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弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第3章

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第39話 Dと書かれた冒険者証

 新しい冒険者証に、Dと書いてあった。


 10層のボスの大狼を倒した日の夕方、協会の買い取り窓口に、手のひらいっぱいの大きさの魔石と冒険者証を出した。新しいカードがその場で返ってくる。

 あんなに大きな狼の魔石でも、手続きは拍子抜けするほど短い。


 次の朝、台所のテーブルで、そのカードを両親の前に置いた。

 写真の僕はいつもの前髪で目が隠れている。写真の横に、D。

 自分の顔より、Dの字ばかり見てしまう。

 結衣ねえからは、最後に脚が折れたのはりっちゃんが刺した所でしょ、という1行が届いている。返事は打ちかけたまま止まっていて、文字にすると、どれも違う気がした。


 父がカードを手に取った。


「……上がったな」


 父はそれだけ言ってカードを母に回し、また新聞を広げた。

 母はDの字を指でなぞった。一度なぞって、もう一度なぞる。

 叱られるより、ずっと落ち着かない。

 中層へ行くのは、冒険者証がDになって、協会の巡回員の久我さんに認めてもらってから。両親とは、そう約束している。


「えっと……これで、中層の約束の、半分、だよね。Dのほうは、取れたから」


 自分で言い出した約束なのに、指を折って数えると思ったより照れる。


(指折り数えて、耳まで赤い。お可愛いことだ、少年)


