↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/45

第35話 引き返す

 10層の中間ボスの大狼は、ボス部屋のどこで目を覚ますんだろう。


 月曜の放課後、僕は10層のいちばん奥、ボス部屋の入口に1人で立っていた。配信はしない日だ。ドローンも鎌も、自分の部屋に置いてきた。

 入口の外で順番を待つ組も、今日はいない。


 台所の紙には『10層』と『7時』と書いて貼ってきた。帰りが7時を過ぎて連絡もなければ、母が協会に電話する。父が決めた約束だ。


 ここまでの道で天の声が1度だけ鳴った。


【レベルアップ。Lv15からLv16になりました】


 コボルトのも、さっき走ったのも、りっちゃんだね。結衣ねえから届いたその1行に、僕はまだ返事をしていない。

 返す言葉を探すより先に、自分で確かめられるほうを片づけたかった。


 このボス部屋に4人組が挑んだ日、リーダーは「中ほどより前で起きたぞ」と叫んだ。協会の資料では、中ほどまで踏みこまれるまで起きないはずだった。

 なのに僕が見たことを伝えかけると、同じ口で「資料どおりだ」と遮った。


 リーダーの「資料どおりだ」は嘘だった。


 大狼がどこで起きるのか、あの人は配信の子に教える気がない。だったら自分の目で見る。


 ボス部屋の奥は今日も暗い。

 《気配察知》を伸ばすと、暗がりの底で大きな気配が1つ触れた。伏せたまま動かない。


「今日は、奥まで行かないよ」


 口に出して言った。言っておかないと、足が勝手に前へ出そうだった。


「右の壁ぎわを、一歩ずつ入るだけ。……気配が動いたら、すぐ戻る」


(好きにしろ。次の土曜は、少年が先に舞台に立つ)


 土曜の配信で大狼とやり合うとき、先に戦うのは僕だ、という意味らしい。ピエロは入口の壁に片脚でもたれて、それきり黙った。


 右の壁に肩を寄せて、ボス部屋へ入った。入口の明かりが背中に当たっている。

 一歩ごとに、肌で奥を確かめる。気配は止まったままだ。

 吐く息の音まで、足音より小さくした。

 怖い。でも、どこで起きるかを知らないまま、次に配信でここへ立つほうがもっと怖い。


 リーダーが叫んだあたりを過ぎた。


 気配が動いた。


 僕は足を止めた。戻ると言ったのは僕だ。

 ……でも、こっちへは来ない。

 近づいてくるなら、肌がもっとざわつく。今の動きは、近づきも遠ざかりもしていない。

 だったら、もう一歩だけ。


 暗がりに目を凝らす。起きる所を見るなら今だ。

 気配の向きがゆっくりずれていく。正面から左へ。

 まだ近づいてはこない。

 左から、さらに後ろへ。


 気配は僕の後ろへ回っていく。


 振り向いた。


 入口の明かりの手前に、灰色の背がある。

 大人の背ほどの大狼が、僕と入口のあいだで、こっちを向いて立っている。爪の音は一度もしていない。


 眠ってなかった。


 近づいてこなかったのは、暗がりの縁をぐるりと回って、僕の後ろへ出ていたからだ。

 さっきまで僕の背中に当たっていた明かりが、今はあれの背中に当たっている。

 ボス部屋を出れば、あれは追ってこない。4人組が挑んだ日に、入口の外からこの目で見た。

 出られれば、の話だ。


 考えるより先に、僕はいつものとおりに動いていた。


 《挑発》。


 灰色の顔がぐいと僕へ向いた。大狼が入口の前から一歩、二歩と出てくる。

 来い。こっちへ来れば、入口の前が空く。

 強い相手ほど、挑発が切れる前に抗う。店長に聞いたとおり、早めに数えて、もう一度使おうとした。

 その前に、大狼が首を大きく振った。


 ……早い。


 灰色の目が、僕から外れる。


 振り切られた。


 《挑発》。

 ……《挑発》。

 大狼はもう、僕の声に顔を向けない。

 入口を背にしたまま、頭を低くして、ゆっくり詰めてくる。


 気づいたら、ポーチの撒き菱の袋に手を入れていた。

 とがった粒をひとつかみ、足もとの前へ撒く。逃げるたびに、半年そうしてきた手だ。

 粒が石の床に散って光った。


 大狼の鼻先が粒の手前で止まる。


 踏まない。


 灰色の体が粒の縁を横へ回ってくる。

 ひとつかみじゃ止まらない。

 明かりを背負った大狼と、壁に背中をつけた猫背の僕。そのあいだで、踏まれなかった粒だけが光っている。

 回りきった灰色の鼻先は、もう粒より僕に近い。


(退け、少年。ここは、舞台ではない)


