『宝』とは
かれこれ、どれくらい考えたのだろう。小さな明かりとり窓から差し込む光がオレンジ色に変ってきた。相変わらず僕は、座布団が置かれていた棚を睨みつけている。
この棚に置かれている物。
その一。鳶口――これは、長さ一.五から二メートルほどの木製の棒の先に、名前の由来となった鳥のくちばしの様な金属製の金具が取り付けられている。木材運搬等で使われる道具だ。
その二。のこぎり――これは、説明する必要が感じられないくらい浸透している。大工道具の一つ。
その三。ハンマー――日本語で言えば鉄鎚や木槌。のこぎりと勢力を二分する大工道具の代表だ。
つまりこの棚には、木材を加工するための道具が陳列されている事になる。ここまではすぐに行き着いた。しかし、これより先が見えてこない。頭の中にある道具辞典を開いてみても、座布団にあの様な跡を付ける道具は見つからなかった。これは、インターネットで調べるしかないかな。もう夕方だし……それに、今日はまだ土曜日だ。明日も休みだし。じっくり家で考えよう。
「先生。どうですか? わかりましたか?」
心配そうに僕を覗き込む昇。どうしてそんな顔をするんだ? 僕が解けないのが心配なのか? それは僕を買いかぶりすぎてるんだ。僕だって全ての道具を知っているわけじゃない。気持がはやるのはわかるけど、また明日、宝探しの続きをしよう。
「全然わからない。大工道具が乗っていたんだろうけど……あの跡に適合する様な道具が思いつかないんだ」
「え? 大工道具? 俺てっきり……」
意外な反応だったのだろう。話し方が助手から昇に戻っている。と、それより何だろう? 『てっきり……』の後……気になる。
「てっきり、何?」
「いやぁ、俺はてっきり武器かなんかだと思ってた。細長い奴は何だか武器みたいだし、ハンマーだって武器じゃん『ウォーハンマー』ってのがあったよね確か……。それに、のこぎりも『のこぎり刀』って具合にね。だから、俺的には座布団の上に乗ってたのは『円月輪』じゃないかって探してたんだけど、やっぱり見つかんなかったな」
今日の昇は神懸かっている。つまり逆転の発想だ。言葉はゲームの単語を使用しているが、言いたい事はきっとこうだろう。僕が大工道具――つまり、物を作るための道具だと思っていた物は、昇にとって武器――物を破壊するための道具だった。なぜ僕はこの発想が出てこなかったんだろう。言われてみれば、そうとも取れるんだ。そして、これなら納得のいく答えを導き出す事が出来る。
「わかった。『其れ』が何か!」
間違いなくこの家には『其れ』はあったんだ。僕の記憶が確かなら裏庭にはなかったはずだ。だったらこの蔵の中。僕自身が確認していないあそこに、漬物石代わりになっている可能性が高い。結論は出た。もう考えるのは終了。後は行動あるのみ。
僕は戸惑う昇を無理やり引っ張って蔵の奥へと連れて行くと、漬物樽が並ぶ場所で『其れ』を見つけた。想像通り漬物石の代わりになって、漬物を漬ける『半鐘』を。
「これが『其れ』だ!」
盛り上がった気持がそのまま声に出た。僕は半鐘を指差し昇に見せつける。
「あの、寺にある様な銅鐸が?」
確かに似ているけれど……違うんだ。お寺にあるのは釣鐘だし、銅鐸は弥生時代に製造された青銅器だから。なんだろう? このもどかしさ。伝わらないって、面倒くさい。
「違うよ。あれは『半鐘』。現代風に言えば、警報音を出す装置だよ」
「警報装置が何で武器なんだ? もしかして『ギヤマンの鐘』か?」
「違う、違う。武器じゃないから」
「それじゃあ、どういう事か説明して下さいよ浅沼先生」
