↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第1章 黒手袋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/27

第6話 先触れ

 ピエロが一言もしゃべらない。


 翌日の放課後、立川ダンジョンの6層。5層を過ぎたあたりから、ずっとこうだ。

 僕が立ち止まるたびに、ピエロは通路の壁にもたれて、僕だけを見ている。

 いつもなら、僕が点検を始めたとたんに罵ってくるのに。


 昨日、ピエロは言った。少年が倒れるのを待つ、と。

 僕が倒れれば、僕が許していなくても、体はピエロと入れ替わってしまう。

 黙っているピエロは、しゃべっているときよりずっと怖い。


 背中が軽い。

 鎌はケースに入れたまま、自分の部屋に置いてきた。殺しの道具は僕が使う物じゃないし、背負って歩けば、配信者のヘラルドだと一目で分かる目印になる。

 ドローンもポーチの底にしまったままだ。カメラがないだけで、ずいぶん息がしやすい。


 6層は僕がコボルトに負けた層で、今日はその下見に来た。

 腰のポーチには、入る前に協会の売店で買った撒き菱(まきびし)が入っている。昨日の反動がまだ少し腰に残っていても、準備だけは手を抜かずに済ませてきた。


 ピエロに体を貸さなくても、人の前に立てるようになりたい。


 誰にも言ったことはない。


 後ろから、大人の冒険者が2人、話しながら広い通路を奥へ向かってきた。

 僕は壁際に寄って頭を下げた。人とすれ違うときは、いつもこうなる。


「おう、一人か。この先コボルト出るから、気をつけてな」

「あ、はい……すみません」


 何を謝ったのか、自分でも分からない。

 2人は、鎌もドローンもない猫背を、ただの新人として通り過ぎていった。


 ピエロが初めて僕から目を外した。

 遠ざかる2つの背中を、ゆっくり追っていく。


 今日初めて聞く声には、笑いがどこにもなかった。


(前を歩く男は、首に何も巻いていない。後ろの男は、剣を背に負っている。あれでは、抜くまでに一拍かかる)

(つえは部屋だが、構わない。あの2人を相手にするなら、私には少年の短剣で足りる)


 つえ、とピエロが呼ぶのは、僕が置いてきた鎌のことだ。


 僕が倒れたら、ピエロはこの体で、あの2人の声のする所まで歩いていける。


 今日はここまでにして帰る。


 来た道へ向き直ったとき、広い通路の脇に開いた狭い通路の奥から、硬い音がした。

 爪が石をかく音で、奥からこっちへ近づいてくる。

 この音は知っている。


 コボルトだ。

 あれが狭い通路から広い通路へ出れば、その奥に、さっきの2人の背中がある。


 息が詰まった。

 初めて会った日にたたきつけられた壁の冷たさを、背中がまだ覚えている。後ろ頭が石を打った音まで、耳の奥によみがえる。

 指先が勝手に震えだした。止めようとすると、余計に震える。


 それなのに、僕はもう狭い通路の入り口に立っていた。

 考えるより先に、足がいちばん怖い所へ出ていた。


 あの2人は呼ばない。呼べば、あの人たちはこっちへ戻ってきてしまう。


 ピエロは僕のすぐ横で狭い通路の壁にもたれ、黙って僕を見ている。

 体を貸せ、とも言わない。


 手袋をはめる。指が震えて、なかなか奥まで入らない。

 腰のポーチから撒き菱をつかんで、数歩先の床へ撒いた。とがった先が壁の明かりを拾って光る。


 負けたあの日から、協会の資料でコボルトの所は何度も読み返した。ゴブリンより速い相手だ。追いかけっこになったら、僕に勝ち目はない。

 でも、ここは横へ回る幅のない狭い通路だ。僕がここに立てば、コボルトはまっすぐ僕に来るしかない。


「……こっち。こっち、見て」


 2人に届かないように、声はうんと小さくした。《挑発》と念じる。

 暗がりの奥で、犬の顔がくるりと僕へ向いた。

 もう、あれは僕しか見ない。


 背中のほうの広い通路の奥から、2人の話し声がかすかに届く。誰かが笑っている。

 あの声のほうへは行かせない。


 爪の音が速くなった。


 犬の頭の人型が、暗がりから飛び出してくる。資料のとおり、速い。

 開いた口に、黄ばんだ牙が並んでいた。あれを近くで見るのは2回目だ。

 前のときは、どこから来るのかも分からなかった。今日は来る道だけは分かっている。


 短剣を構えた。切っ先が細かく震えている。

 止まらない震えなら、震えたまま構えるしかない。

 足だけは下げない。


 あと3歩で、撒き菱だ。


 じゃり、と鉄が鳴った。


 甲高い声が狭い通路に跳ねた。

 踏んだ足を跳ね上げたコボルトが、もう片方の足も撒き菱の上に落とす。

 コボルトは前へがくんと傾いた。

 振り回された爪が僕の左の前腕をかすめる。

 コボルトが、頭から僕の上へ落ちてくる。


 僕は震える切っ先のまま低く沈んで、落ちてきた喉を突いた。


 手に返ってきた重さがふっと消えた。

 コボルトが光の粒になってほどけていく。粒は撒き菱の上に降って、床に届く前に消えた。

 石の床に、魔石が1つ転がる。


【レベルアップ。Lv9からLv10になりました】


 通路が静かになった。

 背中のほうからは、2人の話し声が変わらずに届いてくる。


 壁際のピエロが、はじかれたように壁から離れた。

 気づいたときには、ピエロの顔が僕の左腕のすぐ上にあった。

 さっきの犬より速い。


(少年、腕だ。……腕を見せろ)


「か、かすっただけ。かすり傷、だよ」


 ピエロは僕の腕と顔を2回見比べた。


 それから、いつもの斜めの立ち方に戻る。

 素手の左手で、狭い通路の床でまだ光っている撒き菱を指した。

 また罵られる、と思って肩がすくんだ。


(臆病者の備えだ。呼び方は改めない)

(だが、見事な備えだった。相手が来る前に、相手の踏む床に撒いておいた。主役より先に出て場を整えるのが、先触れの仕事だ)

(それに、あの震える手で、よくあそこまで低く沈んだ。毎晩の柔軟で手入れしてきた体だ)


 ピエロが、手袋の右手と素手の左手を僕に向けて打ち合わせた。

 こもった音と乾いた音が、半拍ずれて重なる。1人分の拍手だった。


 何か返そうとして、声にならなかった。


 首から下げたメモ帳の端には、うれしかったときに言葉の代わりに付けてきた丸が、もう3つ並んでいる。その横へ、鉛筆で小さな丸を1つ足す。

 少し迷って、鉛筆をもう一度動かした。


 今日付けた丸は2つになった。


 魔石を拾って、広い通路へ戻る。親指の先ほどの、くすんだ石だ。

 もう2人の声は聞こえない。

 あの人たちは何も知らないままだ。


(それにしても、少年。つえを部屋に置いてくる先触れがどこにいる)


「だって、今日は、誰も見てないから」


(まあいい。明日は配信をする日だ。明日の一幕の舞台は、私が組む)


 さっき僕を褒めた口と同じ口なのに、声がすっかり弾んでいる。


「……人の、いない所なら」


(承った)


 人のいない所で、という僕の条件を、ピエロはあっさりのんだ。


 ピエロの口の端はもう上がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。