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弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第1章 黒手袋

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8/28

第8話 予告

 昨日の夕方にピエロが言ったことは、翌朝の教室で、そのとおりになった。数を抜かれた三上さんが取り返しに来る。


 教室の前のほうで、三上さんが腕のスマートフォンをにらんでいる。明るい茶に染めた頭ごと、画面に吸いこまれそうだ。

 僕は窓側の後ろの席で、黙って鉛筆を削っていた。横の窓枠では、ピエロが朝から上機嫌にもたれている。


「三上、二重人格のやつに抜かれてんじゃん。もう2万近いって」


 二重人格のやつは、僕の配信ヘラルドだ。昨日、登録者数で三上さんを抜いた。

 周りに集まった何人かが、にやにやしながら腕の画面をのぞき込もうとする。三上さんは腕を胸に引き寄せて、画面を隠した。


「あっちのは、やらせで稼いだ数字じゃん。俺のは自分で集めた1.8万。中身が違うんだって」

「はいはい、負け惜しみ」

「負けてねーし」

「でも抜かれてはいるよな」

「数字見ろって、数字。……いや、見んな」


 隠したはずの画面を、三上さんはもう自分だけでのぞき込み、親指で下へ引いては戻している。


 僕の数字の話で、僕のほかの全員が盛り上がっている。

 指に力が入って、芯が折れた。削り直す音がやけに大きく聞こえる。


「だからさ、土曜、立川でヘラルドに凸するわ」


 三上さんが顔を上げて言うと、教室が一段うるさくなった。凸は、配信に押しかけることだ。


「あいつ、次は土曜って自分で言ってたし。逃げらんねーっしょ」


(言ったとおりの顔だな、少年。数を取られた新品は、取り返しに来るときだけ顎が上がる。……上げ方が安い)


