5-1
まだ山のように積み上げられた段ボールを眺めつつ、
麦茶のパックを浸したピッチャーから
コップに麦茶を注ぎ込む。
食品関連の段ボールから開いていった関係で
見つけたこの麦茶パック。
コップに注いだ際に感じられるこの匂いは
前の世界では当たり前すぎて気にすら
留めることなどなかった匂いだ。
ワインというわけではないのだが、
安物のコップに注がれた麦茶の匂いを楽しみつつ
そっと口の中にお茶を注ぎ込む。
「なまぬるいな・・・」
冷蔵庫がダメになっているため残念ながら常温で、
作業で汗をかいた体を駆け巡る爽快感はないものの、
口にしたダメ出しほど落胆した気分ではない。
むしろ目の前に積まれたこの宝の山の
一端を感じさせてくれる五感に感動をかみしめる。
そう、この世界には存在しない現代社会の英知が
私の目の前には積み上げられているわけなのだから。
本来であればその場で小躍りしていても
おかしくない状態なのだが、それを妨げる要因も
段ボールとセットで私の視界に収まっている。
「レガさんも飲みますか?」
そうやって尋ねる先には焦点の在っていない目で
どこか遠くを見つめる人面樹のマッキーと、
それに向かって正座をするレガさんがいる。
あの構えに一体なんの意味があるのかはわからない。
無論、興味や危機管理上のリスクとして
把握したいという気がないわけではない。
ただ、あの如何にもラリっていそうな表情の人面樹や
今までの奇行や言動を積み重ねているレガさんから
聞き取り調査を行えるほど私も暇ではない。
目下の優先順位として
荷物の整理と把握 > 奇行種の生態調査
となるのは致し方ないだろう。
私が一人自分を納得させていると、
立ち上がったレガさんが
ちゃぶ台の前に移動してきたので
コップに麦茶を注いで目の前に差し出す。
何やら物静かに麦茶を眺めるレガさん。
相変わらず挙動が不審で妙なストレスを感じる。
こんな不思議さんから事情聴取を行うと考えると
もう始める前から頭痛がしそうだ。
ただ、現状ではうれしいことに
別手段での状況把握の方法が存在する。
それがつい先日の事件の中心であったフーシェだ。
現在言語を介して意思疎通を取れる人物は二人。
それが、レガさんとフーシェだ。
この二人はどうやらスラ子やマッキー、
はたまた普通の動植物とも意思疎通が取れるらしい。
さすが精霊といったところだろう。
「レガさんって精霊なんだよね?」
「・・・うん」
うん、二人とも精霊で間違いないようだ。
明確に確認していなかったことが、
今この時はっきりとしてしまった。
そっかー、こいつも精霊かー。
フーシェの事もお嬢に秘密でかくまうことに
なっているこの状況。
実はもう一人精霊が隠れていました!
何て事になったら一体どうなってしまうのだろうか?
恐ろしすぎて暑さとは違う汗が流れ始め
頭が考えることをやめたタイミングで
再び口に麦茶を注ぎ込む。
ま、まぁ、お嬢にバレないようにと約束はしたので
それを信じて頑張るほかないだろう。
改めて自分の用意周到さにグッジョブを送りながら
目の前のレガさんを観察する。
レガさんの目の前に麦茶の注がれたコップが置かれて
幾分かの時間が経った。
もう、私が飲み終わりそうなのに対して
座ってから微動だにしないレガさん。
やっぱり、初めて見る物には抵抗があるのかな?
いや、それとも苦手だったり?
あまりにも不動を貫いていたため、
コップを下げることも視野に入れ始めたその時、
不意にコップを両手でつかみ口元へと持ってゆく。
え?兜取らないの?
そう、出会ってから一貫したフルプレートのレガさん。
その頭には頑丈そうな兜があるにもかかわらず、
そこに口があるかの如くコップを傾けてゆく。
「っちょ!」
コップと兜の接地面からあからさまに液体が
こぼれ落ちるであろう角度に達する様子を見て、
思わず声が出てしまう。
だが、そんな私の驚きは別の驚きで上書きされる。
「えぇー」
まるで兜何て存在しないかの如くその向こう側へと
消えてゆく麦茶。
恐る恐るレガさんの座っている場所を確認するが、
別に麦茶が漏れ出している様子もない。
「・・・ごちそうさまでした」
そういってからになったコップをちゃぶだんに戻す。
再び座っている場所を確認するが
間違いなく麦茶は漏れていない。
凄い、どうなってるんだろう?
失礼とは思いつつもまた不動でたたずむレガさんの
兜の口元を凝視してしまう私。
すると珍しくレガさんからしゃべり始める。
「・・・私のこと気になる?」
何だろうか?
他意を含みそうな言い方にイラっとしながらも、
自分からしゃべりだすというその前向きな姿勢に
こちらも譲歩してみる。
「うん。良ければレガさんの事を教えてもらえる?」
同じ麦茶を飲んだ仲としてどのような言葉が出てくるか
ワクワクしながら返答を待つ。
うん?
あれ?
おかしい。
麦茶を飲むより返答に時間がかかっている。
何か間違った受け答えだっただろうか?
一直線でたどり着くはずの目的地に
到着しなかったかの様な不安にかられる私。
そんな二の句を継ごうか迷っていると。
「・・・どうしよっかな?」
「さぁーて!作業はじめっかな!!!」
遠方からその片鱗を見せた目的地に対して
すかさず踵を返す私であった。




