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弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第3章

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第40話 平気なはずの2人

 帳場のスマートフォンが震えて、出たとたんに幼なじみの結衣ねえが言った。


「赤いヘルメットが、また映ってる。……りっちゃんの、いつもの所」


 木曜の放課後、道具屋の帳場でメモ帳を開いていたときだった。いつもの所は、僕が道具を試しに通う6層の通路だ。

 中層へは、脇腹が治って、久我さんに行っていいと認めてもらうまで行けない。待ちきれなくて、中層で会うモンスターのページを、協会のサイトから毎日少しずつ写している。

 潜る日は行く層を台所の紙に書き、そこより深くは潜らない。父さんとの約束だ。今朝は7層と書いた。


「処刑人が、別のアカウントで戻ってきたの。題が同じだから、すぐ分かった。……リンク、今送った」


 鉛筆を置くと、写しかけのページが開いたまま残った。

 処刑人が戻ってきたなら、呼ばれるのはたぶん僕だ。前の回でも、処刑人は配信で僕を呼んだ。


 題は〔公開処刑〕本日の出演者さん。回で襲う相手を処刑人はそう呼ぶ。

 チャンネル名の横には、Lv41と出ている。アカウントが変わっても、数字は前のままだった。

 同時接続数は4千ほどで、前の回よりずっと少ないのに、少しも安心できない。


 映っているのは、その6層の広い通路の奥だった。横穴の部屋の出入り口の、すぐ手前だ。

 僕が処刑人に打たれて倒れた、あの床だった。

 その床の上に、男の人が2人いる。前を歩いていた男は首に何も巻いておらず、後ろの男は剣を背に負っていた。


 知っている顔だ。6層で、2度会っている。

 2度目の日は、僕が気を失っている間に、ピエロが僕の体を動かした。目を開けたとき、僕の短剣は、前を歩いていた男の首から指一本のところで止まっていた。


 配信もしねえし、伸びてもいねえから、平気だ。2度目の日、そう笑っていた2人だ。


 今の2人は笑っていない。3台のドローンに囲まれて、通路の真ん中で足を止めている。

 前を歩いていた男が、飛び回る羽音に向かって手を振り払った。


「なんだよ。俺ら、配信なんかしてねえぞ」


「ええ、存じております。……皆さん、お待たせしました。当チャンネルへ、ようこそ」

「本日の出演者さんは、配信なんかしていない方々です。ですので、登録者数の読み上げはございません」


 男は手を振り払いかけたまま、宙で固まった。


『誰この人ら』

『知らん人で草』


「ご安心ください。本日は、主演さんのゆかりの場所からお送りしています。主演さんがいらっしゃるまで、お二人には、お付き合いいただきます」


『主演ってヘラルド?』

『また6層か』


 主演さん、とは僕のことだ。あの2人は何もしていない。僕のいつもの所に、いただけだ。

 あの床をいつもの所にしたのは僕だ。


「りっちゃん、聞いてる?」

「……ごめん。切るね」


 帳場を立つと、奥から店長の声がした。


「律くん?」


 返事より先に、店の戸を開けていた。


 走った。


 走りながら腕のホルダーにスマートフォンを差し、片耳にイヤホンを入れて、協会の窓口を呼び出す。


「た、立川の6層です。処刑人が、配信しながら、人を追っています。……白瀬律、Dランクです」

「6層ですね。近くの巡回員に知らせます。……白瀬さんは、近づかないでください」


 返事をしないまま、通話を切った。近づかないで済むなら、最初から走っていない。

 僕が処刑人に打たれた日も、巡回員が着いたのは、僕が床に倒れたあとだった。


 ダンジョンの入口まで走り、1層から階段を下りていく。6層なら、約束の紙に書いた7層より上だから、約束は破らない。

 足を着くたびに、治りかけの脇腹が奥で痛んだ。

 どれだけ走っても、6層は走った分しか近づかない。


 イヤホンの中で、足音が2つ走りだした。

 その後ろの足音は走らない。

 腕の画面をのぞくと、赤いヘルメットが、2人の背中のずっと後ろを歩いていた。

 追いかけっこにすら、なっていない。


「出演者さん、お足元にお気をつけて。こちらは、急ぎませんので」


 急がないのは、急がなくても追いつくからだ。

 3層の階段を駆け下りながら、僕は画面に映る2人の背中を何度も数えた。


 後ろの男が立ち止まって振り向いた。逃げきれないと、先に分かったんだろう。背中へ手を回し、剣の柄をつかむ。

 処刑人が腕の画面にちらりと目を落とした。

 その歩幅が急に大きくなる。あの詰め方を、僕は脇腹の痛みで覚えている。


(言ったろう、少年)


