顔を見上げると、テンはどこか痛みを堪えた様な表情で彼等を見ていた。しかしそれは一瞬の事で、テンは何事もなかった顔をして透子の頭をワシャワシャと撫でた。
「ちょっとテンさん、何すんの。髪の毛ぐちゃぐちゃじゃん!」
「……そこに、頭があったから」
「なに格好つけてんの」
どうやら別れの時間のようで、青年の姿はみるみる内に光に包まれていく。『ありがとう』と言葉を残し、青年は粒子となって宙に消えていった。
女性も満足そうにうなずくと、光をまとう。眩しさに透子は目をつむった。
再び目を開けると、女性はその姿を白装束をまとうお婆さんに変えていたのだった。
「指輪も見つける事が出来て、清さんにも再会出来た。これでもう、本当に思い残す事はないわ。向こうで夫も待っているだろうし、私も行かなくては。お二人共、どうもありがとうね。貴方達の幸福を祈っているわ」
「はい。あの、貴方もどうかお元気で。わたしも貴方の幸せを願っています」
透子はお婆さんと包容し、別れの挨拶を交わす。透子がそう伝えると、お婆さんは目尻に皺を作って微笑んだ。
歳を重ねた姿も、とても美しい。この目尻の横皺は彼女が幸せに歳を重ねた証だった。
「貴方の行く先に、幸あらんことを。橋まで送ります。――透子、お前はまだ橋には行けない。俺は御婦人を案内してくるから、絶対にここを動くなよ?」
テンは小さな子供に言い聞かせるように忠告してきた。
「いいか、約束だ。ちゃんと、ここで待ってろ。わかったか?」
「あ〜はいはい、わかったよ! そんな念押ししなくても、小さい子供じゃないってば」
「透子、お前……。はいは一回って教わらなかったのか?」
「あーもう! はい、わかりました、ここから動きません! ……ほら紳士さん、女性を待たせてるでしょ。ちゃんと待ってるから早く行きなよ」
「ああ、直ぐ戻るから! 約束破るなよ!」
「もー! わかったよ!」
何度も振り向くテンさんに、透子は苦笑いで手を振った。
「……テンさんて、心配性?」
透子はぽつんと独り、取り残された。
動くなと言われ手持ち無沙汰なので、穏やかな川の流れを前に、川縁に腰を下ろす。
川に向けて手をかざしてみたが……何度見ても、透けている自分の手は変わらない。
ここに来てからは、理解し難い事ばかり起こっている。
赤ちゃんに子供達、先程の女性と青年。
皆、自分の進むべき方へと歩んでいた。
今の自分は生きているのか、死んでいるのかもわからない。宙ぶらりんの半端物。
――これでは、現世にいた頃と何ら変わりないのではないか。
テンは決めろと言ったが、果たして現世へと帰った所で、自分の居場所はあるのだろうか。
……独りで居ると余計なことばかり考えてしまう。頭を振り、透子は何かないかと制服のポケットをまさぐった。
「あ、突っ込んでたの忘れてた。……ばっちい」
ポケットには、テンからもらったハンカチが入っていた。返さなくて良いとは言われたが、捨てるのも気が引ける。何となく、テンにとって大切な物の様な気がしたのだ。
ただ待っているのも暇なので、今のうちに川で鼻垂れハンカチを洗う事にした。
――コロコロコロ。コツン。
よく洗ってしっかりと水気を絞り、綺麗になったハンカチを手首に巻きつけていると、何かが透子のスニーカーに当たって止まった。
何事かと足元を見ると、ツヤツヤ真っ赤なりんごが一つ。
「ん…………りんご?」
「――お嬢さん」
「ひいっ!?」
突然背後から声をかけられた透子は、驚きから体を飛び跳ねさせた。
声のした方へと振り向くと、眼鏡をかけた真面目そうな印象の中年男性がそこに居た。
(ままま、また! このおじさん、どっから現れたの!? 赤ちゃんやさっきの女性といい、突然登場するの心臓に悪いからやめてぇえ!)
