↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第1章 黒手袋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/27

第7話 幕の前

(今日の私は、すぐには出ない)


 水曜の放課後、5層。配信を開けたとたん、頭の奥でピエロがそう言った。昨日は部屋に置いてきた鎌が、今日は背中で留め具を鳴らしている。


「え、えっと、今日は5層です。短剣、刃こぼれなし。ドローンの電池も……うん、よし」


 腕の画面の隅で、チャンネルの登録者数が1.75万になっていた。昨日、一度も開かなかった間に、5千以上増えている。

 開かないほうが増えるなら、ずっと開かずにいたい。


『黒手袋まだ?』

『点検はいいから』

『今日も一幕ある?』

『黒手袋はよ』


 一幕は、ピエロの出番のことだ。


「あ、それは……えっと、もうちょっと、先で。うん、先で」


(いい返事だ、少年。客席は、温まってからがいい)

(主は、いちばん大事な所で出る。そのほうが客人は沸く。先触れとは、そのための役さ)


 振り向くと、ピエロは通路の壁にもたれて、満足そうに顎を上げていた。

 客人は視聴者のこと。先触れは僕の配信者名ヘラルドの訳で、主より先に出る役だ。

 よく言う。舞台は私が組む、と昨日いちばん弾んでいたのは誰だ。


 通路の先で、角が跳ねた。

 額に角のあるうさぎ、ホーンラビットだ。1匹が正面に降りてくる。


『うさぎ来た』

『黒手袋の出番?』

『一幕くる?』


(あれは少年が倒せ。ここで私が出れば、次に出られるのは明日になる)


 ピエロの出番は、一度使うと戻るまで1日かかる。


 ホーンラビットが壁から壁へ跳び回りだした。跳ぶたびに、角の通る高さが変わる。

 追いかけたら、僕の脚では振り回されるだけだ。


 協会の資料に書いてあったし、上層を回った半年で、何度も見てきた。


 跳ぶうさぎは降りたところで一拍止まる。


 跳んでくる先から半歩ずつ外れて、降りるのを待った。

 待つのは追うより怖い。

 降りたうさぎが止まった一拍に、短剣を突き出す。


 ホーンラビットが光の粒になってほどけ、魔石が床に転がった。


 1匹。自分の短剣で、ちゃんと倒せた。


 最後の跳びの角に、右の脇腹を打たれていたらしい。今ごろになって、そこが痛む。

 服の下だから、あざはカメラに映らない。


『地味w』

『つなぎ回か』

『うさぎ1匹で尺稼ぎ』

『つなぎの間にブラコン配信見てくる』

『で、黒手袋は?』


(今日は、刃先が震えなかったな)

(……もっとも、客人は幕の前を見ないものさ)


 握ったままの短剣の刃先を見下ろした。幕の前は、ピエロが出るまでのことだ。

 返事はしなかった。口を開けば、みんなに聞こえる。


 通路の先は広い部屋だった。奥に、僕の背より大きな岩が1つ居座っている。

 陰に人が隠れるには、ちょうどいい大きさだ。


 手前の隅で、もう1匹のホーンラビットが跳んでは降りていた。降りるたびに、止まっている間が長くなっていく。


(あのうさぎだ、少年。部屋の真ん中で演じる)


 すぐには歩かなかった。

 壁際から岩の手前まで、目でなぞる。天井の暗がりも、もう一度見上げた。

 岩の向こうまでは回らない。真ん中を越えれば、うさぎがこっちを向く。


 人はいない。人のいない所なら、と昨日言ったのは僕だ。


(では、客人に触れを出せ。これより一幕、と告げろ)


「え、えっと……た、たぶん、このあと」


 告げろと言われた口上は、僕の口を通ると、そこまで縮んだ。


『お?』

『このあと!?』

『予告助かる』

『先触れが触れ出したw』


 部屋の真ん中まで、自分の足で歩いた。


 《挑発》、と念じる。隅のうさぎがくるりとこっちを向いた。


 うさぎが角を低くして身を縮めた。

 部屋から、音が消える。


 頭の奥に、ピエロの声が落ちてきた。急かさない、低い声だった。


(代われ)