「わかったよ昇君。順序立てて説明しよう。まず、この蔵の配列の法則は知っての通りだと思う。これが全ての根本だよ。そして、次にあの座布団の跡が、その場所に何かが乗っていた事を示していた」
「和紙の入った箱の隣にある物が『其れ』だから……」
「そう、座布団に乗っていた物が『其れ』なんだ。じゃあ、乗っていた物は何か? それは、配列の法則から導く事が出来る。あの棚にあった物と同じ用途に使われる物で、座布団にあんな跡を残す物だ」
「そこまでは、理解していますよ」
そう言いながら、昇は頬を膨らませる。
「じゃあ、あの棚に置かれていた物の共通点は何か? それは、壊す道具だった。そして、その中の鳶口という道具は、一般的に木材を引っ張って運搬するための道具だけど、実はもう一つ有名な使い方があるんだ」
「それは……」
昇が喉を鳴らして唾液を呑み込む。正に今、固唾を呑んでいる状態だろう。
「それは、消火作業だよ。昔、江戸時代が特に有名だけど、町火消しと呼ばれる人たちが、燃えている家屋を壊して、他の家への延焼を防いだんだ。もちろんハンマーやのこぎりも使われた。だから、あの棚に置かれていたのは、火消しに関係がある物だったんだ」
「じゃあ、半鐘ってのも?」
「その通り。半鐘というのは、火事の発生を知らせたりする物なんだ。見てわかるとおり、釣鐘型だから、座布団に置けば円形の跡が残る。間違いないよ、半鐘が『其れ』なんだ。そして、和紙の文章には『其れを然るべき場所へと掲げよ』とあった。半鐘を掲げる然るべき場所。それは、裏庭にあった火の見櫓だよ」
これで、和紙に記されていた謎は全て解けた。今まで読んできた推理小説の謎を解いた時とは比べ物にならない充実感が心の中に広がる。頭の中に新鮮な空気が流れ込んで今までのモヤモヤを一気に吹き飛ばしていく。嗚呼、気分爽快だ。これだから謎解きはやめられない。
「やりましたね。先生」
謎が解けた事を、まるで自分の事の様に胸をなでおろす昇。まあ、自分の事なんだけど……でも、財宝がもうすぐ手が届く所まで来ているのだ。もっとこう、逆立ちで小躍りするぐらい喜ぶと思ったんだけど。意外だったな。もしかして、内心はそれどころじゃない? 財宝の事で頭が一杯なのかな? なんて……
「ありがとう。昇のお陰で謎が解けたよ。さあ、金色の財宝を拝みに行こうぜ」
もう探偵ゴッコはおしまいだ。話し方をいつも通りに戻し、昇の背中をポンと叩いた。
「そうだな……それでは、行きますか」
僕達は半鐘を二人で抱えると、裏庭の火の見櫓にそれを運んだ。
半鐘は思いのほか軽かった。これはあくまで僕の個人的な感覚だけど、想像していた重さより実物が軽かったのかもしれないし、上がりきったテンションがそう錯覚させてのかもしれない。さすがに、半鐘を抱えたまま火の見櫓の梯子を登る事は無理だったので、ロープを使って引っ張り上げた。もうすぐ手に入る財宝の事を考えると緊張して、つい口数が少なくなってしまう。昇も終始無言だった。きっと同じ事を考えていたのだろう。
火の見櫓には、手すりに囲まれた僕達二人が一緒に登れるスペースがあった。その中心には簡易的な屋根を支える鋼鉄の柱。そして、その柱には財宝への引き金となるであろう半鐘を釣り下げるフックが見える。
いよいよ財宝との対面だ。二人で掲げた半鐘を、ゆっくりフックに釣り下げた。さあ、何が起るんだ? きっと、半鐘の重さが何か引き金になっていて、どこかに隠し部屋への扉が開くんだ。全く、手の込んだ事を……
さあ、どこに扉が開くんだ? 蔵の壁が開くのか?