バクバクと脈打つ心臓をなだめつつ、りんごを拾う。
このツヤツヤ真っ赤なりんごは食べ頃なのか、とても甘くていい香りがする。……透子はゴクリと喉を鳴らした。
「そのりんご、美味しそうだろう? どれ、お嬢さんに差し上げよう」
「……え、良いん、ですか?」
「ああ、まだ沢山あるからね。それにしてもここは、思っていたよりものどかな場所だねぇ。もっとおどろおどろしい場所だと思っていたよ。――ああ、遠慮せず、さあお食べ」
手に持っていた鞄からいくつかりんごを取り出し、ニコニコと人の良さそうな笑顔でおじさんは言う。
透子は手の中にある美味しそうなりんごを見つめた。甘い香りに触発され、口の中に唾液が溜まる。
(――美味しそう。喉も渇いたし、頂いちゃおうかな)
「わぁ、ありがとうございます。……それじゃあ、いただきまーす」
じっと見つめてくるおじさんの視線は気になったが、我慢できずにかぶりつこうとりんごを口元に運ぶ。
――ふと、何とも言えない嫌な臭いが鼻をかすめ、透子は一瞬ためらった。
――バシッ!! …………ボチャン!
突然テンに手首を掴まれたと思ったら、りんごを奪われた。宙へとぶん投げられたりんごは放物線を描き、川へと落ちてしまった。
「……あああっ!? りんご!! せっかくもらったのに、テンさんなにすんのっ!?」
りんごに未練タラタラの透子は、行方を追うように水面を見回した。そして……ブクブクと泡立つ水面を思わず凝視する。
りんごが落ちたと思われる水面はボコボコと激しく泡立ち、そこには――沢山の毒虫が湧いていた。
「っぎゃあぁーーーーっ!!??」
絶叫しながら、透子はテンの腕にしがみついた。
「ひぃいっ!! 何なに、あれなにーーっ!!??」
「毒虫りんご」
「いやいや、まんまやないかい! ……じゃなくてっ! あのりんごは一体何なの!? なんであんな物……!」
おじさんは、一体どういうつもりで透子に毒虫りんごを渡したのか。
恐る恐るおじさんの方を見ると、透子と目が合ったおじさんはニタリと気味の悪い笑みを浮かべた。
「……残念だなぁ、あと少しだったのに。そうしたら、お嬢さんの苦しむ姿を見られたのになぁ」
「ひっ!」
「……あんた、ここに来てまでこんな事をやってんのか。けどな、このままで済むとは思わない事だ。いずれ裁きは下る」
「なんの、逃げてみせるさ! 生きている間もそうだったようにな!」
テンの忠告に捨て台詞を残し、おじさんは去っていった。……まるで嵐が過ぎ去ったかの様な衝撃に、透子はどっと疲れを感じる。
「やけに自信満々だな、あのおっさん。ありゃあ色々と前科がありそうだ。……まあ、逃げるなんて無理だけどな」
「……はは、ははははは……!」
まったく笑える要素なんて無いのに、何故か笑いが込み上げてくる。人は時に、恐怖体験で笑いが出るらしいと透子は一つ学んだ。しかし自分でもわかるほどに手は震えている。
あの毒虫りんごを口にしていたら、一体どうなっていたのだろう……。
「ははは、こっわ! 何あれこっわ! うわうわ、見て見てテンさん、めっちゃ寒イボ立ったー!! やばー!」
「お前なぁ、もう少し俺が遅かったら大変な事になっていたんだぞ! ……素直なんだろうが、良く考えずに人を信じるのも考えものだな……」
「だってさ、だってさぁ! あのおじさん優しそうだったし、大丈夫だと思ったんだもん! あんなヤバい人だなんて思わないじゃん! それにあのりんご、すっごく美味しそうだったから、つい……」
自分でも、何故あれ程までにりんごに執着していたのかわからない。落ち込む透子に、テンは大きくため息をつくと忠告をした。
「見た目だけで判断するからそうなる! ここには善人も悪人も居るって言わなかった俺も悪かったけど……今後はちゃんと、自分で見極めるんだな」
「うー、わかった。…………テンさん、あの。助けてくれて、ありがとう」
「ああ」
少し考える素振りの後、テンは透子に語りかけた。
「いいか透子、よーく覚えとけ。大人はな、子供が思うほど大人じゃないぞ」
「……んん? どゆこと?」
