ポリシー
観覧車を降りてから、どれくらい経っただろうか?
2人は出口の探索とは名ばかりの、遊園地観光を続けていた。
流が辺りを見回していると、背後から足音とともに、呑気な声が聞こえてきた。
「おーい、そんな早く歩くなよ。ん?ありゃメリーゴーランドか?懐かしいね、ガキの時に死にかけたトラウマが蘇るよ」
「…何があればメリーゴーランドで死にかけるんだ?」
しかし、この男の余裕っぷり…。何か策でも隠し持っているのか?それとも単に能天気なだけなのか?脱出する気があるようには見えないが…。
…なんにせよ、まだ完全には信用出来ない奴だ。警戒はしておかなくては。
「それにしても、ここは奇妙な空間だな。不気味でもあるが、同時にどこか懐かしくもある。まるで居心地の良い悪夢のようだ。いや…地獄かな?おっ、今のセリフちょっとイカしてなかったか?どう思う?なぁ、おい」
流は彼を無視して歩き続けた。
それから、特にこれといった進展もないまま、時間だけが過ぎていった。
コーヒーカップの場所まで戻って来ると、縁はそのうちの1つに腰掛け、流に言った。
「俺はそろそろひと眠りするが…君はどうする?分かってると思うが寝るなら別のカップにしてくれよ?安心しろよ、寝首をかいたりはしないからさ」
「…言われなくとも、そうしますよ」
流はブレザーを脱ぐと、端の方にあるカップへ向かった。すると、後ろから縁に呼び止められた。
「おい、それもしかしてアレか?蝶男のシャツか?」
「…文句ありますか」
流が気恥ずかしそうに尋ねると、縁は続けて言った。
「そういうわけじゃないさ、確か…君の命の恩人なんだっけか?」
「…どこでその話を?」
「決まってるだろ、由香里だよ。アイツは家じゃ君の話ばかりだからなぁ。まったく、まいっちまうぜ。クク」
「…僕の?」
「ああ、よっぽど君を尊敬してるんじゃないか?君が彼を尊敬しているようにな」
「………」
流は、彼の名を呼びながらこちらに向かって元気に手を振る由香里の姿を、少しだけ思い浮かべた。
何故か、遠い昔のことのように感じられた。
「話はそれだけだ、呼び止めて悪かったな」
「…ところで、僕からも1つ聞きたいことがあるんですけど」
「何かな?」
流は小さく咳払いすると、遠慮がちに尋ねた。
「アンタ寝る時くらい帽子取らないん…」
「いや、俺はこのままでいい」
縁は食い気味に即答した。
「え、何でですか?まさか…」
「いや、違うからな?人前では帽子を脱がないという俺なりのポリシーがあるだけだ。ただ、それだけだ。他に理由はない」
「…そうですか。そりゃ、失礼しました」
「おい、何謝ってんだよ。絶対疑ってるだろ。言っとくがフサフサだからな?そりゃもう引くほどフサフサで…」
それから1時間後、縁は目元まで下げていたベレー帽を上げると、流の方をちらりと一瞥した。顔はよく見えないが、俯いて眠っているようだった。
「よし、そろそろ始めるか…。この世界も十分堪能したことだしな」




