2-11
扉の前で深呼吸をするお嬢。
「行くわよ」
今までにないような笑顔の鉄仮面を身に着けたお嬢が
ゆっくりと扉を開いて店内へ入ってゆく。
透き通るようなベルの音が
お嬢の入店を知らせるとともに
店の奥から野太い声で歓迎の挨拶が飛んでくる。
見た目より広い内装だが、
造りはとてもしっかりしている。
店内の中央にはしっかりと備え付けられたリング。
そのうえでフリフリな衣装を身にまとった男達が
汗を滴らせながら取っ組み合い、
周囲にはマントと仮面をつけた人たちが
紅茶を片手にその光景を眺めている。
何だここは?
圧倒的な光景に呆然としていると、
店の奥からひときわ巨大な男が来た。
「あら!リサちゃんじゃない!
うれしいわぁ~。来てくれたのね!!!」
「お久しぶりです。リ、リンダちゃん」
そういってリンダちゃんと呼ぶ大男からのハグを
受け止めるお嬢。
もう先ほど付けたはずの鉄仮面にひびが入っている。
「うふふ。そんなよそよそしい挨拶。
ここは貴女のおうちも同然なんだから!
何ならアタシの事を『ママ』って呼んでも
・・・あら?この子達は?」
マイペースに会話が進む中、
リンダちゃんが私たち三匹にロックオンされた。
「あぁ、こっちの二匹は
今度私が面倒を見ることになったの」
お嬢の紹介を受けて黒板に自己紹介を書く。
『はじめまして。カニ太郎です』
「あら!賢いヤドカリちゃんね!!!」
そういってしゃがみ込み私の頭を撫でてくる。
「お菓子食べる?」
そういってどこからともなく
クッキーを取り出すリンダちゃん。
わーありがとうございます。
お嬢やお爺さんは食事以外の食べ物は
一切くれなかったので久しぶりの甘味に
極限状態だった緊張がいくらか和らぐ。
嬉々としてハサミにつかんだクッキーに
喜んだのもつかの間、ふと疑問がよぎる。
このクッキーは一体どこから?
何かクッキーをしまう入れ物を
持っているわけでもないのに、
全身筋肉が浮き出るような服装のどこから
このクッキーを出したのだろうか?
可愛くかたどられた猫だかクマだかのクッキーは、
私にその秘密を教えてくれそうにはない。
「それでそっちのスライムがスラ子ちゃんよ」
「・・・」
お嬢の紹介により一瞬だけ動くスラ子。
恐らくスラ子も怖がっているのだろう。
いつもの様な挙動はなく一切鳴かない。
「ふふ、よろしくねスラ子ちゃん」
私と同様にスラ子の頭を撫でるリンダちゃん。
そして次の瞬間、
またもやいつの間にか取り出したクッキーを
スラ子のてっぺんに突き刺すリンダちゃん。
「スライムさん大丈夫ゴブか?元気ないゴブ!
いつもみたいになッゴブゥ!?」
スラ子の無反応ぶりに心配になったゴブリンさんが
しゃがみこんでスラ子をのぞき込もうとしたところ
今までに見たことも無いようなスピードで触手が
ゴブリンさんの顎をかすめる。
するとどうだろう?
一体何が起こったのか理解できないまま
体から力が抜けるようにがくりと
ゴブリンさんがその場に膝をつく。
「あぁ、それでそのゴブリンなんだけどね?
仕事を探しているんですって」
お嬢も何か察したのであろう。
流れるようにゴブリンさんの仕事へと話を移す。
「そうねぇー。お仕事はあるけどハードよ?
ゴブリンさんに出来るかしら?」
「ま、任せるゴブ。頑張って仕事を覚えて
みんなみたいに可愛いウェイトレスさんになるゴブ」
若干脳にダメージが残っているせいか
フラフラと立ち上がり。
これまた脳に深刻なダメージがあるせいか
私たちと視覚情報を共有できていないゴブリンさん。
いや、鬼人種的にはリンダちゃんは
可愛い部類に入るのかもしれない。
一切追及する気の起きない推論に
自分でも滅入っていると。
ゴブリンさんの返答を聞いたリンダちゃんが
何やら感極まっている。
「んまぁ!何ていい子なんでしょう!!!
わかったわ。アタシが面倒見ちゃう!」
「ホントゴブか!?よろしくお願いいしますゴブ!」
ゴブリンさんを高らかに持ち上げて
その場で回転を始めるリンダちゃん。
ゴブリンさんもとても喜んでいるご様子。
実にめでたい。
実にめでたいはずなのに
なぜ私は視線を逸らしたくなるのだろうか?
複雑な心中に自分自身戸惑う私だった。
かくしてリンダちゃんのおめがねに適った
ゴブリンさんはめでたくここで働くこととなった。
「「またのお越しをーーー!」」
店の前でにこやかにお見送りをするリンダちゃんと
ゴブリンさんを背に私たちは次の目的地を目指す。




