↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/46

第43話 軽すぎる小道具

 配信を開けたとたん、コメント欄が、おとといの木曜の話で埋まった。赤いヘルメットの処刑人の前で、僕が膝をついた日だ。


『木曜の人だ』

『黒手袋負けたヘラルド』

『いや2人帰させたのヘラルドだろ』

『膝ついたのは事実じゃん』

『膝ついても前にいたのヘラルドだぞ』


 ヘラルドは配信での僕の名前、黒手袋は、僕の体で戦うピエロに客席が付けた名前だ。

 同時接続数は1万8千。

 膝をついた所のほうが、勝った所より人を呼ぶらしい。


「あ、えっと……きょ、今日は、10層を、回ります」


 膝のことは口にしなかった。負けたと書かれても、言い返す言葉も言い訳も見つからない。

 壁にもたれたピエロも、処刑人の話には触れなかった。


(少年。鎌から)


 鎌の点検から始めろという催促だ。


「て、点検、始めます」


 背中から鎌を下ろして、銀の刃の弧に指を滑らせる。欠けはない。


「鎌の刃、よし」


 黒い柄を握り直すと、初めて配信した日の4層を思い出した。入れ替わったピエロが死神の姿のリーパーを倒し、残ったぼろの大鎌を僕の手で握ったときだ。

 指の下で柄が黒く細くまっすぐになり、欠けだらけの刃が銀の弧に縮んでいった。


 柄を握る指が一瞬だけ浮いた。


 天の声はこの鎌を道化の七変化と呼んだ。七つの形に変わる武器らしいのに、僕はまだ大鎌の形しか見ていない。

 それ以上は考えずに、鎌を背中に戻した。


 ベルトの金具とポーチの中身を、いつもの順に指で数えていく。最後に腰の短剣を抜いた。きのう研いだ刃に傷はない。


「短剣、よし」


『点検長い』

『いつもの』

『安心のやつ』

『検証配信の土F兄かよ』


 点検が長いのは知っている。よその人の検証配信並みらしい。削れる所が一つもないだけだ。


「て、点検、終わります」


 キラーアントの群れがいる部屋は、通路を少し進んだ先にある。


 早く、強くならないと。


 いつもなら出入り口の手前で立ち止まり、群れの数を数えてから入る。

 今日は数える前に出入り口をくぐっていた。

 天井の低い部屋の床を、犬ほどもある黒いアリが埋めている。十匹はいる。


『え、もう入るの』

『数多くない?』


 ポーチから出した手袋を右手にはめた。


「こ、こっち……こっちだよ」


 声に乗せて《挑発》を使うと、黒い頭がいっせいにこっちを向く。

 待つより、こっちから行ったほうが早い。


 群れに入る。


 先頭の1匹を狙って、頭と胸の継ぎ目へ短剣を突いた。

 自分の手で、一つでも減らしたい。

 横から別の顎が膝を狙ってくる。跳びのきながら突いた刃先は、継ぎ目より手前の黒い殻に当たった。


 短剣が殻の上を滑る。


 かつん、と乾いた音がしただけだ。浅い。

 足元から次の顎が来る。下がって、もう一度突く。また滑った。

 処刑人に打たれた左の肩が鈍く痛む。肩をかばった分だけ、刃が手前で止まる。

 三度目で、やっと刃が継ぎ目に入った。1匹が光の粒になってほどける。

 倒した。なのに奥の暗がりから、黒い背が2つはい出してくる。


 数が減らない。


『今日のヘラルド飛ばしてない?』

『突っこみすぎ』

『いつもの前に出るのと違くない?』


 このまま突いても、殻をたたく音が増えるだけだ。分かっているのに、足だけが前へ出ようとする。

 ピエロは出入り口の脇で黙っていた。滑った刃の先を一つずつ目で追っている。


 左右から回りこまれて、背中が壁に当たった。

 もう下がれる所はない。

 黒い顎の囲みが、膝の高さで狭まってくる。詰まりきる前に、先頭どうしがぶつかって、群れが一拍だけ止まった。


(代われ)


