サソリの尻尾
教師の長々としたホームルームが終わると、生徒達はそれぞれ帰宅を始めた。
流も例に漏れず、スクールバッグを肩に背負い、教室の出入り口へと向かった。
すると恒例のように、背後から気の抜けるような、由香里の能天気な声が響いて来た。
「流さーん!!駅前でなんと!猿カフェがオープンしたらしいですよ!!これは行くしかないですよね!?ね!?」
どうやら由香里には昨夜のショッキングな出来事など、頭に残ってないようだ。
流は振り返ると、彼女の顔を思案げにじっと見つめた。
彼の脳裏に、永木や量の姿が思い浮かんだ。
「ど、どうしました…?もしかして目ヤニついてます?」
「…やっぱり、僕とは関わらない方がいいと思うんだ」
「え゛ッ…!?」
いつにも増してシリアスな表情でそう呟く彼に、由香里は思わず目を点にした。
「な…何故ですか!?まさかこっそり抜け毛集めてたのバレて…!?」
「それはそれで問題だが違う」
流は小さく咳払いすると、彼女に背を向けて言った。
「…とにかく、それじゃ」
言い残すと、流はそそくさと部屋を後にした。由香里は鳩が豆鉄砲を食らったかの如く、いつまでも立ち尽くしていた。
その後、流がひとり帰り道を歩いていると、目の前の電柱から、何者かが待ち伏せていたかのように、ヌッと身を乗り出した。
「あれぇ?今日は1人ィ?」
「………」
白々しい口調でそう尋ねる荒井奈美のそばを、流は無言のまま通り過ぎた。
背後から彼女がつけてくる足音が聞こえた。
「昨夜は随分と派手にやってたみなたいじゃん、見たかったなぁ。ところで…あの子とケンカでもしたのぉ?」
「…たまに忘れそうになる、自分が疫病神だってことをな。だけどそういう時は決まって最悪なことが起きるんだよ。君もいい加減、僕に関わるのはやめておけ。さもないとまたトラブルに巻き込まれるぞ」
突然、歩道沿いの鬱蒼とした茂みの中から、ワニのような頭部を持つ変異者が飛び出して来た。
「グオオオオ!!突然だが俺は変異者だァァ!テメエらの肉をよこせェェ!!」
流はウンザリした様子で左右に小さく首を振った。
「…ほら、こんな感じでな」
「楽しそうじゃぁん♪」
ワニ男は2人に指を向けると、威勢よく叫んだ。
「そっちのバカそうなヤツ!まずはお前から食うとしよう!!」
「ハハハ!言われてるよぉ〜?ガー君」
「たぶん君の方だと思うが」
流の予想に反し、ワニ男は口を大きく開け、彼の方へと飛びかかって来た。
「…と思わせて最初はお前からだァァ!!」
流が応戦しようとした途端、ワニ男の肩の辺りに、いくつもの節に分かれた、先端が鈎状になっている細長い何かが突き刺さった。
それはまるで、サソリの尻尾のようにみえた。
「ギニャアアアア!?えっ待って痛い痛い痛い!!」
驚いた流が目で追うと、それは奈美のスカートの下から伸びているようだった。
「よっと」
奈美はそれを振るって、ワニ男を地面に叩きつけた。
すると、みるみるうちにその肉体が人間の姿へと変わっていった。
「これは…?」
「あ〜私の尻尾にある毒だよ。なんか変異者の力を消しちゃうみたいなんだよねぇ〜」
そう言うと、彼女は尾を一瞬でスカートの中に収縮させた。
「…フーン、ところでコイツはどうする?」
流は、正気を取り戻して肩を抑えながら、地面でのたうち回る男の方を顎で指した。
「さぁ?別にほっといても死にはしないでしょお」
「ただいまで〜す…」
由香里は帰宅するなり、蚊の鳴くような声で呟いた。
そのままリビングに行くと、ベレー帽を被った若い男が、待ってましたとばかりにソファから飛び起きて近寄って来た。
「ただいま由香里ィ…。今日は古本屋で60年代のレアなヴィンテージ画集を手に入れたんだ。コイツはゲロヤバいぞ〜!一緒に見るか?」
「わ…わ〜!そうなんですか?ちょっと疲れてるんで後でゆっくり見ますね?」
そう言って笑う由香里の顔に、どこか陰りがさしているのを、縁は見逃さなかった。
「…学校で何かあったか?」
「そんなことないですよ〜!心配しないでください!」
「…本当か?」
「はい!それじゃ少し寝ますんで…」
由香里が自室へと向かうと、縁は後ろをピッタリとついてきた。
「ホントのホントか?」
「はい」
「ホントのホントのホン…」
由香里は部屋に入ると、ドアをバアン!!と音を立てて閉めた。
「………」
縁はドアの前でしばらく立ち尽くした後、意味ありげな微笑を浮かべた。
「…やれやれ、久しぶりにアレをするしかないか」




