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弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第1章 黒手袋

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第4話 教室の切り抜き

「昨日の切り抜き、見た?」


 昼休みの教室で、1台のスマートフォンが手から手へ渡っていく。画面の中では、鎌にもたれた誰かが、斜めにこっちを見ていた。

 鎌にもたれているのは僕で、僕はスマートフォンを回す輪のすぐ隣で弁当を食べている。


「この立ち方、ずるくない?」

「顔もいいって。モデルとかでしょ、これ」

「二重人格って、どうせキャラ作りだろ」

「いや、途中で急に別人になんの。ほら、ここ」

「キャラでも、この顔までは作れなくない?」

「メイクでしょ。顔を変える手袋とか、あるらしいし」

「再生数も、今朝見たときの倍近いんだけど」


 配信ではめていた黒い手袋なら、僕の詰襟の内ポケットにある。ただ、変わるのは見た目だけじゃない。

 褒められている顔の持ち主は、ここで卵焼きを落としかけている。


 箸を持ち直したついでに座り直すと、腰がぎしりと鳴った。ピエロが僕の体を動かしたあとの筋肉痛は、一晩寝たくらいでは抜けてくれない。


「白瀬、どうしたの、それ」


 前の席の男子が振り向いていた。


「あ、えっと……転んで」


 腕の包帯は詰襟の袖に隠れている。これ以上聞かれたら困る。僕は嘘が下手だ。


「ふーん」


 彼の目はもう画面に戻っていた。助かった。


 窓枠にはピエロがもたれていて、片脚に重心をかけた立ち方まで、画面の中とそっくり同じだ。褒め言葉が聞こえるたびに、ピエロの顔が少しずつ上を向いていく。


(聞いたか、少年。客人が、私の立ち方を褒めている)

(言ってやれ。あれは私だと)


 ピエロは、見ている人をそう呼ぶ。殺人鬼が、教室の窓辺で褒め言葉をねだっている。


(少年、顎。名乗る者が、うつむいてどうする)


「そんなの、言えるわけ……」


 声に、出ていた。

 隣の席の女子が、スマートフォンから顔を上げて、こっちを見ている。


「……え、なにが?」

「あ、いや、ごめん……卵焼きの、話。ちょっと、甘くて」


 自分でも、何を言っているのか分からない。

 彼女は首をかしげて、画面に目を戻した。その画面の中でしゃべっているのも、同じこの声だ。

 背中に汗がにじんで、箸を持つ指までじっとりしてきた。


 誰も、画面と僕を見比べなかった。


(……客人の目は、節穴か)