 両親の前で、ピエロに言い返すわけにはいかない。

 母がカードをテーブルに戻した。


「ゆうべね、久我さんに電話したの」


 知らなかった。僕が先に寝たあとだ。


「Dは、おめでとうございます、って。でも、中層の許可は、まだ出せないって」


 そう言われる気は、どこかでしていた。

 母の話はそこで終わらなかった。


「きのう、協会で、あなたを見かけたんだって」

「『坊主は、脇腹をかばって歩いてた』って。……治るまでは、中層へ行けるかどうか、見てもくれないそうよ」


 息が止まった。

 協会で久我さんの顔は見ていない。見られていたことにも気づかなかった。


「脇腹って、なに」


 母の声は怒っていなかった。怒鳴られるより、そのほうがずっと逃げ場がない。

 転んだ、と言えば、たぶん済む。


 僕はシャツの裾を持ち上げた。


 左の脇腹は、手のひらより広く、紫だった。


 父の新聞がテーブルまで下りる。

 母は何も言わずに、脇腹の紫を見ている。


 隠したつもりはなかった。聞かれなかったから、言わなかっただけだ。

 それなのに母は、僕の脇腹のことを久我さんの口から先に聞いた。


 母は冷蔵庫の扉へ目をやった。

 扉には、ボス部屋へ行く朝に僕が書いた約束の紙が、まだ貼ってある。書いたのは、行き先の10層と帰る時刻だけだ。


「……紙に書いてないことも、言って」


 母が言ったのは、それだけだった。


「……ごめん」


 ほかの言葉はひとつも出てこなかった。

 テーブルの上で、Dのカードがまだこっちを向いている。

 脇腹が治るまで、約束は半分のまま動かない。


 ◇


 昼過ぎの店では、店長が帳場でスマートフォンを横にして、大狼の戦いの切り抜きを見ていた。

 戸の音に顔を上げると、店長は画面より先に僕の顔を見た。


「倒れなかったんだね」

「……はい」


 店長がいちばん先に聞くのは、いつもそこだ。


「ほう。じゃあ、手袋を見せてごらん」


 手袋を帳場に出して、帳面の手袋のページを開く。すぐ上の行には、前に潜った日の僕の字で、撒いた撒き菱は拾えずにボス部屋に置いてきた、とある。

 その下に、店長の鉛筆を借りて書く。


 短剣は、前脚の付け根まで入った。


 鉛筆は一度も止まらなかった。

 店長は何も言わずに、その行を見ている。目尻のしわがいつもより深い。

 大狼に入れた短剣は、店長が自分の手で試してから棚に出した1本だ。


 店長が減った分の撒き菱を2袋、棚から下ろしてくれた。これでポーチの中は、だいたい3袋ぶんに戻る。

 やっと、いつもの重さだ。


 店の戸が開いた。

 だいだい色のジャージの結衣ねえが、肩のシューズ袋を揺らして入ってくる。頭の上の結び髪は汗で少し湿っていて、練習帰りの顔だ。


「店長さん、こんにちは。……りっちゃんも、いたの」

「日曜も、練習なの?」

「自主練。大会、来月なの」


 結衣ねえは帳場の前の丸椅子に、どさっと腰を下ろした。眉のあいだに、部活の顔が残っている。

 言うなら、今だ。


「結衣ねえ。……きのうの、あれ」

「なに」

「あの、1行。……ありがとう」


 結衣ねえは口を開けたまま固まった。

 耳から先に赤くなっていく。


「……急に、言わないで」

「え」

「りっちゃんのありがとうは、調子が狂うの。ごめんなら、聞き慣れてるのに」


 礼を言って怒られる相手は、たぶん世界で結衣ねえだけだ。

 ごめんのほうは、今朝、台所で言ってきたばかりだ。


 帳場の奥で、店長が咳みたいな声で笑った。

 結衣ねえは顔をそらしたまま、しばらく黙っていた。

 それから、こっちへ向き直る。真顔だった。


「中層も、ちゃんと見てるから。危ないと思ったら、言うからね」


 やめなさい、とは言わなかった。前に言われたその言葉が取り消されていないことは、知っている。

 シャツの下の紫のことは、結衣ねえにもまだ言えていない。


「結衣ちゃんも見るかい。きのうの、律くん」


 店長がスマートフォンを、帳場の上でこっちへ向けた。画面には切り抜きが縦にいくつも並んでいる。

 いちばん上は、ピエロが大狼にとどめを刺した所だ。そのすぐ下に、僕が自分で短剣を入れた所の切り抜きがある。

 下の1本の再生数は、上の何分の一かしかない。

 でも、回っている。


 店長が指で下の1本を押した。

 画面の中の僕は、降りてきた大狼の胸の下へ踏み込んで、前脚の付け根に短剣を入れていた。


『ヘラルドが入れた』

『地味にすごい』

『最後に脚が折れたのここだろ』

『ここ何回も見てる』


 外から見る自分の背中は、思っていたより丸い。

 画面から目をそらしかけた。

 棚の脇のピエロは、この切り抜きの間だけ、何も言わない。


 終わると、上の1本が勝手に流れ始めた。三日月のほうだ。

 降りてきた大狼の左の前脚が、がくんと沈む。下がってきた首の付け根の横へ、ピエロが僕の体で鎌を振り抜く。画面の僕の顔には、白粉と目張りが出ている。

 銀の弧が一度だけ光って、大狼が粒になってほどけた。

 ボス部屋で僕が頭の中で、大狼が降りてくる所にいて、とピエロに頼んだ。そのあとの一振りだ。


(これだ)

(少年、小道具係に言え。もう一度、頭からだ)


 小道具係は、ピエロが店長を呼ぶときの名前だ。店長にもう一度流してもらえ、と言っている。

 言えるわけがない。

 店長は言われもしないのに、もう一度再生した。


『一瞬で終わった』

『きれい』

『三日月』

『え、もう終わり?』

『何回見ても一瞬』


 再生のたびに、コメントが増えていく。


 耳の奥で、別の声が鳴った。

 前に夢で見た、処刑の広場の歓声だ。刑が瞬きひとつの間に終わったとたん、何百という口が1つになった、あの声。

 画面の文字と、あの声が、重なる。


 一瞬で終わったから、みんな沸いたんだ。


 ……今、僕は、そう思った。


 首の後ろが、冷たくなっていく。


 棚の脇のピエロはずっと機嫌がよく、画面に映る自分の鎌の弧から目を離さない。

 結衣ねえは画面でなく、僕の顔を見ていた。


「りっちゃん、顔、青いよ」

「……なんでもない」


 結衣ねえはそれ以上聞かなかった。でも、目は僕の顔から離れなかった。


 ◇


 夜、ベッドの縁に座って、ステータス、と念じる。

 今夜は画面の全部を開く。


 名前:白瀬律

 Lv:22

 職業:軽業師

 称号:孤軍/番狂わせ

 HP:141/141

 MP:39/39

 筋力:14 耐久:18 敏捷:32 器用:27 魔力:9

 スキル:《挑発》 Lv2/《気配察知》 Lv2/《隠密》 Lv1/《投擲》 Lv2/《鎌術》 Lv3

 スキルpt:20

 取得可能なスキル:0件


 僕はLv22。処刑人の配信の画面に出ていたLvは、41。

 処刑人とのLvの差は19。処刑人に負けた次の夜は29あったから、10縮んだ。


 称号の行はなるべく見ないようにした。孤軍も番狂わせも、大狼を倒して付いた。でも、とどめの鎌はピエロのものだ。


 息を吸うと、脇腹の奥が引っかかる。

 Dはもう取った。


 脇腹が治ったら、久我さんは僕の何を見て、中層へ行っていいと言うんだろう。


 窓枠のピエロが画面をのぞきこんでいる。

 視線は軽業師の行で止まったまま、動かない。

 顎が機嫌よく上がっていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。続きが気になったら、ブックマークしてもらえると更新の通知が届きます。

知識で先回りして元の職場を見返す話がお好きなら、同じ作者名のページから『俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜』も読めます。

次回から第3章 第2節「短剣」が始まります。

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