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「その気持ちも分かるけどねえ」
またため息を吐くアンネリーゼ。
「私たちの養女になったからといって、血のつながりのあるおばあさんやお母さんとのご縁が切れるわけでもない。実のおばあさんやお母さんともう会ってはいけないなんて言わないよ。何とか分かってくれないかなあ」
「ありがとうございます。でももう少しだけ気持ちの整理をする時間をください。
アンネリーゼはその場はもうそれ以上何も言わず、外務大臣のパウルの方を振り向いた。
「悪いんだけど。もうちょっとうまいとこ婚約の打診をあしらってくれる?」
にやりと笑う外務大臣パウル。
「楽な仕事じゃないですけどね。そこでうまくやるのが外交官の腕の見せ所」
◇◇◇
その時の会議メンバー。すなわち摂政ハインリヒ、女性宰相アンネリーゼ、大将軍ゲルハルト、魔法大臣ヨハネス。
そこに一人の男を連れて、遅れて現れたのが外務大臣パウル。
「お待たせしました。この男は我が国の有力な商人の一人。ヘルマン・ネルケン。我が国の農産物を他国に輸出することが主な業務です。そして、我が国の優秀な諜報員でもある」
「……」
場に緊張が走る。普通はこういう報告は外務大臣パウルを通じてなされる。諜報員から直に報告させるというのはかなり重大な情報ということだ。
「ヘルマン。報告を」
「はっ」
ヘルマンは周りを見回して一礼してから報告を始める。
「報告させていただきます。概略はお聞きになっていると思いますが、ブロイ帝国内部でのテロ。すなわち第一皇子の暗殺についてです」
(やはりその話か)
臨席者はみなそう思った。第四皇子リヒャルト率いる十万のブロイ帝国軍を撤退に追い込んで、はや半年。他の三国がロートリンゲン王国、またの名をロレーヌ王国に対して、婚姻をツールとした外交攻勢をかけてくる中、ブロイ帝国は不気味なほどの沈黙を保っていた。
そんな中、入ってきたブロイ帝国での最有力な皇太子候補である第一皇子の暗殺という情報。否が応でも精査しなければならない案件だった。
「ひょっとしてブロイ帝国第一皇子の暗殺は我が国が刺客を送ったなんて話にされてないだろうな?」
ハインリヒは言いづらくもあり、一番懸念されることを先頭を切って問う。それもまた最高責任者摂政の責務であると認識しているようだ。
「それはないです」
ヘルマンは小さく首を振る。
「我が国に限らず、他の国からの刺客という話にもなってはいない。我が国が第一皇子を暗殺したところで得るものは何もありません。但し、ブロイ帝国が我が国に因縁をつけたいと思っていれば、そう言いだすことあるかも知れませんが」
「我が国のせいにされていないのは幸いだけど。犯人が誰かはもうブロイ帝国内では言われているんでしょ?」
女性宰相アンネリーゼの視点は鋭い。ヘルマンは大きく頷く。
「第一皇子暗殺の事件の実行犯とされる男は既に逮捕されています。拷問にかけられ、第三皇子に命じられたと白状しました。直ちに第二皇子は第三皇子の逮捕状を出しました。第三皇子は今現在消息不明です」
「ふふ。そうなると次の皇太子は第二皇子ってことね。ライバルだった第一皇子は殺され、第三皇子はその殺人犯」
アンネリーゼの微笑につられ、ヘルマンもにやりと笑う。
◇◇◇
「それまで皇太子の最有力候補は第一皇子でしたが、第二皇子に変更になりました。それに伴い大幅な人事がありました。もっとも注目すべくは第四皇子リヒャルトの大将軍への起用でしょう」
「何?」
大将軍ゲルハルトの顔色が変わる。
「リヒャルトって、半年前、我が国に攻めてきたあいつか?」
「左様でございます。我が国を攻めて失敗。その後は帝国資料館副館長となっていましたが、このたび大将軍に起用されました」
「帝国資料館副館長って閑職よね。左遷のために作ったポストみたいなものかも。そこから半年で大将軍に起用。何か裏がありそうね」
アンネリーゼの疑問にヘルマンは更に頷く。
「そのお見立てはもっともかと。ただ不思議なのはリヒャルトの新しい役職が大将軍兼帝国資料館館長なのです。帝国資料館に何かの利権があったのかもしれませんが」
「それにしたってあのリヒャルトがまた出てきたらやだぜ。あいつのやり方は兵を人間だと思ってねえ。やりにくくてしょうがねえよ」
ぼやく大将軍ゲルハルト。
「だけどあいつは執念深そうだな。負けたことを根に持ってそうだぞ。ゲルハルト」
「やなこと言うなあ。魔法大臣」
◇◇◇
リヒャルトがブロイ帝国内で復権したとの情報はロートリンゲン王国、又の名をロレーヌ王国にとっては、大変喜ばしくはないものではあった。
とはいっても、それに対して何かすることもないし、できない。潜在的敵国としての情報は大事にしなければならないが、特別な対策などはない。
今日も今日とて「大地改変生成の魔法石」の力を行使して、土を耕し、土壌を豊かにする。鉄鉱石の鉱脈開発の件はまだ国家機密だ。
今のところ他国に輸出できるものは農産物のみ。それで外貨を得ながら少しずつ国を豊かにしていくしかない。無理のない範囲で専門兵を常備。訓練を積んで、有事に備える。
そんな毎日が続くとみなが思い込んでいた。その日がくるまでは。