「……斬るのは、モンスターだけ」


 ピエロが僕の体で背筋を伸ばし、壁から離れた。手袋の右手で前髪を後ろへなでつけ、もう一方の手で背中の鎌を下ろす。

 石突きが床を鳴らして、《挑発》が部屋いっぱいに広がった。


「客人方、余興を一つ。相手は、足元の黒い群れ」

「演目は、『黒いじゅうたん』」


『一幕来た』

『黒手袋の雪辱戦』

『顔がいい』

『じゅうたん?』


 黒い顎がいっせいに足元へ寄ってきた。

 ピエロは石突きを床に突いて跳んだ。柄を支えにして、宙で小さく弧を描く。

 床ばかり見ていた僕の目では追いきれない。

 降りた先は床ではない。

 黒いアリの背中の上だ。


『は?』

『乗った』


 ピエロはその背中の上で、鎌を杖みたいに突いて斜めに立った。足の下で殻がきしむ。乗られたアリが身をよじっても、靴の裏は離れない。

 こんな所に立てる体だなんて、僕は知らない。


 一歩。隣の背へ移る。石突きで、また別の背を突く。

 杖をついて庭でも歩くみたいに、背中から背中へ渡っていく。


『背中歩いてる』

『アリの上を散歩すんな』

『足場それでいいのかよ』


 下から顎が足首へ伸びてくる。届かない。かみつこうとした顎の前には、いつも仲間の背中がある。

 足元から来る相手の上にいれば、かまれる足元がない。


 1匹が前脚を上げて伸び上がった。顎が膝の高さまで来る。

 ピエロはその頭を踏み台にして、もう一つ向こうの背へ移った。踏まれた頭は、隣の背に落ちてぶつかる。

 階段にされたほうはたまったものじゃない。

 降りた背の上で、ピエロは僕の顔のまま、カメラへ軽く頭を下げた。片手を胸に当てる、芝居の終わりみたいなお辞儀だ。


『お辞儀すんな』

『アリの上で礼儀正しい』

『足元見て足元』


 見ているだけの僕のほうが、足の裏に汗をかいている。この下で、十いくつの顎が鳴っているのに。


 群れは背中の上の客を追って向きを変え、互いにぶつかった。前の1匹の上に、次の1匹がよじ登る。

 追いかける相手が頭の上にいるのだから、無理もない。

 ピエロが石突きで、端の1匹の頭を軽くたたいた。その1匹も向きを変えて、また隣とぶつかる。

 黒い背が重なってもつれ、壁ぎわで1つの塊になっていく。


『アリが団子になってる』

『わざとぶつけてる?』

『黒手袋が寄せてんのか』


 塊のいちばん上の背中で、ピエロが止まった。

 石突きを突き、柄に両手を重ねる。足元で黒い顎がいくつも空をかんでいる。

 ピエロがカメラへ目を上げた。


「客人方。じゅうたんは、巻いて片付けるものさ」


 最後の1匹の背から、ピエロが一歩、床へ降りる。


 銀の弧が、並んだ頭と胸の継ぎ目を、ひと続きに抜けた。


 巻かれた形のまま、黒い塊が光の粒にほどけていく。

 魔石がばらばらと床に散った。


『全部いった』

『一振り!?』

『じゅうたんってアリの背中か』

『巻いて片付けたw』

『最初から敷いてたのかよ』


 同時接続数は2万3千。ピエロはその数をちらりと見て、すぐに目を離した。配信者の一番手、金のよろいの剣士がふだん集める10万4千には、まだ遠い。


「幕だ、客人方」


 鎌が宙で回るあいだに体が僕に戻り、背中が丸くなった。落ちてきた柄を片手で受ける。


「ご、ごめんなさい……アリの上、歩いちゃって」


『謝るとこそこ?』


「き、今日は、ここまでです」


 ◇


 9層へ上がる坂の途中で、腰が一歩ごとに文句を言った。ピエロに体を貸したあとの筋肉痛は、いつも帰り道に取り立てに来る。

 ピエロが横を歩いている。黒い杖を指で回しているのに、顔は笑っていなかった。


(少年。腰のは、軽すぎる小道具だ)


 足が止まりかけた。


(殻の上で、二度滑った。刃に重さがない。あれでは、幕が締まらない)


 壁ぎわで囲まれた僕の体のことは、一言も出てこない。

 客の剣を飾りだと言うときと同じ声だ。


「……店長が、自分の手で試した短剣だよ」


 自分で思ったより硬い声が出た。


 ピエロはそれには答えなかった。杖を止めて、僕の背中の鎌へ顎をしゃくる。


(月曜。衛兵の前では、背中のを使え)

(少年に振れないのは知っている。それでも、軽い小道具よりはましさ)


 衛兵は、ピエロが久我さんを呼ぶ名前だ。月曜は、中層へ行けるかを久我さんが10層で見る日だ。

 鎌は背負うだけで、配信でピエロに体を貸すとき以外は使わない。背負うと決めた夜、僕が付けた条件だ。

 背中の柄が急に重くなった。


「……使わない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。