「モンスターだけ。いいよ」


 体を貸せ、の合図だ。斬るのはモンスターだけ、が約束だ。


 ピエロが、僕の左手で手袋の折り返しを引き直した。静かな部屋に、背骨の伸びる音が小さく鳴る。

 前髪が後ろへなでつけられ、左の目尻からこめかみへ、冷たい線が一本伸びた。


 うさぎは身を縮めたまま、跳ばずに固まった。

 中身が代わったことに、うさぎのほうが先に気づいたらしい。


 ピエロは僕の手で背中の留め具を外して鎌を抜き、部屋の真ん中で石突きを床に突いた。

 柄頭に両手を重ねて斜めにもたれ、僕の目でドローンを見上げる。


『一幕来た』

『その立ち方は反則』


「待たせたな、客人方。余興を一つ」

「相手は、隅のそこの角つき。演目は、『うさぎとかめ』」

「駆け比べの決勝点は、奥のあの岩だ」


 うさぎが途中で休み、亀に負ける昔話だ。

 最後の一言に重ねて、ピエロが僕の《挑発》を使った。うさぎの耳がぴんと立つ。

 同時接続数は2,600まで上がっていた。


 うさぎが跳んで、角がまっすぐ僕の喉へ来た。

 よけて、と言う暇もない。


 僕の体は鎌を杖のようについて、岩へ一歩を出した。

 角は首の横を紙一重で抜けていった。

 僕なら、とっくに床を転がっている。


 次の跳びも、その次も、角は同じだけ外れる。歩く速さは一度も変わらない。

 急いで、と頼みたくなる。


 うさぎは跳ぶたびに体を越えて、先へ降りた。降りては止まり、止まる間がまた長くなる。


『亀どこ?』

『うさぎしかいない』


 石突きが床を突く音だけが、同じ間で続いた。


 岩の向こうで、布のこすれる音。


 人が起き上がった。


 大人の男の人だ。顔にのせていたタオルが膝へずり落ちる。

 石突きの音で、目を覚ましたらしい。座ったまま岩の横から身を乗り出して、寝ぼけた目をこっちへ向けた。


『人いる』

『え、人?』

『寝てた?』

『乱入w』


 跳び疲れたうさぎが、その人の膝の前に降りた。今度は跳ばずに、腹を上下させている。


 僕の体は歩くのをやめなかった。

 鎌をついて、同じ速さで、その人のほうへ。岩は、その人のすぐ横だ。


 止まって。


 足は止まらなかった。柄を握る指一本、僕のものにならない。

 いつもなら震えだす膝も、今は僕の膝じゃない。


 石突きの音が同じ間で近づいていく。

 さっき、急いでと頼みたくなった音だ。


 その人は寝ぼけた目を、僕の顔から鎌の刃へ上げて、そこで止めた。


 僕に残っているのは声だけだ。それも、体の中でしか鳴らない。

 止まってと頼んで、止まる人じゃない。


(……その人も、映ってる。コメントも、見てる)

(きみの、客人だよ)


 ピエロは僕の目で腕の画面を見下ろし、流れるコメントをなぞった。


「知っているさ」


 映っているのは知っている、と。歩みは、変わらない。


 石突きが岩を突いた。

 体が斜めに止まる。その人の膝のすぐ前で、うさぎがまだ休んでいる。


 鎌が、一度だけ振り抜かれた。


 うさぎが光の粒になってほどけた。魔石がひとつ、その人の靴の先に転がる。

 その人は座ったまま、石突きにもたれた僕の体を見上げて固まっていた。


 体の中で、僕だけが息を吐いた。


『は?』

『亀、黒手袋じゃん』

『うさぎが先に休んだw』

『急がない方が勝った』

『題どおりすぎる』


『黒手袋になら斬られたい』

『わかる』


 ピエロは僕の目をドローンから外し、足元のその人へ向けた。


「客人は、斬らない」


 ピエロは僕の口の端を少しも上げなかった。


「だが、カメラの外の者は、客人ではない」


『キャラ守るなあw』

『カメラの外ってどこw』

『目の前の人に言うなw』

『設定が細かい』


 その人の喉から、乾いた笑いがひとつ漏れた。


 この人はさっきまで、岩の向こうで眠っていた。カメラの、外で。起きなければ、守る相手ではなかった。


「では、客人方。一幕は、ここで終いだ」


 ピエロは僕の手で鎌を宙へ放り上げた。回る刃の下で背中が丸まり、前髪が目の上に落ちてくる。

 腰と左脚が引きつったけれど、痛いのは、あとでいい。


 落ちてきた柄を両手で受け止めて、今日は、よろけなかった。


「あ、あの……す、すみません。お、驚かせて、しまって」


 その人は答えなかった。

 荷物をつかんで、一度も振り返らずに部屋を出ていく。岩の陰に、タオルが落ちたままだった。

 下げた頭をしばらく上げられなかった。


「……みんなも、ごめん。物騒なこと、言って」


『謝るまでがセット』

『てか登録者増えてない?』


 腕の画面の隅で、数字のほうが僕より息が荒い。


『増えるの速すぎ』

『1.8万超えた!』


(……あの新品の数を、抜いたな)


 新品は三上さんのことだ。1.8万は、月曜の教室で、三上さんが自分の登録者数だと画面を突き出した数だ。


(いつも画面のいちばん上にいる、あの金のよろい。あれの客人の数には、まだ遠いが)


 金のよろいの剣士のことだ。三上さんの数を抜いたと聞いても、僕はうまく喜べなかった。


「えっと、見てくれて、ありがとう。次は、土曜に」


 配信を切った。

 ドローンの羽音が止むと、部屋は急に広くなった。


(数を抜かれた新品は、数を取り返しに来るものさ)


 ピエロは岩にもたれて、上機嫌に杖の柄頭の銀を指で弾いた。


「三上さんは、ヘラルドが誰かも知らないよ。……わざわざ、人の配信に来たりしないって」


(知らないから、来るのさ)


(少年の所ではない。ヘラルドの所へな)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。