「あ〜つまりな。見た目は大人、中身は子供……みたいな? 悲しい事だが、さっきみたいな己の欲望だけで他人を平気で傷つける大人も確かに居るんだ。そして世の中にはな、わかりやすい悪意を向けてくる者も居れば、親切に見せかけて巧妙に悪意を隠している者も居る」
「こ、こわぁ」
「……まぁ大人っつったって色々だし、大抵の人は誠実に、善良に生きてるよ。だけど善良な人間だって自分の事で精一杯で、人様の事なんぞ考えられない時もある」
「……大人なのに?」
「大人だって、人間ですから。年や経験を重ねるほどに責任や役割も増えるし、心も体も疲れてたら感情を制御出来ない事もあるからな。怒ることも愚痴ることも、八つ当たりすることだってあるさ」
「ふーん。……まぁ、そうだよね……」
「でもな透子。ムシャクシャしてたとか、自分が楽しければいいだなんて、人様を傷つける理由にはなんねーのは解るよな? そして、子供はそんな大人に影響される。おまえはあんな大人になるんじゃねーぞ」
「わたしだってやだよ! 人から恨みなんて買いたくないもん! できれば人に優しくいたいと思うし、……自分にも優しくして欲しいって思う」
「なら、よし。その気持ちを忘れるなよ」
テンに頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。少々乱暴ではあるが、満更でもない。
父親が居ない透子にとってはとても新鮮だった。
「“自分がされて嫌なことは、相手にもしてはいけません。”……多くの人がそう教えられて来たはずなのに、大人だって皆、子供時代があったはずなのに。……なのになぜ、そんな大切な事を忘れてしまうんだろうか。どうして人は、平気で誰かを傷つけられるんだろうな。――後悔してからでは、遅いのに」
そう言うテンの顔は、大きな手のひらに隠されて透子には見えなかった。
「……ん? 何だろ」
透子は視界の隅に、何かキラリと光る物を見つけた。
ロッカー等に使われている、よくあるシリンダーキーだ。拾い上げ、裏返ったタグをめくって見れば、そこには丁寧だが癖のある字で“思い出”と書かれていた。
――その文字を見た途端、透子の脳裏に映像が入ってきた。
駅のホームに人集り。その中心には、意識を失い血を流して倒れている若い女性が居た。
足を踏み外して階段から落ちてしまったのか。辺りにはどよめきと、助けを呼ぶ声が飛び交っている。
その様子を階段の上から見ていた男は、くたびれたコートの襟元で口元を隠し足早にその場を離れた。……でなければ、必死に堪えている笑いを、隠せそうにない。
『……よそ見ばかりしているから悪いんだ』
――急に俺の事を避けるようになったかと思えば、他の男と浮気なんかしやがって。
出会った頃は、照れくさそうに笑いかけてくれたのに。話しかけても、プレゼントを渡しても……今では化け物でも見る様な目で俺を見てくる。
気がある素振りをして来たくせに! 俺は今も、こんなにも愛していると言うのに!
本気にさせておいて、今更別れるなんて、認めないからな……!!
「――透子!」
テンの呼びかけに、透子はハッとした。気付けば自身の体を守る様に抱き締めていた。
――思い込みと言うのは、とても怖い。
独りよがりの想いを向けられ、あの女性はどれだけ怖かっただろう。……あれでは依存と執着だ。
一方的な好意の押し付けは相手を苦しめるだけ。それに気付かず相手を憎むだなんて、透子には理解し難い感情だった。
人間関係は一方通行では成り立たない。透子でもわかる。――そんなものは、愛じゃないと。
「テンさん。なんかわたし、視えちゃった。あの人階段から女の人を突き落してた。……それだけじゃない。若い女の人を狙って、他にも……うっ」
急激な吐き気に襲われ、透子は草むらの上にしゃがみ込んだ。
他人の黒いモヤの様な感情が、内側に立ちこめている感覚。この吐き気は拒否反応から来るものだ。
こんな感情はとても受け入れられそうにない。透子が恐ろしいのは、“他人に傷付けられた”という動機で、また別の誰かへと悪意を向けるのを正当化しているという事だ。
それでは憎しみと悲しみしか生まない、負の連鎖ではないか。
――バシィッ!
