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弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第3章

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第44話 動く鎧

「新人が、前に出るな」


 協会の受付の前で、久我さんはいつもの言葉から始めた。

 今日は見極めの日だ。僕が中層へ行っていいかを久我さんが決める日なのに、出だしは金曜と同じだった。


「今日は、自分は手を出さん。1人で引き付けて、1人で倒せ」

「……はい」

「自分は部屋の入り口に立つ。まずいと思ったら、下がれと言う。言われたら、下がれ」


 冒険者証はもうDランクです、と言いかけてやめた。言っても、どうせ聞き流される気がした。

 それに今日は、言い返すより見せるほうが早い。


「名前と、今日の日付」

「白瀬律です。……月曜、です」


 久我さんが太い指を1本立てて、僕の目の前で左右に振る。新人を潜らせる前に具合を確かめる、久我さんのいつもの手順だ。

 指を下ろしたあとも、久我さんは僕の顔からなかなか目を離さなかった。


 行く層と帰る時刻を書いて貼る台所の紙には、『10層』と書いてきた。

 メモ帳のいちばん上のページには、大きく『41』と書いてある。僕を打ちのめしたPK、処刑人の配信画面に出ていたレベルだ。

 けさ家を出る前に、そのページを一度だけ開いて閉じた。

 腰にはけさも研いできた店の短剣があって、背中には鎌を負っている。

 10層まで下りるあいだ、久我さんはずっと僕の半歩後ろを歩いた。


 ◇


 久我さんが選んだのは、10層の通路の脇に開いた部屋だった。

 入る前に出口を確かめる。出入り口は1つきりで、そこに久我さんが立っている。

 奥は行き止まりだ。逃げ道を自分で選べない部屋を、わざと選んだんだと思う。


「入れ。自分は、ここで見とく」

「……行ってきます」


 学校へ行くみたいな返事をしてしまった。久我さんは笑いもしなかった。


 中にはウルフが2匹いた。

 背中に久我さんの視線を感じる。ウルフではなく、僕を見ているのが分かる。

 見られるのにはもう慣れた。慣れたことにしておく。

 大きな犬ほどの灰色の体が2つ、壁ぎわで身を低くした。


「こ、こっち。……こっちだよ」


 声に乗せて《挑発》をかける。モンスターの目を僕に向けさせるスキルだ。灰色の顔が2つそろってこっちを向いた。

 先に来た1匹の頭が下がる。


 跳ぶ前に、頭が下がる。8層で覚えて、メモ帳に書いた1行だ。


 半歩だけ横へよける。灰色の体はさっきまで僕のいた床へ落ちた。

 ここまでは8層と同じだ。違うのは、この先を僕が知っていることだった。

 ウルフが向き直るまでの一拍のうちに、つま先に体重をのせる。


 踏み込む。


 短剣が首の後ろに入った。灰色の体がほどけて、魔石が床で鳴る。


 倒した。久我さんの前で、自分の踏み込みで。


 2匹目はもう跳んでいた。

 腕で頭を囲って転がり、膝をつかずに立つ。気づくと、出入り口から数歩の所まで下がっていた。

 危なかった。でも、7層で教わった受け身はもう考えなくても出る。


「こっち。……まだ、こっちだよ」


 《挑発》をもう一度使うと、久我さんのほうへ向きかけた灰色の顔が戻ってくる。

 久我さんのほうへは行かせない。それと倒すことが今日の僕の仕事だ。

 2匹目の頭が下がる。今度は待てた。

 降りた所へ踏み込んで首の後ろに刃を入れると、2つ目の魔石が転がった。


 久我さんは何も言わない。

 何も言われないのはたぶん悪いことじゃない。8層のときは、下がれ、の声が2度も飛んできたのだから。

 この調子なら、今日のうちに合格をもらえる。


 ◇


 通路の奥で、金属が鳴った。


 剣のぶつかる音じゃない。もっと重くて、鉄の塊を床に一つずつ置き直していくような音だ。

 それが近づいてきて、やっと足音だと分かった。


 音は、僕を向いて立つ久我さんの背中の側から来る。


 久我さんは一度だけ肩を動かした。

 通路のほうへあごを半分回しかけて止め、すぐに僕の顔へ目を戻す。


 なのに、振り向かない。


 足音はまだ来る。

