誰かさんのヒーロー
それは10年ほど前のこと…。
ある小学校の廊下で、低学年と思われる3人の男子が、世間話に花を咲かせていた。
「おい聞いたか?昨日、この近くで出たらしいぜ、変異者」
「知ってるよ、また蝶男が倒したんだろ?見たかったな〜!ブッ殺すところ」
「あっ、やべ…!シッ!」
廊下の向こうからやって来た、1人の少女に気付いた坊主頭の男子は、慌てて口の前に人さし指を立てた。
少女が通り過ぎて行くと、坊主頭は胸を撫で下ろした。その様子を鼻で笑いながら、腹の出た男子が言った。
「お前、何ビビってんだよ」
「いや…アイツの親父、ちょっと前に変異したらしくてさ、街で暴れてたところを、蝶男にブッ殺されたみたいなんだよ。それで恨んでるって話だぜ」
「へぇ…でも、ぶっちゃけ逆恨みじゃね?」
「つーか父親が変異者とか怖えーよ。遺伝してるって、絶対」
「おい、声でけーよ。ブプッ」
「………ただいま」
少女は家に帰るなり、静かにそう呟いた。返事はない。
玄関には、少女と両親が楽しげに写っている、家族写真が飾られていた。
リビングに向かうと、母が台所で背中を向けながら、包丁で何かを斬っていた。
母は背を向けたまま、いつものように少女に言った。
「…おかえり、学校どうだった?」
その後、2人が夕食を食べながらテレビを観ていると、アニメが終了し、ニュース番組が始まった。アナウンサーの男性は鼻息を荒くさせながら、興奮気味にまくし立てた。
「さ〜て本日のホットな話題はコチラァ!!〇〇駅前に出現した変異者を、我らがヒーロー蝶男がブチ殺しました!!バンザーイ!!」
「ゔっ…!」
母は口を押さえると、急いで部屋を飛び出して、トイレに駆け込んで行った。
しばらくの間、少女が1人で食事を続けていると、やがてゲッソリした表情で母が戻って来た。
母は何事もなかったかのように、テーブルに着いた。彼女の隣には、数日前まで父が座っていた、椅子がポツンと寂しげに置いてあった。
「えー速報です!ただいま入りました情報によりますと…先程、〇〇市の路上に出現した変異者を、またも蝶男が倒した模様…」
「ゔ っ…!!」
母は再び部屋を飛び出して行った。少女はリモコンを手に取り、テレビの電源を消した。
翌日、休み時間に少女が1人、教室で暇を持て余していると、昨日の3人組の1人が、携帯を見つめながら、ポツリと言った。
「あ、なんか蝶男死んだっぽい」
「は?マジ?」
「マジマジ、Xで今メッチャ話題になってるもん。蛾男とかいうヤツにやられたっぽい、ほらコイツコイツ」
「うわキッショ!チ〇コ萎えたわ」
「そもそも何で勃起してたんだよ、てめぇ」
少女はゆっくりと立ち上がると、男子達の方へ歩み寄り、彼らに言った。
「ねぇ、それ見せて」
「あ?何だお前、あっち行…ぼべえ!!」
少女に頭突きを食らい、男子は呆気なく気を失った。
生徒達の悲鳴が飛び交う中、少女は携帯を拾い上げた。
画面を覗き込むと、真っ黒な体に2つの巨大な羽根、そして怪しく輝く赤い眼球を持つ、不気味な怪人の姿が写っていた。
「…へぇ、イケてるじゃあん♪」
ツインテールの少女、荒井奈美は薄っすらと笑うと、そう小さく呟いた。