 返事はしなかった。教室で窓に話しかけたら、ただの独り言だ。

 それに、来ないよと昨日言い切ったのは、僕のほうだ。


「新人くんにコボルト釣らせて、ヘラルドの前まで引っぱってくんの」

「本物の二重人格なら、危なくなったら出てくるっしょ。出てこなかったら、やらせ確定」

「新人くんって誰」

「俺の配信の出演募集に来てくれた子。ライセンス取ったばっかの」


 鉛筆を削る手が止まった。

 前に僕が断った企画が、名前を変えて戻ってきた。


「数字の取り方なら、処刑人の『公開処刑』見とけって。あそこ、一本上げるたびに再生数えぐいから」


 処刑人という配信者の、公開処刑というチャンネルらしい。


「処刑人って、PKじゃん」

「俺は人なんか襲わねーし」


 三上さんは笑って手を振った。

 初めて聞く名前だった。PKはダンジョンで冒険者を襲う人のことだ。


 気づいたら、立っていた。

 椅子の脚が床をこすって、近くの何人かがこっちを向く。見られている。


 机のあいだを前へ歩いた。三上さんの前で止まってから、鉛筆を握ったままだと気づいた。

 震える指を隠すのに、ちょうどいい。


 三上さんは画面から顔を上げない。


「あの……三上さん」

「なに」

「コボルト、その、新人の人には、危ないと思う。だから、えっと……やめて、ほしい」


 そこまでしか言えなかった。


 三上さんがやっと顔を上げ、僕の顔を見て吹き出した。


「は? 弱虫が、なに言ってんの」

「え、白瀬、それ言うために前まで来たの?」


 周りがどっと笑った。

 笑い声は教室の前から後ろへ広がっていく。顔が熱い。


「てかお前、前に俺の企画断ったやつじゃん。断っといて、今度は口出し? コボルトとか上層だし、ネタじゃん」


 上層のコボルトに、僕は壁へ叩きつけられたことがある。

 それを言おうとして、口を開けた。


「つーかさ、危ないって思うなら、俺じゃなくてヘラルドに言えよ」


 三上さんが腕の画面を僕のほうへ向けた。

 僕のチャンネルだった。


「本物の二重人格なら、新人くんがヤバくなったら出てくるっしょ。で、出てこなくて、新人くんに何かあったら」


 三上さんはそこで周りを見回した。


「それ、ヘラルドのせいな」


「あー、確かに」

「助けらんのに出てこないほうが悪いわ」

「白瀬、コメントしてこいよ。新人くん守ってくださいって」


 また笑いが起きた。処刑人はPKだと言った子まで、うなずいている。


 開けた口から、何も出てこなかった。


「ほら、席戻れよ、弱虫」


 三上さんの目はもう画面に戻っていた。

 席へ戻る僕の背中で、まだ誰かが笑っている。


 座ってから、一度だけ前を見た。

 三上さんの親指が画面を下へ引いて、また戻している。数字を隠したときと同じ動きだ。


 三上さんが悪い人だとは思わない。

 でも、悔しい。鉛筆を握った指はまだ固まったままだ。


 ◇


 その夜、僕の部屋で開いたSNSは、同じ名前で埋まっていた。


『処刑人、戻ってきてて草』

『アカ止められて即新アカ』

『公開処刑、また始まった』

『新チャンネルもう伸びてる』


 いちばん回っている切り抜きは、再生数が約40万回。手本にしたくなる数字なのは分かる。分かってしまう自分が嫌だった。


 再生すると、黒い作業服の男が映った。

 色があるのは頭だけだ。顔の見えない、赤いフルフェイスのヘルメット。周りにはカメラのドローンがいくつも浮いている。

 僕の中古の1台とは本気の度合いが違う。


 作業服の男の前に、冒険者の男の人が座らされていた。剣も胸当ても外されて、横に積まれている。

 装備のない冒険者は、ただの座らされた人にしか見えない。


「皆さん、本日の出演者さんです。出演者さん、カメラに向かって、どうぞ」


 機械で平らにならした声が、司会者みたいに丁寧に言う。

 男の人はカメラに頭を下げた。何を謝らされているのかも、分からない顔のまま。


 画面の横をコメントが流れていた。


『声ふるえてて草』

『司会の敬語すき』


 僕はそこで目をそらした。


 ヘルメットより、笑っているコメントのほうが怖い。


 動画は手の中でまだ続いている。止めればいいのに、指が動かない。

 平らな声がもう一度「どうぞ」と促した。男の人の声は詰まったまま出てこない。


 そらした目の先に、窓枠のピエロがいた。

 目を閉じて、僕の手元へ耳を寄せている。白く塗った顔に、画面の赤い光が下から当たっている。

 音楽でも聴くみたいな顔だ。


 その顔から、ふっと赤い光が消えた。手の中の画面が暗くなっている。


 ピエロが、目を開けた。


(客人は、人が痛む所で沸く)


 客人は、ピエロが視聴者を呼ぶ言葉だ。ピエロは、笑っていなかった。


(あの赤いヘルメットの男は、手際が悪い。謝る声ひとつに、時間をかけすぎだ)

(痛みが一瞬なら、客人はもっと沸く)


「……違うよ」


 ピエロは答えなかった。


(さて、少年。明後日は土曜だ)


 次に聞こえた声は、もういつもの調子に戻っていた。


(新品が、客人を山ほど連れてきてくれる。休むなよ。取り引きは、取り引きさ)


 配信する日はピエロの出番を一度映す約束だ。


 配信なんて、本当はしたくない。


 僕が潜らなければ、三上さんは来ない。

 でも新人の子は、別の日に、誰もいない所で前へ押し出される。


 僕が行かなければ、あの子の前には誰も出ない。


 明後日、潜る。


 前髪に指が行った。

 三上さんが毎日、教室で見ている顔だ。


「……行くよ。配信も、する。でも、三上さんの前には、出ない」

「あの子のいちばん近くに隠れてて……危なくなったら、出る」


(隠れる先触れなど、聞いたことがない。物陰で震えて待つのか)


 先触れは、ピエロより先に出て場を温める役。僕のことだ。

 言い返せなかった。震えるのは本当だ。


 ピエロが僕の言葉をくり返した。


(……待て。危なくなったら出る、か)

(袖で待って遅れて出る役者ほど、客人は沸く。悪くない間合いさ)

(新品が客人を集め、先触れが袖から飛び出す。土曜は、いい舞台になる)


 皮肉ではない。本気で喜んでいる。


「あの、出番の話じゃ、なくて……あの子のこと、考えてほしい、んだけど」


 ピエロは返事をせず、窓枠にもたれたまま、黒い手袋の指で拍子を取っている。


 代わりに、手の中の画面が光った。

 おすすめのいちばん上に、コウの配信の予告が出ている。朝の教室で聞いた話が、もう題になっていた。


 題は、〔凸〕二重人格の配信者のやらせ、暴きます/新人くんのコボルト釣り。

 新人くんには名前も付いていない。

 開始の欄には、土曜 13:00〜 立川ダンジョン、とある。


 添えられた写真に、知らない男の子が写っていた。頭のヘルメットがどう見てもひと回り大きすぎる。

 あの子だ。


 僕はコメント欄を開いて、一行だけ書きこんだ。


『コボルトは新人には危ないです』

『土曜たのしみ』

『凸たのしみw』


 その下に、あの子の書き込みが2行続いた。


『出演する新人です!』

『コウさんの企画、ずっと夢でした』


 僕の一行は真っ先に画面の外へ流れていった。


 写真のヘルメットは眉までずり落ちている。

 直しもしないで、あの子は笑っていた。

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