 ピエロの顔が、さっきまで上を向いていたぶんだけ、がっかりと下がった。

 節穴で、本当に助かる。


 がらりと音を立てて、教室の前の戸が開いた。

 明るい茶に染めた髪の男子が入ってくる。同じクラスで、ダンジョン配信をしている三上さんだ。腕に巻いたスマートフォンを、戸から教卓まで歩くあいだに、もう2回見た。


「なに、まだそれ見てんの」


 切り抜きを囲んでいた何人かが、三上さんのほうへ寄っていく。教室で人が集まるのはいつも三上さんの周りだ。

 三上さんは教室の前に立ったまま、差し出された画面を横目で見て、鼻で笑った。昨日の配信で、僕の体が死神みたいなモンスターを斬った場面だ。


「それ、やらせだから。編集じゃん。上層で死神を一振りとか、ないっしょ」

「でも、20万回だよ」


 三上さんはそこで黙った。

 三上さんが言い返せずに黙るのを、僕は初めて見た。

 三上さんはまた、腕のスマートフォンに目を落とす。


「……再生数なんか、回そうと思えば回るし」

「三上の配信より回ってんじゃね?」

「は? 切り抜きと配信は別じゃん」


 三上さんは言い返しながら、腕の画面の同じ所を親指で何度もなぞっている。


「てか、こっち見ろって」


 三上さんが、切り抜きの画面を押しのけて、自分のスマートフォンを周りの顔の前へ突き出した。

 青い胸当ての三上さんの上に、コウという配信の名前が大きく出ている。教室の後ろからでも読めるくらいの字だ。

 この画面を教室で見せられるのは、初めてじゃない。


「コウ、登録者1.8万」

「そのヘラルドだっけ? まだ6,000とかっしょ。俺の3分の1じゃん」


 突き出した画面を、三上さん本人が上からのぞき込んでいる。

 三上さんは数字の話のときだけ、人の顔を見ない。


 ヘラルドは僕の配信の名前で、登録者数は三上さんの言うとおり6,000だった。僕より先に、僕の数字を知っている。


「そういえば、白瀬も冒険者じゃなかった?」


 教室じゅうの目が、ピエロのもたれる窓枠の前の、僕の席に集まった。こんなに大勢に見られるのは入学式の日以来だ。

 三上さんも、腕の画面から顔を上げた。


「ああ、弱虫ね」


「こいつさ、前に俺の企画、断ってんの。ライセンス取りたての新人をモンスターの前に立たせて、ビビるとこ撮るってやつ」

「同じ冒険者のよしみで、手伝わせてやろうとしたわけ。そしたら、何つったと思う?」


 冒険者証を取ったばかりの春の話だ。あのときも、返事だけは言いよどまずに言えた。

 三上さんは肩をすぼめ、声を細くして僕の真似をした。


「『嫌です』」


 教室がどっと沸いた。


「言いそう」

「似てる似てる」

「白瀬の目って、誰も見たことなくない?」

「てか、白瀬ってしゃべんの?」


「でもそれ、新人ちょっと危なくね?」


 そう言ったのは教卓の近くの男子で、笑い声が少しだけ小さくなる。

 三上さんは笑った顔のまま、その男子のほうへ向き直った。


「危ないって、誰が決めんの」

「募集かけたら、向こうから来たんだって。出たいです、何でもやりますって」

「本人がやりたいって言ってんのに、危ないからダメとか、そっちのほうが失礼じゃん。子ども扱いっしょ、それ」


 言い出した男子は目をそらした。


「……あー。まあ、本人がいいなら、か」

「確かに。止めるのも、なんか違うよな」


 教室の前から後ろへ、うなずきが広がっていく。危ないと言った本人が、いちばん大きくうなずいていた。


「だろ。なのに、こいつは逃げたわけ」


 三上さんは笑いながら、教室の後ろへ顔を向けた。


「冒険者のくせに、モンスターの前に出んのが怖いんだってさ。な、弱虫」

「白瀬、ビビりすぎだろ」


 言ったのは、さっき危ないと言った男子だった。

 笑い声がいちばん大きくなる。

 僕は言い返さなかった。


 断ったことは間違っていなかった。


 弁当箱の縁で、箸の先がかたかた鳴っている。笑い声に紛れて、教室の誰も気づかない。


(少年、顎)


 窓枠から声が降ってきた。


(下ばかり見るな。あの男の画面が見えない)


 ピエロは僕の目を通してしか物を見られないくせに、注文が多い。

 仕方なく、目だけを上げた。三上さんがまた振っている画面の中で、青い胸当てが、買ったばかりみたいに光っている。


(新品だな、あれは)

(客人の顔より、数字を見ている。あれでは、誰も沸かせられない)


 人前で言い返せない僕の代わりに、言わなくていいことまで言う。


「決めた」


 三上さんがスマートフォンを下ろした。


「その二重人格、俺が見つけるわ。上層にいんなら、すぐっしょ」

「で、やらせだってこと、俺の配信で全部暴く」

「三上、マジでやんの?」

「やるよ。暴いたら、あっちの客、全部こっちに来るじゃん」


 おお、と何人かが手をたたいた。

 三上さんはもう一度、教室の後ろを向いた。


「弱虫。お前も冒険者なら、二重人格見かけたら教えろよ」


 探している本人なら、ここで弁当を食べている。


 返事の代わりに、箸から卵焼きが落ちた。

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