「かはっ! ゲホッゲホッ」
いきなりテンに背中を叩かれ、透子は驚いて咳込んだ。しかしそのお陰で黒いモヤは透子の中から出ていったのか、吐き気はスッと消えていた。
「大丈夫か? とりあえず落とせた様だな」
「あ、ありがとう。だけど何か一言言ってよ」
「言ったら身構えるだろ。それじゃあ意味が無い。にしても、あのおっさんろくでもねぇな。あれじゃあ逆恨みじゃねぇか」
「うん。女の人からしたら、意味わかんないよね」
女性は接客で対面していただけ。もちろん、付き合ってなどいない。
あの女性がどうなったかを知ってしまった透子は、思わず身震いした。
好意があるにしても、もっと違う方法があったのではないだろうかと思わずにはいられない。
「……透子、どうやらあのおっさんは遂に終焉を迎える様だぞ」
テンに促された先には、先程のおじさんと、その周りを取り囲む子供達がいた。
「大変、子供達が危ない!」
「ああ大丈夫。あの者達は使者だ。あのおっさんの罪は、上の御方にはお見通しだからな、裁きからは逃れられない。――あのおっさんは、生前から周りに対して向けていた自分自身の悪意によって、地獄を見るだろう」
「へ?」
「“人を呪わば穴二つ”。他人を呪うなら、自分も無傷ではいられない。相応の報いを受けるだろう。呪われた者と呪いをかけた者の分、墓穴は二人分必要になるだろうという昔のことわざだ」
「えっと。……つまり、殺るんなら相打ちするつもりで殺れって事……?」
「ちげーよ! おめぇは武士か! そんな潔いもんじゃねぇ。呪いは相手の不幸を願い、むしろ自分が殺られる前に殺るって事だろう。……その代償は計り知れないがな」
そして“呪い”と“祝い”はとても似ている。
「祝う行為は、相手の幸せを願う事。どちらも祈ると言う点では、全く正反対の様でいてとても似ている。念の力は強力だ。それだけ負のエネルギー、つまり負の感情が生み出す力は自分にも周りにも影響を与える。それは陽のエネルギーも同じ。……要は人に与えた分だけ自分に還ってくるって事だ」
良い事も悪い事も、自分の行いは巡り巡って自分自身に還ってくる。つまりは、自業自得。
「この狭間の門は審判の場と言っただろう? あのおっさんがここに来て今日で四十九日目だったんだな。この狭間では七日ごとに生前の行いを元に審判され、上へと昇るか下へと落ちるかが決まる。今日がその最後の審判の日だ」
『――く、来るな! 何だお前達! こっちに来るなぁ!』
何故か子供達に怯えるおじさんを見て、テンは教えてくれた。
「……幻影だな。透子には子供達に見えるだろ? あのおっさんには、あの子供達は餓鬼に見えている」
「餓鬼……って?」
「常に満たされる事なく、飢えと渇きに苦しむもの、だな」
餓鬼によってジリジリと川辺まで追い詰められたおじさんは、遂に川に入り向こう岸へと渡ろうと試みる。
――川の上の空に暗雲がかかり、ゴロゴロと不穏な音が辺りに鳴り響く。一筋の閃光が走り、物凄い音を立てて木々に雷が落ちた。途端に大粒の雨が振り出し、それまでの穏やかな川の流れは濁流へと一変する。
「た、助けてくれ! たすけ……!」
うねる龍の様な濁流に飲み込まれ、おじさんは溺れていた。衝撃的な光景をただ見ている事しか出来ず、透子はおじさんの苦痛の叫び声に思わず自分の体を抱きしめる。
「テ、テンさん……!」
「言ったろ、これは審判だ。おっさんは対岸にたどり着き、遂に裁きが下される。……ああ……ずぶ濡れだな」
目を背けたくなる光景だが、透子は目を反らせなかった。見届けなければならないと頭の中に声が響いている。……きっと被害者達の、無念を晴らしてほしいと言う思念をあの鍵から受け取ったのだ。
対岸が遠すぎて透子にははっきりと見えないが、向こう岸には一本の木と、その樹下にはお爺さんお婆さんが座っていた。その更に奥に、門扉の付いた大きな白塗りの門と黒塗りの門がそびえ立つ。