全然、開かない……
まさか、池か? 池の水がなくなって、底に地下へと続く階段が……
出てこないな……
じゃあ、鶏が金の卵を……
産むわけないか……
あれ? おかしい? 変だ? 裏庭をどれだけ見下ろしても、何も起こらない。どうしたんだ? もしかして……
「僕の推理が……間違ってた?」
急に足の力が抜ける。何だよこの脱力感は……せっかく全ての謎を解いたと思ったのに。どこで間違ったんだ? 『我』か? 『其れ』か? 『然るべき場所』か? それとも……
「俊彦の推理は間違ってないよ……」
僕の失意を汲み取ったかのような、昇の言葉。どうしてだよ? 結果が出てこないんだ。間違っていたんだよ。結局、宝なんて存在しなかったんだ。
悔しい。悔しい。悔しい。
その気持ちを、唇を噛み締めて、昇にぶつけてやろうと視線を移した。僕とは対照的な昇の穏やかな表情が目に入る。悔しくないのか? すぐそこまで出かかった言葉。しかし、その言葉は、手すりにもたれかかりながら、遠くを見つめる金色の瞳に止められた。
「だってほら……」
そう言いながら、昇は自分の目線の先に人差し指を伸ばしていく。僕は、ゆっくり昇が示すその先に目線を移した。
「これは……」
視界いっぱいに広がった黄金に輝く景色。
心が洗われる。謎を解いた時とは違う爽快感。さっきまで悔しさは、一瞬にして拭い去られ、真白な頭から自然と溜め息が零れおちた。でも、この溜め息はつまらない時や呆れた時に出るマイナスファクターを含んだ溜め息じゃない。心の底――それよりもっと深い場所――まるで、魂が震えている様だ。
そんな僕に黄金の景色は、夕日と重なり、風の波紋を映し出す。幾重にも打ち寄せるその波紋は、まるで、漣の様で、揺れる金色がキラキラと様々な表情を見せてくれる。
君達は、歌っているの? 笑っているの? それとも……
温かく包まれるこの感覚を、どうにか昇に伝えようとするけど、頭に浮かび上がってくる言葉を震える心が否定しいく。結局、僕には無理な事だったんだ。もし、今の僕がどんなに綺麗で巧みな比喩を使ったとしても、それは陳腐で、安っぽくて、きっと適切じゃない。それが本能的にわかるんだ。
だから僕は、考える事をやめる。
「綺麗だ……」
「そうだろう……」
昇の溜め息。これは間違いなく僕と同じ溜め息だ。言葉なんて必要なかった。昇も同じ事を感じていたんだ。
「これが、『金色に輝く至宝の財宝』なんだよ……だから、俊彦は間違っていないんだ」
心の中にスッと入ってくる言葉。確かに、この景色は財宝と言っても過言ではない。だって、僕が今まで生きて来た十五年。こんな綺麗な景色は見た事がない。嗚呼、こんな景色が、こんな身近な人間の、こんな近くにあるなんて……
「これは、麦秋って言うんだ。それに、ここから見える麦畑一帯、俺ん家の畑なんだぜ……」
財宝の正体――それは、収穫の時期を知らせるために色付いた麦が一面に広がる景色だった。僕にとって、全てが意外だった。住宅地のすぐ隣。漆喰の壁一枚を隔てて広がる麦畑。初夏の頃に色付く麦。それらの謎も昇の言葉で解消される。――麦秋という言葉は知っていたが、それは所詮勉強で得た活字の知識。結局僕は、何も知らないのだ。
「でも……」
再び漏れる昇の溜め息。しかし、今度の溜め息はとても寂しそうに感じられる。
「これが見れるのは、今日で最後なんだ……」
「どうして?」
「この麦は、明日には全て刈り取られる」
「じゃあ、秋にはもう一度見られるじゃないか?」
僕の言葉に、昇はゆっくり首を横に振る。どうしてだよ? 秋には無理でも来年になれば、また見れるじゃないか?
