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「亡命希望者?」
大将軍ゲルハルトは困惑した。
「は。服装は傷んでぼろぼろなんですが、明らかに元の素材はいいもののようです。顔も薄汚れていますが、整っていて、高貴な人物かと思い、問うてみたところ『亡命希望』と」
人道上は亡命希望者を受け入れるべきであろう。ただ大国の狭間で綱渡りのような国家経営をしているこの国にあっては取り扱いを間違えると国全体に破滅をもたらす。
「会ってみよう。ただ、俺だけが会うのは危険だ。アンネリーゼ、外務大臣、もちろん摂政殿下、魔法大臣にも来てもらうか」
◇◇◇
侍女たちの手により身なりを小ぎれいにされた亡命希望者は摂政ハインリヒたちの待つ会議室の席に着いた。
最初に口火を切るのは外務大臣のパウルだ。
「お待たせした。私はこの国の外務大臣パウル。見たところ高貴な方とお見受けされる。また『亡命希望』とのこと。出来るだけご要望にはお応えしたいが、我が国にも事情というものがある。まずは元おられた国とご身分をお伺いしたい」
「……ブロイ帝国第三皇子ローラント」
その言葉だけで十分だった。ロートリンゲン王国、又の名をロレーヌ王国首脳陣の中に大きな困惑が広がっていく。この国始まって以来の才媛とされる女性宰相アンネリーゼもこの国の難局を乗り切ってきた「おっさん殿下」摂政ハインリヒも次の言葉が出てこない。
そんなノーリアクションにもめげずブロイ帝国第三皇子ローラントは椅子から立ち上がるとまくし立てた。
「私はっ! 私はっ! 兄上を、第一皇子の暗殺を命じてなどいないっ! あれはっ! あれはっ! 異母弟のリヒャルトの仕業だ。私はっ! 私はっ! はめられたんだっ! リヒャルトにっ!」
それは十分に考えられた。実際に一度戦っただけでもリヒャルトの手段を選ばない、冷酷な性格は感じられた。それぐらいのことは平気でするだろうということは予想がつく。
「あなたが、ブロイ帝国第三皇子ローラント様が異母弟にはめられたかどうかはとりあえず置きましょう。しかし、そのあなたが何故我が国に亡命希望をするのです?」
外務大臣パウルは老練な外交官だ。あくまで冷静に対応を続ける。
「私だってっ! 私だってっ! ブロイ帝国内で支持者を集めて決起したかった。だけどリヒャルトのやり口は巧妙でずる賢い。私を応援してくれると一度は約束した諸侯も圧力をかけられ、あるいは地位や加増と引き換えに私を放逐した。そうしているうちに私を受け入れてくれる諸侯はブロイ帝国にはいなくなってしまった」
「……」
しばらくの間黙考していた外務大臣パウルは、しばし後に口を開いた。
「分かりました。ブロイ帝国第三皇子ローラント様。あなたが我が国を安全に通過できることを保証しましょう。但し、我が国ではあなたの亡命を受け入れることはできない。この先にあるガリア、ホラルド、ベルクの三国、あるいはその先にある国々で亡命申請なさることですな」
「何故だっ?」
ブロイ帝国第三皇子ローラントは目の前のテーブルを強く叩いた。
「貴国は『大地改変生成の魔法石』を持ち、憎きリヒャルトを追い払った国ではないか。貴国もリヒャルトを恨んでいよう。共に力を合わせ、リヒャルトめを討とうではないかっ!」
「確かに」
次に発言したのは大将軍ゲルハルトだった。
「我が国からしてブロイ帝国大将軍リヒャルトに対しては複雑な思いがある。だがそれだけの理由で『大地改変生成の魔法石』の力を行使したり、貴重な専門兵を動員したりはできぬ。それらはこの国を守るためにあるのだ。ブロイ帝国の内紛を収めるためにあるのではない」
「ちっ、思ったより計算高い奴らだな。ロートリンゲン王国の連中は」
ローラントは舌打ちした。
「分かった。ではこうしよう。首尾よくリヒャルトを討ち、私がブロイ帝国の宮殿に復帰できた暁には『シュトラースブルク』『エルザス』の二州を貴国に割譲しよう。これでどうだ?」
「それは……」
他の閣僚がローラントに意見しようとしたのを制し、摂政ハインリヒが前に出た。
「ブロイ帝国第三皇子ローラント殿下。あなたはご自分を高貴な身分の者として意識されているようだ。なら、この俺が意見しよう。ここは小さな国だが、この俺はこの国の国王ハンスの同母弟だ。それなりの身分ではある」
「な、なら私の気持ちも分かるだろう? 身分の低い母から生まれた異母弟のリヒャルトに馬鹿にされているんだぞ。私は」
「俺も王族ということになっている。だが分かりませんな。貴公のお気持ちは」
「何だとっ! これだからちっぽけな国の王族は駄目なんだっ!」
「そのとおり。俺はちっぽけな国の王族。それだけに……」
ハインリヒは立ち上がるとローラントに向かって、ゆっくり歩く。気圧されたローラントは後ずさりするが、壁に当たり、これ以上後退できない。その前に立ったハインリヒは壁に手を着く。壁ドンの態勢だ。
「この国の臣民の一人として無駄死にしてほしくないんだよ。たとえそれが専門兵であってもな。この国を守るためだというのならギリギリ臣民の死も受け入れられる。だがな……」
ドンッ
ハインリヒは壁ドンする。怯えるローラント。
「隣国の亡命皇子のために死なせる命はうちの国には一つもねえんだ。外務大臣のパウルが言ったように安全な通過は保証してやる。とっととこの国から出ていけっ!」
ローラントは顔面蒼白だ。だが、事態は思わぬ形で動いていた。