何とか対岸の川縁に流れ着いたおじさんだったが、近付いてきたお爺さんとお婆さんを前に、酷く怯えた声で手を払った。
「……ひいっ! 寄るな、鬼め!! 来るな、やめろ!!」
おじさんは全身ずぶ濡れのまま抵抗するが、お爺さんに動きを封じられ、お婆さんに着ていた白装束を剥ぎ取られてしまう。枝に掛けられた衣は水を多分に含んでいるのか、枝は地に着く勢いでしなった。
――何処からか、ほら貝の音が辺りに鳴り響いた。それを合図に腹の底から響く太鼓の音と共に、ゆっくりと黒い門――地獄への門が、開いてゆく。
「嫌だ、嫌だぁーー!!」
業火が罪を灼き尽くすまでは、決して逃れられない。扉の向こう側は、闇夜に燃え盛る炎が赤く浮かび上がっていた。
お爺さんに引きずられ、門の中へと消えていく。次第に小さくなるおじさんの叫び声を聞きながら、テンは呟いた。
「……あのおっさんには、生前から何度も思い直すきっかけが与えられていたはずなんだ。それを無視して自分の欲望だけを求めた結果があれだ。しかしその欲望が満たされる事は無い。外に求め続ける限り、いつまでも足りない、満たされない」
「……満たされない……」
――どうして自分は皆の様に上手く生きられないのだろう。自分には何が足りないのだろう。
もがいてももがいても、ここから抜け出せる気がしない。
自分じゃない何者かになりたい。本当の自分はこんなものじゃない筈なんだ。
何か足りない、これじゃない。一体自分が求めるものはどこにある?
……いつも満たされない気持ちがあるのは、透子も同じだった。
あの鍵に触れおじさんの背景が視えた時、透子は自分の中にも似た感情がある事に戸惑った。
理解し難いと思っていた感情の、奥の奥。それは、同じなのではないか。
だったら一体何が、あのおじさんをあそこまで駆り立てたのだろう。
門が閉まると同時に、白い霧に紛れ対岸の景色が消えてゆく。
小雨へと変化した、柔らかな浄化の雨が降り注ぎ、澄んだ空気が辺りを包む。
荒れ狂った川の流れは次第に穏やかな姿を取り戻し、何事もなかったかの様に辺りは静かになった。
古事記の黄泉の国の話に出て来る、黄泉戸喫。(又は黄泉竈喫とも)
死者の国の食べ物を口にする事で自分の死を受け入れたとされ、現世には帰れなくなると考えられていたようです。
黄泉のかまどで煮炊きしたものを食べると……との事ですが、生のりんごでもあの世のものは食べちゃダメって事で(^_^;) そしてりんごには“知恵”や“誘惑”等の意味があります。
毒虫と書きましたが、ムカデさんは縁起の良い生き物だそうです。実は家族思いだったり……。私は田舎に住んでいるので良くお会いするんですが、出会うと叫んでしまいます\(^o^)/
よく“幽霊よりも生きている人間の方が怖い”と聞きますが、確かに生活していると色んな人に出会います。
単に相性が悪い人も居れば、人を貶めてやろうとか、意地悪な人も……世の中には居る。でもね、そういうのはいずれわかるんですよね。どういう意図を持っているかどうかは、無意識の言葉や行動に表れます。
“ん? 何か変だぞ”っていう、自分の直感センサーを無視しないように! そういう場合は、ゆっくりと距離を取るのが吉です。野生動物も急に逃げると追いたくなるもんですよね。……まじでヤバかったら全力で逃げるが勝ちです((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
身の危険を感じた場合は一人で悩まず、信頼出来る人や行政機関等にご相談する事をおすすめ致します。未然に防げるに越したことはありませんから(ー_ー;)
私自身も気を付けなきゃとは思うのですが、思い込みや執念は手放したいものです。
また、私も含めてこうして誰しもが気軽に発信出来るからこそ、間違った情報も広まりやすい。
その情報を受け取るか拒否するかも自分で選べるからこそ、真実を見極めるためには時に注意深く観察し、周りに流されず自分で考えて決める事が大切だと学びました。




