数の暴力
遡ること数分前、あるビルの屋上で、年齢も性別もまちまちの集団が、パラペットの上で横一列に並んで、地上を見おろしていた。
視線の先には、2人の少年少女の姿があった。流と由香里である。
集団のリーダーと思われる、小柄な人物が淡々と告げた。
「本日はお集まり頂きありがとう、君達には今からあの少年を始末してもらいたい。とはいえ…彼は私の部下を次々と葬ってきた男だからね、一筋縄ではいかないだろうな」
リーダーは続けて言った。
「という訳で…念のために私の能力が届く範囲…半径3キロ圏内にいる、まだ変異していない全ての『予備軍達』に私の力を送り込み、強制的に変異させて彼にぶつけることにする。まあ、少しは戦力になるんじゃないかな。人々が考えているよりも変異者の卵はずっと多いんだよ、そのほとんどは力に目覚めることなく、一生を終えていくけどね。ここから眺めているだけでも、結構な数がいるみたいだ」
「…あの少年を狙う理由は?」
集団の1人である、屈強な体躯を持つ男が尋ねた。
「彼は憎悪している対象に変身出来る力を持っている。そして本人は気づいていないが、その対象への憎しみが強いほど、より力は増幅する。私は変異者の死体に力を送り込むことで、身も心も従順な下僕として蘇生させられる。その能力で彼を操り、この世の全てを極限まで憎悪させれば、おそらくあの蛾男すら超える、最凶にして最恐の変異者が誕生するかもしれない、世界のバランスを根底から覆せるほどのね。それじゃ…始めよう」
そう言うと、リーダーはおもむろに指を鳴らした。
………で、現在。
流の由香里の2人は、変異者の群れに周囲を包囲されようとしていた。
「な、なんか私達の方に向かって来てるような気がするんですけどぉ〜!」
由香里は流の腕に縋りつきながら、半泣きで言った。
「ああ…そうみたいだな、他の人々には興味がないようだ。おそらく狙いは…」
「も、もしかして私の体!?」
「いや、それはないから安心しろ。たぶん狙いは僕の方だ。ひとまず…ここは逃げないとな」
そう呟くと、流は由香里を両手で抱きかかえた。
「お゛っ♥」
「変な声出すな」
流は目の前のナメクジ男に背を向けると、由香里を抱えたまま、一目散に駆け出した。
「ところで…君はなんともないのか?」
「ハァハァ…♥なんともないわけないじゃないですかぁ♥主に下腹の辺りが…」
「放り出すぞ」
その時、流の頭上から、2メートルを優に超える巨体を持つ、ゴリラのような変異者が、地割れとともに降り立ち、彼らの前に立ち塞がった。
足に急ストップをかけて、首を後ろにやると、すでに数多の変異者がそばまで迫って来ていた。
流は観念したかのように小さくため息をつくと、無言で由香里を地面に降ろした。
「な…流さん?」
「………こりゃ参ったな、もう諦めるしかないようだ」
「そ…そんにゃ〜!?」
変異者達が一斉に飛びかかって来る。由香里が思わず目をつぶると、隣で流の声がした。
「…ただし逃げるのをだけどな」
流は変身すると、一瞬にして変異者達をバラバラの肉塊へと変えた。




