あの作戦
「フゴッ………んっ?」
吉見由香里は、ベッドのすぐそばの冷たい床の上で目を覚ました。
寝相のせいで転げ落ちたようだ。
部屋の壁には、彼女が描いた流と思しき男の、ヘタクソな絵が幾つも貼られている。
「ゆ…夢?確か周りが変異者になって…」
寝起きでぼんやりとした頭のまま、ベッドに腰掛けておもむろにテレビをつけると、ニュース番組が映し出された。
全身血まみれのリポーターが、カメラに向かって、息を荒げながら叫んでいた。
「なんとも呆気ない幕切れです!!まるですべては幻だったかのように、あっさりと事態は収束しました!街に大量発生した変異者達が、突如として元の姿へと戻ったのです!ご覧ください!」
彼がそう述べると、気を失って地面に倒れている人々の様子が映し出された。
「おかげで私も九死に一生を得ることが出来ました!一度変異した以上、もうコイツらに人権は存在しないので、先程の仕返しをしたいと思います!おう!さっきはよくもやってくれたじゃねえか!ゲボ野郎が!このやろこのやろこのやろ!!」
リポーターは目を血走らせながら、目の前で倒れている男の頭部を執拗に踏みつけた。
由香里は青ざめた表情で、画面を眺めながら言った。
「ゆ、夢じゃなかった…!ハッ!そうだ…!流さん!」
部屋を飛び出すと、由香里は階段を駆け下りて、一目散に玄関へと向かった。
リビングを横切ろうとした時、ふいに部屋の中から男の声がした。
「待つんだ、由香里」
見ると、縁がリビングで床にうつ伏せに倒れていた。
「な…何やってるんですか?そんなところで…兄さん」
「俺のことはいい、外に出るのはやめておけ。騒ぎは収まったようだが、まだ安心は出来ん」
「止めないでください!流さんが私を呼んでる気がするんです!『由香里〜助けて〜』って!」
「いや、多分それ気の所為じゃ…」
「何か言いましたか?兄さん」
「あ…何でもないです、ハイ」
由香里に凄まれて、縁は大人しく引き下がった。
それから、彼女の顔をじっと見つめると、縁はしぶしぶ観念した様子で、ため息交じりに呟いた。
「…どうやら俺が止めたところで無駄みたいだな、困ったヤツだ。仕方ない、俺はしばらく動けそうにないが…代わりとして念の為にアレを持って行け。少なくとも、俺の最高傑作だからな」
「これは驚いたな…。粋なマネしてくれるじゃないか」
流はかつての恩人と同じ姿をした、目の前の怪人を見ながら、小さく言った。
彼の手には、数日前に縁から授かった、紙束のうちの1枚が握られていた。
まさかの復活を遂げたと思われた蝶男の正体は、縁が描いた作品だった。
当然、その真相を知る由もない蛾男は、口元を手で拭うと、ペッと唾を吐き出した。
「フン!どういうワケか知らねえが、もう一度あの世に送って…」
『オラは死んじまっただ〜♪オラは死んじまっただ〜♪』
突然、彼のボトムスの中から、緊張感のないメロディーが流れ出した。
「………チッ」
小さく舌打ちすると、蛾男は苛立たし気に携帯を取り出し、耳に押し当てた。
「何だよ!?忙しいってのに!あ…いや俺は大丈夫だけどよ。お前はどうよ?え?それマジ?ハハハ!堅いこと言うなよ、オイ」
「……………」
これも演技だ………演技だよな?
流がその様子を眺めていると、彼の隣で、偽蝶男が口を開いた。
「…オイ、流」
「えっ?あっ…ハイ」
しゃ…喋るのか。
「…アノ作戦デ行クゾ」
「…え?何?あの作戦って…」
「任セタゾ」
そう言うと、偽蝶男は蛾男のもとへと突っ込んで行った。
流は彼の背中に向けて叫んだ。
「いや、マジであの作戦って何っ!?」




