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「ということだ。大変申し訳ないが、今回もフリーダとネルの力を借りないとブロイ帝国軍を撃退できそうにない。どうか力を貸してくれないか」
王城の中でフリーダとネルのために設けられた個室。それはフリーダの強い希望でハインリヒの私室の隣になった。
(これもフリーダの希望だが)こじんまりした部屋の中で、ハインリヒはフリーダとネルに頭を下げた。
「もちろん二人の、ことにフリーダの命は絶対に守る。正直、今回の戦は勝てるかどうか分からない。ブロイ帝国の大将軍であるリヒャルトが何を考えているかさっぱり分からないからだ。それでもフリーダだけは絶対に守る。これは約束する」
「……」
沈黙を保ったまま、ハインリヒを見つめるフリーダ。そのフリーダより先に行動を起こしたのはネルだった。
「キイッ」
ネルは一声鳴くとハインリヒの左肩に飛び乗り、その頬を舐めた。
「ふふ」
フリーダは微笑した。
「どうやら私より先にネルに意思表示されてしまいましたね。もちろん私もネルと同じ気持ちです。私たちの力でよければお貸ししましょう」
「すまねえ」
ハインリヒはまたフリーダとネルに頭を下げた。
「ふふ。殿下。あなたが私とネルを守ってくれると言われるのなら、私とネルも殿下をお守りしたいのですよ」
◇◇◇
「ふっ」
今回も十万の兵を動員したブロイ帝国軍の陣幕の中でリヒャルトはその傲慢な顔を隠そうともしなかった。
(ははは。ロートリンゲン王国は摂政ハインリヒも大将軍ゲルハルトも宰相のアンネリーゼもそれなりの人材ではあるが、今回のこっちの策は読めまい)
リヒャルトは思い出していた。前回の戦役で一敗地にまみれた時、当時、最も政治的権力を持っていた第一皇子が言い放った言葉を。
「リヒャルト。今回のことでおまえには将星としての才覚に欠けることが私にはよく分かった。そんなおまえにふさわしい職を用意した。帝国資料館副館長だ。よって将軍職はこの場をもって解く」
場に一斉に冷笑が広がった。皇子でありながら、生母が爵位の低い男爵家出身の侍女だったことから露骨に軽い扱いを受けてきたリヒャルト。
リヒャルトはそのことをバネに逆にのしあがってきた。中傷を流す。闇討ちを行う。とにかく手段を選ばず、将軍職まで昇りつめた。
その行動は当然に多くの者の恨みを買った。そしてそのリヒャルトが外征の失敗の責任をとらされ、左遷のために作られたようなポスト、帝国資料館副館長につく。これを痛快と言わずして、他に何があろう。
「謹んでお受けいたします」
そう言ったリヒャルトは強く唇を噛み締めていた。口の端から二筋の血が流れ出るほど強く嚙み締めていた。
◇◇◇
(だが第一皇子は馬鹿だった。資料館の持つ価値ってもんがまるで分かっていなかった)
帝国資料館は閑職と見られ、館長も新設の副館長も多分に名誉職的観点で捉えられていた。すなわち実務を末端の官僚が回し、館長・副館長はろくに来館もせず、俸給だけ受け取る。
リヒャルトはそのような行動は取らなかった。毎日、資料館に出勤し、歴代の館長どころか館員も入った者がないという閉架書庫への立ち入りを要求した。
極めて短気で粗暴なところがあるという副館長の噂を聞いていた館員たちは開かずの扉であった閉架書庫への立ち入りを許した。
そこでリヒャルトは見つけたのだ。有用性と危険性を併せ持つ幾多の資料を。
それらは全て有用性に比べ、危険性が極めて高かったが、そんなことはリヒャルトには全く問題ではなかった。有用性が高ければ、それでいいのだ。
とある個人を限られた期間、思い通りに動かすことが出来る薬剤。毒性の高い草から生成するため、その過程においても、生成する者の身体にもかなりのダメージを与える。だが、リヒャルトにはそんなことは全く関係がない。
出来上がった薬剤を第三皇子の家人に半ば強制的に服用させ、第一皇子を暗殺させた。
そして、指令を達成した後、脱力感から呆然としている第三皇子の家人を即座に逮捕。拷問にかけ「暗殺は第三皇子の指示」と言わせた上、拷問死させたのである。
第二皇子には「第一皇子が暗殺され、容疑者と見られる男を尋問したところ、『暗殺は第三皇子の指示と白状した』」と報告。速やかに第三皇子の逮捕状を出すよう勧めたのである。
その功によりリヒャルトは僅か半年で今度は前回よりも格上の大将軍に就いたのである。
◇◇◇
リヒャルトは大将軍職に就いても、帝国資料館の利権を手放そうとはしなかった。大将軍兼帝国資料館館長となり、利権の独占のために副館長職は自分一代で廃止した。
利権は「とある個人を限られた期間、思い通りに動かすことが出来る薬剤」ばかりではなかったのである。他にも巨大な利権があった。
リヒャルトは後ろを振り向いた。そこに身長が140cmくらいしかない黒髪をおかっぱにに切り、前髪は目が他人から見えないように垂らした、極めて物静かな、陰気とも言う、一人の少女が佇んでいた。
「アンゼリカ。ついにお前の出番が来た。やってくれるんだろうな? 期待に応えてくれるんだろうな?」
「……」
アンゼリカと呼ばれた少女は何も言わなかった。ただ右肩に乗っている小さな赤いトカゲが「チ」と鳴いた。
「ははは。まあいい。おまえはいつもそういう奴だ。そういう態度ではいるがやってくれんだ。このリヒャルトのためにな」
「……」
やはりアンゼリカは何も言わなかった。右肩に乗っている小さな赤いトカゲだけが「チ」と鳴いた。




