21
「いかがでしょうか?」
大将軍ゲルハルトは摂政ハインリヒに地図を見せる。自軍の配置案が書かれているのだ。
「む」
ハインリヒは地図を見ながら考え込む。
総勢五千の軍勢を、中央に三千、右翼と左翼に千ずつ。櫓だけは前回一つだけで狙われた教訓を生かし、五つ設置した。
「スタンダードな配置にしたな」
ハインリヒの問いにゲルハルトは頷く。
「右翼か左翼を分厚くして敵の腹背を強く突くことも考えましたが、それでこちらが中央突破されたら元も子もないですからな。摂政殿下にフリーダ嬢、神獣ネルにも中央にいてもらいます」
「五千対十万だからな。奇をてらって、相手の意表を突き、勝ちを狙うには兵力差があり過ぎるということか?」
「御意。出来るだけ相手の進撃を遅くし、こちらの損害を最小限にとどめ、最後は籠城するしかありませぬな」
「それで何とか勝ちは狙えそうか?」
ハインリヒの質問にゲルハルトは首を振る。
「前回は籠城の長期化は他国の参戦を招き、ブロイ帝国軍が窮地に追い込まれることが期待できました。ところが今回はそこまで読んで、ブロイ帝国軍は自軍の根拠地造りまで準備している。他の三国は参戦に慎重になるでしょうな」
「ううむ」
ハインリヒは唸った。そうだ。分かっているのだ。前回もそうだったが、元よりフリーダとネルの力がなければ、勝ちはとても望めない。
だが、まだ十代の少女にこの国の命運を全て託すなどやりたくはない。それに前回は確かにフリーダとネルの力で勝ったが、ブロイ帝国の大将軍リヒャルトが今回何の手立てもなく再侵攻するなぞ考えられないではないか。
自分が渓谷から連れ出した、まだ十代の少女を危険にさらしたくはない。その反面、摂政として、この国を守らなくてはならない。
ハインリヒの深い苦悩をはらみつつ、第二次防衛戦は始まらんとしていた。
◇◇◇
「とにかく全速力で走り、敵陣を突き破って、ロートリンゲン王国の王城を目指せ。今回は敵将の首だの『大地改変生成の魔法石』だのは放っておけ。最優先は敵の王城を包囲することだ」
ブロイ帝国大将軍リヒャルトの指示に一人の参謀がおずおずと手を挙げる。
「失礼ながら大将軍閣下。その進撃中に敵に我が軍の腹背を突かれたらどうします?」
「無用な懸念だな」
リヒャルトはそんなことも分からんのかという顔を質問した参謀に見せる。
「ロートリンゲンの奴らはな。少ない兵隊の損失を恐れているんだよ。我が軍が突破したら、それこそ大急ぎで王城に逃げ帰るだろうよ。貴様は前回の戦で何も見てなかったのか? この馬鹿が」
「恐れながら大将軍閣下」
勇気ある別の参謀が罵声を浴びせられることを覚悟の上で質問する。
「奴らは今回も地割れや土砂崩れを使ってきた時の対応は?」
「それも無用な懸念だ。貴様らは揃いも揃って脳みそがないのか?」
リヒャルトの罵声は加速する。
「地割れに落ちて死んだ兵がいれば、それは地割れが起きるまでに敵陣に突入できなかった自分が悪いのだ。土砂崩れに巻き込まれて死んだ兵がいれば、後続の兵はその死骸を踏み台にして前進しろ。死人が多く出れば、生き残った兵への報酬の分け前は増える。それの何が悪い?」
「大将軍閣下」
ここまでリヒャルトの罵声が吹き荒れる中、驚きだが、まだ質問をする参謀がいた。
「敵は前回『大地神』という名の龍を繰り出し、我が軍の進撃を止めました。その対策はいかがいたしましょうか?」
「それはいい質問だな」
リヒャルトは初めて笑みを見せた。
「あの『大地神』への対策は、この私が考えてある。まあ見ていろ。敵も味方も予想もできないような対策を用意してある」
最後にリヒャルトは自信満々に言い放った。
「攻撃開始っ! 各人、私の指示を遵守し、励めっ! 生き残って功を立てた者への褒賞は惜しまん」
◇◇◇
摂政ハインリヒ、大将軍ゲルハルト、魔法大臣ヨハネスら首脳部を含むロートリンゲン(ロレーヌ)王国軍は戦慄した。
前回より『大地改変生成の魔法石』の力の使い方に慣れたフリーダはハインリヒの左胸に耳を押し付けながらも、巧みに地割れや土砂崩れを行使した。
そして、ブロイ帝国軍は間違いなく多大なる損害を出した。
だがブロイ帝国軍兵士は地割れが閉じた瞬間にそのフィールドを走破し、土砂崩れで埋もれた戦友を足蹴にして進撃してくる。
それも全ての兵がロートリンゲン(ロレーヌ)王国軍の中央部に向かって突撃してくるのだ。もちろんロートリンゲン(ロレーヌ)王国軍の右翼左翼も黙ってみてはいない。
ブロイ帝国軍の側面から攻撃を加え、そのことでかなりの打撃を与えた。
しかし、一向にブロイ帝国軍の突撃はやまない。討ち死にしたのはまだしも負傷で倒れた仲間を踏みつけにし、突撃してくる。
この戦況に大将軍ゲルハルトは両翼の部隊に下がって、中央を固めるよう指示した。そのことによりロートリンゲン(ロレーヌ)王国軍の側面からの攻撃はなくなり、ブロイ帝国軍の突撃速度は更に上がった。
「このままでは突破されます」
大将軍ゲルハルトは苦渋の表情で摂政ハインリヒを見た。
「分かった」
ハインリヒは小さく頷くとフリーダとネルの方を振り向いた。
「すまん。ネル。申し訳ないが、この戦を勝つにはどうしてもその力が必要だ。その力を貸してくれ」
ハインリヒの言葉にフリーダも声をかける。
「ネル。お願い」
「キイッ」
神獣ネルは一声鳴くと大地神ネルトゥスに変身を始めた。その背にハインリヒとフリーダを乗せると大きく羽ばたき、中空に昇っていった。




