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「ほう」
リヒャルトはロートリンゲン王国軍の陣形を見て呟いた。
「五千といったところか、弱小国家にしてはよく集めたじゃないか」
もっともリヒャルト率いるブロイ帝国軍は十万である。兵力差は二十倍だ。
(山岳地帯の地形を利用して粘るだけ粘って、後は敗走を装って散開。ゲリラ戦に移行といったところか。そうなると我々がもっとも気を遣うべきは補給の確保だな)
リヒャルトの読みはある程度まで正確だった。まさしくロートリンゲン王国首脳部はその大方針を立てていたのだから。但し、かつての話だが。
(ちょっと気になるのはあの櫓だ。敵の中央部後方に一つだけ立っている。高さを生かした弓矢の攻撃に使いたいにしても一つだけ建てても意味がない。あれだけは分からん。一当たりすれば分かるかもしれんが)
そんな中、ロートリンゲン王国軍の進軍ラッパが鳴り響く。
参謀の「どうされますか?」の問いにリヒャルトは答える。
「当然に応戦だ」
◇◇◇
戦は始まった。但し、激戦化はしない。ロートリンゲン王国軍は無理をするなという指示を大将軍ゲルハルトから受けているのだ。
「よーし。鳴らせ。『撤退』ラッパだ」
ゲルハルトの指令の下、ロートリンゲン王国軍に「撤退」ラッパが鳴り響く。予めゲルハルトから指示を受けていた兵士たちは大急ぎで逃げ出す。呆然とした面持ちで残るブロイ帝国軍。
戦況を櫓の上から見つめていた者から指示が出る。
「今です。奥行五百メートル。横幅三百メートル」
「フリーダ、出来るか?」
「はい」
フリーダは両手で大事に抱える『大地改変生成の魔法石』から力を引き出す。
「!」
何が起こったのか、多くの者には理解できなかった。
ブロイ帝国軍兵士だけが残ったフィールドに、奥行き五百メートル。横幅三百メートルの地割れが起こり、何も分からないまま大半の者が地の底に落ち、辛うじて崖にしがみついた者も発生した時と同じ速度で閉じていく地割れに挟まれていった。
その光景はブロイ帝国軍兵士ばかりか、ロートリンゲン王国軍兵士も戦慄させた。
だがすぐに大将軍ゲルハルトの叱咤が飛んだ。
「よく見てみろ。死んだのはブロイ帝国の奴らだけだ。合図で出る『撤退』ラッパに従えば、地割れに巻き込まれることはない。それだけ気を付ければいい」
「「「「「おおーっ」」」」」
喚声が上がる。
再びロートリンゲン王国軍の「進軍ラッパ」が鳴り響き、ロートリンゲン王国軍兵士がフィールドに出る。
「どうされますか?」
ブロイ帝国軍の参謀は恐る恐るリヒャルトに伺う。
「応戦しろ。さっきと同じようにな」
短く回答するリヒャルト。
「え?」
信じられないことを聞いたという表情の参謀。
「あの同じようなやり方でやると、また同じ地割れにやられるのでは?」
「くどいっ! 同じやり方でやれっ!」
「はっ」
かくて先ほどと同じやり方でやったブロイ帝国軍はやはり同じように『大地改変生成の魔法石』の力で地割れを起こされ、損害を被った。
ロートリンゲン王国軍の「進軍ラッパ」は三度鳴り響いた。兵士たちがフィールドに出る。
参謀は更に恐る恐るリヒャルトに伺う。
「どうされますか?」
「応戦だ」
それしか言わないリヒャルト。
「はっ」
参謀ももうそれしか言わない。
果せるかな三度目も多くのブロイ帝国軍兵士が地割れに落とされ、挟まれ、その命を失った。その様子をリヒャルトは冷酷に観察していた。
(意外ではあったがロートリンゲン王国が『大地改変生成の魔法石』を持っていたのはもはや間違いない。持っていながらとぼけ通したのも戦略としては当然だ)
そして、自分の配下の兵の戦いぶりからあることに気が付いた。
(三度目ともなると現場の兵どもも少しは学習したらしい。ロートリンゲンの連中が『撤退』ラッパと共に一目散に逃げだした時に同じ方向に進めば、地割れには落ちない。まあ逃げた後に敵陣内で袋叩きにされているが。よし)
ロートリンゲン王国軍の「進軍ラッパ」の鳴り響きの四回目。リヒャルトは今までとは違った指示を出した。
「応戦しろ。但し、ロートリンゲンの奴らが『撤退』ラッパを鳴らしたら、一緒に敵陣に突っ込め」
四度目は地割れに落ちたり、はさまれたりするブロイ帝国軍兵士はてきめんに減り、最終的にはロートリンゲン王国軍陣内で殲滅されたが、ロートリンゲン王国軍兵士も軽微ながら損害を出した。
「潮時ですな」
大将軍ゲルハルトは言う。
「ブロイ帝国軍の兵士が地割れの対処法を学習してきている。ここは出来たらもう一撃加えて撤収しましょう」
「そうだな。フリーダ、出来るか?」
ハインリヒの問いにフリーダはハインリヒの左胸に耳を付けながら頷く。
「やってみます」
いったんハインリヒから離れたフリーダは手に持った『大地改変生成の魔法石』に魔力を注ぐ。
「うまくいきますように。おばあちゃん、力を貸して」




