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「来た!」
大地神ネルトゥスの登場に交戦する両軍の兵士たちの間にどよめきが広がる中、ブロイ帝国軍大将軍リヒャルトはひそかに喜びの声を上げた。
「この時をどんなに待ったことか。ふふふ。前回のお礼はきっちりさせてもらうぞ」
リヒャルトは振り向く。そこにはいつも通りに小さな赤いトカゲを右肩に乗せた陰気な少女アンゼリカがいた。
「アンゼリカ。出番だ。大地神ネルトゥスに目に物を見せてやれ」
「……」
アンゼリカはリヒャルトの言葉には何も答えず、ただ右肩の上の小さな赤いトカゲにだけ言った。
「…… ロキ行こう」
ロキと呼ばれた小さな赤いトカゲは変身を始めた。体はどんどん大きくなり、ついには大地神ネルトゥスに匹敵する大きさの龍になった。
但し、体色は大地神ネルトゥスが落ち着いた茶色なのに対し、鮮やかなクリムゾンレッドである。
「ふふふ。行けっ! 火炎神ロキよ。大地神ネルトゥスがいるから自分の国は安泰などという甘い考えに取り込まれているロートリンゲン王国の奴らに絶望を与えてやれ」
火炎神ロキはその背にアンゼリカを乗せて、大地神ネルトゥスがそうしたようにゆっくりと羽ばたき、中空に舞い上がっていった。
◇◇◇
火炎神ロキの登場は、大地神ネルトゥスの再登場を遥かに上回る衝撃を、その場にいた者たちに与えた。
「魔法大臣。あれは何だっ?」
自分たちの守護神大地神ネルトゥスに向き合うかのように現れた巨大な赤龍を指差し、大将軍ゲルハルトは叫んだ。
「あれは……」
かけていた眼鏡のレンズを拭き、魔法大臣ヨハネスはもう一度巨大な赤龍を見つめ直してから言った。
「大地神の時もそうだったが、古文書でしか見たことがない姿。その記述が正しいのなら、あれは『火炎神ロキ』だ」
「何だとっ! そいつは大地神より強いのか?」
「それは分からん。ただ神を名乗る以上、匹敵する強さを持つのは間違いあるまい」
◇◇◇
衝撃を受けたのは大地神ネルトゥスに乗る摂政ハインリヒも同じだった。だがこちらは一緒にいるフリーダにプレッシャーを与えないよう細心の注意を払った。
「フリーダ。あの赤龍が何者か知っているのか?」
「分かりません。ただ……」
「ただ?」
「あの赤龍からは敵意は感じます。私たちに害をなそうとしているようです。でも、どこかしら懐かしい感じがするのです。そう、昔、一緒にいたことがあるような……」
◇◇◇
大地神ネルトゥスは明らかに緊張していた。今までになかった自分と同等以上の力を持つ者との対峙。しかも明らかに敵意が伝わってくる。
大地神ネルトゥスは守りたかった。山深い渓谷で二人だけで共に過ごしてきた少女フリーダを、そのフリーダが慕うこの国の摂政ハインリヒを、そのハインリヒが守らんとしているこの国を。
守りたい。だが、目の前にいる自分と別の神に勝てるのか? 大地神ネルトゥスには自信がなかった。
◇◇◇
火炎神ロキはひと際大きく羽ばたくと、大地神ネルトゥスに向かって飛んだ。
全身に力を入れて、迎え撃たんとする大地神ネルトゥス。
ところがあにはからんや、火炎神ロキは大地神ネルトゥスに向かって右側に旋回し、降下。更には地上に向かって火を吐いたのである。
「いかん」
火炎神ロキの行動に焦燥感を募らせる大将軍ゲルハルト。
「このままでは我が軍はみんなあいつに焼き殺されるぞ。全軍撤退っ! 王城に向かって逃げるぞっ!」
ゲルハルトはそう言うが早いか、魔法大臣ヨハネスを背負うと全速力で駆け出した。兵たちも続く。
火炎神ロキはそれからも地上に向かって火を吐き続けた。その行動はまるで大地神ネルトゥスの存在を忘れたかのようだった。
「妙だな」
摂政ハインリヒは呟く。対峙していた大地神ネルトゥスを放り出し、ひたすら地面に向かって火を吐き続ける行動は確かに妙である。
しかし、妙なのはそれだけではなかった。火炎神ロキは地上にいるロートリンゲン(ロレーヌ)王国軍の兵士を狙って火を吐いているわけでもなかった。ただただ火を吐くことで地上の焼失面積を広げることに熱中しているのである。
(これは一体?)
いや妙なことはもう一つある。地上の焼失面積を広げることに熱中している火炎神ロキは隙だらけなのだ。この場を狙って地上神ネルトゥスが攻撃を加えればダメージを与えられそうなのに不思議と動こうとしない。これは一体?
「!」
ハインリヒとフリーダを乗せた地上神ネルトゥスがよろめいた。
(まさか……)
ハインリヒはそのことに気づいたのだ。
◇◇◇
「ふはははは」
一人高笑いを続けるブロイ帝国軍大将軍リヒャルト。
(ロートリンゲン王国の馬鹿どもには何が起こっているのか分かる奴は誰もおるまい)
リヒャルトは思いを馳せる。
(大地神ネルトゥスはその名のとおり大地から滲み出す気をその力としている。ならばその力を得られないようにロートリンゲン王国の大地を焼き尽くしてしまえばいいのだ。さすればこちらは損害を出すこともなく、奴は勝手に自滅していく)
「ふはははは」
リヒャルトはもう一度高笑いした。
(第一皇子、第三皇子、そして、大地神ネルトゥス。この私に恥をかかせた奴は人間だろうが神だろうが、この世から消えてもらう)