 体の中で、ピエロの声がした。笑っていない。


(背の剣は、抜くまでに間が空く)


 後ろの男は剣を抜く前に腕を打たれた。


 鈍い音のあとに、かすれた声が来る。半分だけさやから出た剣が、床に落ちて鳴った。

 処刑人が、真上のドローンへシールドを向けた。


「主演さん、ご覧ですか。お一人目です」


 ピエロには返事をしない。

 あの2人に初めて会った日、ピエロは同じことを言って、2人を品定めした。その言葉が、別の人の手でそのとおりになっただけだ。


 前を歩いていた男が、相棒のほうへ駆け戻る。

 その胴に、警棒が一度入った。

 相棒を置いて逃げなかったほうから、打たれていく。

 男は床に手をつくのが間に合わず、顔から落ちた。その音が、イヤホンの中で鳴った。


「主演さん、ご覧ですか。こちらで、お待ちしております」


『主演まだ?』

『黒手袋の芸で来いよ』


 打たれた人のうめき声のすぐ下を、笑うコメントが流れていく。

 息が切れているのに、僕は奥歯を勝手にかみしめていた。

 黒手袋は、僕が気を失うと出てくるピエロに、視聴者が付けたあだ名だ。誰も、本物の人殺しだと知らずに呼んでいる。


 5層の階段を、最後の3段だけ跳んだ。脇腹がまた痛んだ。


 ◇


 6層に、着いた。


 広い通路の先に、白い光が3つ、宙に浮いている。

 近づくほど、イヤホンの音と本物の音が重なっていく。

 配信はまだ続いていた。間に合った。


 ドローン3台が照らす真ん中で、前を歩いていた男が膝をついている。鼻から口へ、血が筋になって垂れていた。

 後ろの男は壁ぎわに座りこんで、右腕を抱えている。

 処刑人は、膝をついた男の正面に立っていた。


「では、出演者さん。皆さんに、一言――」


 考えるより先に、足が出ていた。


 2人の前に立つ。


 膝をついた男と、赤いヘルメットの間だ。

 3台のドローンが、いっせいに僕を向いた。


「おや。主演さん」


 背中のほうで、後ろの男が、あいつ、とかすれた声で言った。

 膝をついた男の荒い息が、僕の膝の裏のあたりで聞こえる。

 Lv41の処刑人の前に立つのは、この床で倒れた日以来だ。


『主演きた』

『ほんとに来たww』


 前髪の下から、赤いシールドを見上げた。一言を言うのは、打たれたこの人じゃない。


「……一言は、あなたのほうです」


 そこで一度、声が喉に引っかかった。


「謝ってください。この2人に」


 通路の壁に、自分の声が跳ね返る。

 思ったより、大きかった。


『謝れって何w』

『処刑人に説教ww』


『主演、空気読めよ』

『早く黒手袋出して』


 笑われているのは分かる。

 膝は震えているのに、シールドから目をそらさずにいられた。


 処刑人はすぐには動かなかった。

 警棒を提げたまま、腕の画面に目を落とす。

 同時接続数を見ている。


「素敵なご提案です」


 平らな声は、少しも揺れなかった。


「当チャンネルも、一言の場面は欠かしませんので。……では、皆さん」


 処刑人は、僕の真上に浮くドローンへヘルメットを向けた。

 僕と話しているのに、返事は画面の向こうの人たちへ向けて言っている。


「主演さんが代わりにご出演くださるなら、お二人は、お帰しします」


 背中のほうで、膝をついた男が血をすする音がした。

 3台のドローンは、僕の答えを待っている。

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