 体の中でピエロの声がした。笑っていない。

 僕が気を失うのを、いつも待っている声だった。


 退く先はあれの後ろにある。

 横をすり抜けようにも、あの脚の速さは、4人組が挑んだ日に入口の外から見ている。


 大狼が頭を下げた。

 後ろ脚がたまる。


 跳んでくる。


 前へ。


 頭を抱えて、灰色の胸の下へ転がりこむ。

 腹の下の暗いすき間を、背中で抜ける。

 左の腕に、後ろ脚がたたきつけられた。

 膝はつかない。もう1回、転がる。

 背中の向こうで、大きな体が降りる音がした。

 少しの間、何も来ない。

 入口の明かりへ体を投げ出した。


 入口の外。


 振り向くと、大狼が入口の手前に立っていた。

 手を伸ばせば届く所から、灰色の目が僕を見ている。

 動けない。

 僕の靴の先は、白っぽく踏み固められた入口の床の、すぐ外にある。あと半歩、内側だったら。

 大狼は向きを変えて、奥の暗がりへ戻っていった。気配は暗がりの底でまた止まる。


 通路の壁に背中をつけたまま、ずるずると座りこんだ。

 立とうとしても、膝が言うことを聞かない。

 生きている、と分かったのは、そのあとだ。


「……動いたら戻るって、言ったのにね」


 ピエロは何も返さなかった。


 入口から、ボス部屋の床をのぞいた。

 壁ぎわで、撒いたひとつかみが光っている。その奥に、袋が1つ落ちていた。転がったときに、ポーチからこぼれたらしい。


 撒き菱の袋は部屋の中だ。


 ダンジョンは置いていった物を消さない。それでも、拾いに入れば、またあれの前に立つことになる。


 どこで起きたのかも分からない。

 伏せて止まっている気配も、起きて止まっている気配も、肌には同じに触れる。


 答えを1つも持ち帰れなかった。


 遅れて、左の前腕が熱くなってきた。

 袖をめくると、手首の上が赤黒くふくらんでいる。

 震えが引いて、やっと立てたとき、腕のスマートフォンを見た。

 約束の紙に書いた7時が、もうすぐそこまで来ている。

 立ったばかりの足で走った。


 ◇


 玄関を開けたのは、7時を何分か過ぎたころだった。


 台所で、母が受話器を持って立っていた。


 冷蔵庫の扉に貼った紙の、『7時』の前だ。母は親指をボタンにかけている。

 あと少しで押されていた。


 母は僕に気づいて、受話器を台に戻した。1度では収まらずに、2度目でやっと台に収まる。


「……おかえり」


 それだけだった。


「……ただいま」


 僕もそれしか言えなかった。

 テーブルの僕の席で、ラップをかけた皿が冷めている。

 走れば間に合うと思って、電話をしなかったのは僕だ。

 左の袖は下ろしたままにした。腕のことは伏せている。

 あのリーダーは「資料どおりだ」と言って、本当のことを伏せた。今の僕と、どこが違うんだろう。

 潜った日は道具屋に寄って、店長に手袋を見せる。その約束も、今日は守れなかった。


 部屋に上がって、ベッドの縁でステータスを開いた。スキルptは10ある。

 腕が治るまで、投げる練習はしばらくできない。

 《投擲》の名前を念じると、届く距離と正確さが上がる、という短い説明が出た。使うスキルptは2だ。

 はい、と念じる。


【《投擲》がLv2になりました】


 右手を握って、開いてみる。何かが変わった感じはしない。

 ボス部屋で、あのひとつかみを撒いた手のままだ。


 窓枠にピエロがもたれている。

 受話器のボタンに親指をかけた母の姿が、まだ目の奥に残っている。

 それでも、言うことは帰り道で決めていた。


「……土曜、配信で、あれに挑むよ」

「僕1人じゃ、届かなかった。カメラのある日なら、きみに体を貸せるから」


(演目は、もう決めてある)


「え。……どんなの。題くらい、教えてよ」


(客人より先に、少年に明かす題はない)


「……そういうとこ、ずるいよ」


 ピエロは笑うだけだった。

 これまで付けてきた題で、物騒じゃなかったものは一度もない。


 メモ帳を開く。資料から写した大狼の行の終わり、『近づくと起きる』の横は、どこで起きるかを書くはずの所で、今日も空いたままだ。

 続けて、『10層 中間ボス』の横に鉛筆で書き足す。


 土曜。


 窓枠のピエロが、機嫌よく顎を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。