「駄目なんだよ……この麦を収穫した後、この畑は全部、国と県のものになるんだ。国道が通るんだって。最近、住宅地が増えてきただろう……人口が増えて、道路が込み合うからって道路をつくるらしい……」
言葉では到底伝えられない素晴らしい景色が、今日一日限定の儚いものだなんて……そう思うと、この輝きが最後の灯火の様で微かに滲む。この感覚は初めてだけど知っている。これはきっと哀愁なのだ。
風が撫でれば、サワサワと寂しい声を囁く麦。それに、しばらく耳を傾けていると、昇が言葉を重ねていった。
「実はな、この景色は、昔から俺ん家の宝物だったんだ。ここも俺の秘密の場所だったんだぜ。悲しい事があったり、行き詰ったりすると、いつもここでこの景色を見ていたんだ……でもな、消えてしまうんだ。明日には全部……もう二度と見れないんだ……だから、だから最後に……」
麦の様に囁かれた声。最後はかすれて聞こえなかったけど……十分僕には伝わっってきた。僕の感じていた温かさは、昇の心だったんだ。噛み締めるように閉じた瞼の向こう側から、昇の声が聞こえてくる。
「つまり、無理すんなってことだ」
嗚呼、そういう事だったんだ……今日、図書館からずっと昇を見て来た僕には全てがわかってしまう。不規則に並んでいると思っていた点が、線になってここに繋がっていたんだ。だから……
「ありがとう」
これは、単に僕の深読みなのかも知れないし、傲慢な推理なのかも知れない。だけど、嘘と真実の間に人の本音があるのだとすれば、昇は僕に心の内を見せてくれたのだ。
受験勉強に嫌気がさして、暇つぶしにと始めた宝探しだったけど……昇が持って来てくれた最上級の謎は、僕に至宝の財産をいくつも与えてくれた。
最後にわかった、小さなこの謎――きっと、これが推理小説だったら全てを語り尽くすのだろうけど、ここで解き明かすなんて、それは野暮だろう?
だから、この謎は、僕の心の中にしまっておく。
君達の、美しい姿と一緒に……大切に……ずっと……
『忘れない』
「何だか、むず痒いな……」
昇の言葉は、麦秋の風に乗って、太陽と一緒に地平線の向こうへ消えていった。
読了ありがとうございます。藤咲一です。
この物語は、るうね先生企画の『犯罪の出てこないミステリー企画』と聞いて(見て)、私なりに解釈した結果この様な物語を思いついたわけです。
それでは、少しだけ物語のできるまでをお楽しみください。
犯罪の出てこないミステリーって何だろう?
と、考えた結果『日常の謎』や『冒険』だろうと勝手に解釈してしまった私です。
だったら、日常で冒険させてしまおう、暗号、謎解き、財宝、ミニチュアナショナルトレジャーだ。って、暴走してしまいました。
じゃあ、まず宝は何にしよう? 財宝を本当に手に入れちゃう? いや、今のご時世、そんな事はありえないよ。だったら、財宝に代わる何かを手に入れよう。
そうだ、最後の場面で、告白させよう。『ずっと君の事が好きだったんだ』って。
嗚呼、ダメだ。早さが足りない。文字数が……
だったら、友情だ。それだったら収まるはず……たぶん。
よし決まり。次は謎解き用の暗号を準備しなくては……。とりあえず、あの最後の場所に導かなくちゃいけないから、とりあえず、こんな感じで良いか? と、いうことだから裏ではしっかりと働いてもらいますよ昇君。
基本的なラインはこれで決まりだ。それでは肉付を……
ペタペタ
ぬぉ!? む、矛盾が、矛盾が……
ペトペト
む〜、あっさりしすぎてるかな?
ペタリンコ
まあ、こんなところかな。
とりあえず完成。
さて、推敲しましょう。あれ? これって、ミステリーでいいのかな? 基本的原則無視してない? 昇君か、昇君がいけないのか? どうしよう、ここから修正はできないぞ。う〜む……ま、いっか。だって、それが書きたかったわけだし……(黙殺です)
きっと、他の書き専の方が本格的なミステリーを書いてくれるはず。(他力本願)
だから、私の作品は皆さんの箸休め程度になれれば……(なれるのか?)
なんて、考えながらそっぽを向いて、投稿ボタンをポチっとな。
と、いった経過をもって現在に至る訳です。
いやはや、難しいですね。物語を書くのって……
今までは、自分のペースで好きな事をポチポチと書いてきたわけですが、こういった企画に参加させていただいて、様々な事を勉強できた気がします。本当にありがとうございました。
最後に、企画関係者の方、こんな私の作品ですが、皆様の作品の末席にでも置かせていただければと思います。
また、読んでくださった、読者の方、犯罪の出てこないミステリーに興味があれば、他の作者さんの作品もいかがですか? なんて……
作品が揃った時に、リンクを貼ってみようと思います。
長々とつづった後書きはこれでおしまいです。
こんな自己満足な文章に付きあっていただき、ありがとうございました。
それでは、失礼いたします。
藤咲一でした。