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「『大地改変生成の魔法石』を君が持っているということは俺も初めて知った。だが『大地改変生成の魔法石』というものがこの世のどこかにあり、それを手にした者が戦を優位に進められるという噂話だけは広まってしまっている」
ようやく落ち着けたハインリヒが話を切り出す。
「それは知っています」
思う存分ハインリヒの心臓と触れあって満足したか、少女は冷静に答えた。
「『大地改変生成の魔法石』がここにあるかもしれないという情報を得られる者がまず限られる。ここのことを知った者も多くは森で迷うか、幻惑魔法で死んでいく。私を『大地改変生成の魔法石』を使うところまで追い詰めたのはあなたが初めてです」
「そうか。俺がここまでたどり着けたのは耐魔法ロープの力が大きい。確かに貴重品ではあるが、他の者が全く持っていないとも思えないが」
「それは、以前はここにいた母が撃退してくれたんです。母は私が十五歳になった時、ここを出ていきました。もっと他の魔法を学びたいと言って」
「君を置いてか? 何故君を連れていかなかった?」
「私がここに残ったのは私自身の希望です。ここで生まれ育った私は外の世界は正直怖いのです。幸いネルもいるので寂しくはありませんでした」
「キイイイイ」
リザードのネルは先ほどの威嚇の声ではなく、優しい声で鳴いた。
ハインリヒは考え込んだ。
(我が国をブロイ帝国軍から守るには『大地改変生成の魔法石』の力が必要だ。だが『大地改変生成の魔法石』の力を行使するには、この少女をここから出さなければならない。それはきっと本人は望んではいまい。くっ、どうすればいいんだ)
しかし、やがて意を決したようにハインリヒは少女に向かって土下座した。
「!」
「君は生まれ育ったこの地を離れたくないのだろう。しかし、俺はこんな『おっさん殿下』ではあるが、王弟だし摂政だ。この国の民の命を守る責務がある。どうかどうか外に出て、その力を貸してくれないか。俺にできることなら、どんなお礼でもする」
「……」
「頼む。この通りだ」
「…… これも機会なのかもしれませんね」
「?」
「母は私に一緒に来るように勧めました。新しい知識を得て、己が魔法に磨きをかけよと。だけど私は怖かった」
「……」
「こんな機会が訪れたというのも神のおぼしめしでもあるのでしょう。私の自分の魔法の力を試してみたい気もしてきました。それに……」
少女は再度ハインリヒの左胸に耳を着けた。
「こうしているとおばあちゃんの気配を感じて落ち着きます。私が望んだ時に、こうしてあなたの心臓の音を聞かせていただければ、外の世界にも出られそうです」
「…… そ、そうか。分かった。俺の心臓の音を聴くことで、気持ちが落ち着いて、外の世界に出て、協力してもらえるなら安いもんだ」
「……」
ハインリヒの答えに対し、少女の反応はなかった。ハインリヒの心音に聞き入っているようだ。
ハインリヒにとって落ち着かない状態は続く。それでもハインリヒは一つの問いかけの言葉を絞り出した。
「君の名前を教えてくれないか?」
「フリーダ……です」
◇◇◇
王弟にして摂政のハインリヒが『大地改変生成の魔法石』の力を使いこなす少女を発見。王宮に連れてくることになったとの報に王宮は沸き返った。
魔法大臣ヨハネスはその後も『大地改変生成の魔法石』の生成を果たせていなかった。外務大臣パウルは、国王・王妃・王子・王女をブロイ帝国の宿敵ガリア帝国に亡命させる下話をまとめ上げてはいた。しかし、亡命させずに済むなら、それに越したことはない。大将軍ゲルハルトは、心ならずも唯一勝算が立つゲリラ戦を提案したが、国民を流民とする戦術などしたくないに決まっているのだ。
だから、ハインリヒが『大地改変生成の魔法石』の力を手に入れたことは歓喜に値することだった。
だが、とある光景を目の当たりにし、歓喜はどこかに行ってしまった。広がるのは当惑だ。
『大地改変生成の魔法石』の力を使いこなす者が、どう見ても十代後半の少女だったことは、まあよかろう。その少女の脇に、誰も見たことがない「幻の神獣」リザードがいて、少女をがっちりガードしていることも、そう問題ではない。
最大にして唯一の問題は、『大地改変生成の魔法石』の力を使いこなす十代後半の少女が「おっさん殿下」ハインリヒにビタリとくっつき離れていないことだ。
こんな時にツッコめるのは一人しかいない。すなわち女性宰相アンネリーゼである。
「えーこほん」
アンネリーゼは会話を切り出す前に敢えて溜めた。
「殿下。確かに私はこたびの大戦に首尾よく勝ったら、結婚してくださいとは申し上げました。しかし、これはいささか順番というものが逆ではないのかと思われます」
「まっ、待て」
ハインリヒは左胸に引っ付くフリーダを左手で支えながらも、右手を振ってアンネリーゼを制した。
「フリーダはこの齢になるまで、人里離れた渓谷で家族と神獣リザードとだけ生活してきたんだ。人見知りするのは当然だ。その辺分かってやってくれ」
「それにしても……」
女性宰相アンネリーゼの夫である大将軍ゲルハルトもかぶせてくる。
「摂政としてのお仕事に精励されたので、ご婚姻が遅れたのは事実です。しかし、我々もその辺は気にして、年齢的に近いと思われるご令嬢を紹介させていただいてきたつもりなのですが……」
「「まさかこのような娘と言われてもおかしくない結婚相手を連れてこられるとは……」」
息ぴったりにツッコミを入れる宰相と大将軍の夫妻。




