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王城からそう遠くないところ。広々とした農地。たくさんの牛が牽引する荷車。そして全ての荷車には堆肥が満載されている。堆肥と言っても全て完熟堆肥なので悪臭はしない。
「大地改変生成の魔法石」をしっかりと持ったフリーダ。ハインリヒに後方を支えてもらっているのもいつもの光景だ。
その光景を微笑を浮かべながら見つめる女性宰相アンネリーゼ。魔法大臣ヨハネスは大真面目な顔で今後の行く末を見守っている。
この四人の様子だけなら、本当にいつもと変わらない。
だが一つだけいつもと違うものがあった。
神獣ネルの様子である。
明らかにそわそわして落ち着かない。内からあふれ出る期待感を隠せないようだ。
神獣ネルが普段から考えていることと言えば、ひとえに「渓谷の魔女」フリーダを守ることである。
フリーダが寂しがったり、恐れていたりすれば、ハインリヒに励ますように促す。
フリーダを傷つけよう、害そう、哀しませようなどという者が存在したら、これはもう大変である。威嚇し、攻撃する。最後は大地神ネルトゥスの姿を現して、相手を倒す。
そのネルがフリーダのこと以外に関心を寄せているようなのだ。もちろんハインリヒもそんなネルを見るのは初めてである。
◇◇◇
「始めっ!」
現場指揮官の合図で、牛に牽引させた荷車はゆっくり動き出す。荷車には一人ずつ搭乗員が乗っていて、堆肥の入ったタンクに付いたハンドルを回す。
少しずつ荷車の後ろから堆肥が散布される。それも荷車が横一列にずらりと並んで散布するのだ。壮観である。
「キイッ! キイッ!」
ついに飛び跳ねだした神獣ネル。
「ふふ。ネル、本当に喜んでいますね」
珍しくも笑顔を見せるフリーダ。
そしてほくそ笑む女性宰相アンネリーゼ。
(思惑通り。いやこんなにはまるとは)
◇◇◇
事の発端は、国王ハンスがハインリヒにフリーダ、そして、ネルを招き、豪華な食事を提供しようとしたことだった。
ハインリヒは驚き、こう言った。
「兄上、こんなことまでしてくれなくとも、仮にも摂政である俺が国を守ったのは当然でしょう」
「それでもこれくらいさせてもらわないと私の気が済まんのだ」
ハイになっている国王ハンスを怖がったか、フリーダは例によってハインリヒの左胸に耳を押し付けて動かなくなった。
そして、ネルは豪華な食事の周りをぐるりと回り、一通り匂いを嗅いでからハインリヒとフリーダのところに戻ると一声「キイ」と鳴いた。提供された食事に毒物は検知されなかったと伝えたかったようだ。
「えーと」
だが国王ハンスは別の意味に受け取った。
「大地神様にはこの中にお気に召す物がなかったのかな。そもそも何を召し上がるのだろう?」
そう言われてもハインリヒにも分からない。そんな中、フリーダがハインリヒに耳打ちした。
「なるほど、そうなのか」
「む? ハインリヒ、何か分かったのか?」
「はっ」
兄であり国王であるハンスの質問にハインリヒは答える。
「ネルは神獣なので、物を食べたり飲んだりはしないそうです。こう大地から出てくる精気のようなものを吸っているそうなんですよ」
「むう。それではこたび国を守ってくれたお礼は言葉でしか示せんのか」
がっかりした様子の国王ハンス。それを見たフリーダは再度ハインリヒに耳打ちする。
「何でも『土』に元気があればいいそうなのです。作物が多く実るような豊かな土壌だと『土』も元気があるから、ネルもその元気を分けてもらいやすくなるそうなんです」
女性宰相アンネリーゼの目がギラリと光る。
「そうですか。そういうことなら……」
◇◇◇
もともと小国であるロートリンゲン王国、別名ロレーヌ王国にとって「凶作」は致命傷になりかねない。
とはいえ凶作をもたらす「天候不順」は避けようがない。但し、そのダメージを最小限にとどめる方法というのは存在する。
それが「施肥」であり、「豊かな土壌」なのである。
従って「豊かな土壌」はロートリンゲン王国、別名ロレーヌ王国の国策なのだ。
ただでさえ国として重視しなければならない政策。それで、この国の守護神とも言える存在になった神獣ネルが喜んでくれたりしたら、それこそ「一石二鳥」ではないか。
はてさてどうなる? 女性宰相アンネリーゼが敢行した完熟堆肥の施肥による土壌改良は神獣ネルが飛び上がって喜ぶという成果を上げた。
◇◇◇
広々とした農地一面に完熟堆肥は散布された。しかし、これはまだ工程の半分が終わっただけに過ぎない。
「フリーダちゃん、お願いね」
女性宰相アンネリーゼの言葉にフリーダは「はい」と言って、頷くと「大地改変生成の魔法石」に念を込める。
ゴゴゴゴゴ
轟音と共に土ぼこりが巻き起こり、農地の上に散布された堆肥とその下の土が撹拌される。
(はあ)
ハインリヒは妙に感心していた。
(『大地改変生成の魔法石』にこんな平和的な使い方もあるのか。さすがはアンネリーゼだわ。伊達に我が国始まって以来の才媛と言われてねえわ)
「キイッ! キイッ! キイッ! キイッ!」
ネルのテンションは爆上がりだ。