 久我さん、後ろ。言いかけて、のみ込んだ。

 聞こえていて、それでも僕から目を離さない人だ。今ここで僕が見せるのをやめたら、見極めが終わってしまう気がした。


 足音が止まる。

 久我さんの背中の数歩後ろ、通路の暗がりから、動く鎧が出てきた。

 古い板金の鎧が、さびた剣を下げて立っている。かぶとの奥は暗く、腕の継ぎ目からのぞく中も暗い。


 中身が、ない。


 協会がサイトに載せている10層の資料に、こんなものは載っていない。ここ何日か、毎日少しずつメモ帳に写してきたのは、もっと下の層のページだ。

 写した字が名前ごと頭に浮かんだ。


 リビングアーマー 12層〜15層 動く鎧 中は空っぽ 急所=胸の核 継ぎ目


 いるはずのない相手が、10層の、久我さんの真後ろにいる。

 さびた剣が上がった。

 入り口で僕のほうを向いて立つ、久我さんの背中を狙って。


「こ、こっち! ……こっちだよ、こっち」


 考えるより、声のほうが先だった。

 《挑発》。


 かぶとがぐるりと僕を向いた。


 ◇


 鎧は振りかけた剣ごと向き直り、重い足で部屋の入り口をまたいだ。

 久我さんが通路の側へ跳んで、あの重さの脇を音もなくすり抜ける。巡回を受け持つ、Dランクの冒険者の身のこなしだった。

 鎧は止まらずに入ってきて、僕と出口の間に立った。

 久我さんは部屋の外にいる。


 出ていく道は鎧にふさがれて、僕は行き止まりの奥にいる。

 これはまずい。

 胸は分厚い板で覆われ、継ぎ目はどこもぴったり閉じている。写してきた急所に、刃の入る隙がない。


 ポーチから撒き菱をひとつかみ出して、鎧の足もとへ撒いた。

 足を止めたいときの、いつもの手だ。

 鉄の足が粒の上に下りる。


 撒き菱を踏み砕いて、止まらずに来た。


 振り下ろしが来る。横へよける。

 剣が床を打って、石のかけらがすねに跳ねた。

 遅い。ウルフより、ずっと遅い。

 そのかわり剣が長くて、何度振っても、振りが少しも鈍らなかった。息が上がるのは僕のほうだけだ。


 横の振りが来て、後ろへ跳ぶ。さびた刃が、おなかの前の空気を持っていった。

 一度でも当たったら、たぶん立っていられない。

 ウルフなら頭が下がる。でも鎧には下がる頭がない。


 よけるたびに、かぶとが入り口のほうへ傾きかける。

 そこには、剣の柄に手をかけたまま、まだ一度も抜いていない久我さんがいる。

 僕がよければ、剣は久我さんへ向かう。よけなければ、僕が斬られる。


「こっち。……こっちだってば」


 《挑発》が切れる前に、もう一度かける。かぶとがこっちへ戻る。

 かけるたびに、息が浅くなっていく。

 挑発を続けるのに手いっぱいで、短剣はまだ一度も前へ出せていない。


「……下がれ!」


 久我さんの声が来た。

 一拍、遅い。

 僕は思わず声のほうを探したけれど、間に立つ鎧の鉄の背中しか見えなかった。

 目の端で、久我さんは剣をさやから半分だけ抜いていた。一歩出かけた足は、そのまま止まっている。


 挑発をかけて、よける。よけて、また挑発をかける。

 鎧の剣が横から来た。よけると、次は斜めから来る。

 どの振りも、僕を部屋の奥へ押していた。よけるたびに、背中の側の空きが減っていく。

 逃げているつもりで、追われていた。


 かかとが、壁に当たった。

 右にも、壁がある。


 隅だ。


 剣が頭の上まで上がる。

 横へ逃げる幅が、ない。


 受ける。


 短剣を横にして、頭の上に構えた。

 中身のない鎧が、体ごと落ちてくる。


 重い。


 折れた。


 刃先が、石の床で高く鳴った。

 1度だけ跳ねて、隅の暗がりへ転がっていく。

 右の手首には、受けた重さだけが残っていた。


 けさも研いだ刃だった。傷は一つもなかった。


 右手には、柄だけが残っている。

 鎧がゆっくり向き直った。

 鎧の向こう、部屋の入り口で、久我さんが、半分抜いた剣を引き抜きにかかった。


「こっち。……こっちだよ」


 気づくと僕は、《挑発》をもう一度使っていた。

 その声で、久我さんは手を止めた。僕の顔を見ている。


 さびた剣が、また上がる。

 僕の頭の上へ。

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