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弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第3章

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第33話 ヘラルドが倒した

 角を2つ曲がった先に、気配が6つあった。

 前に4つ、後ろに離れて2つ。前の4つはうろうろ動くのに、後ろの2つは近づきも離れもしない。

 群れのくせに、2つだけ置いていかれたみたいな並び方だ。


 配信を開けて、今日は10層です、と言い終えた直後に、《気配察知》がこの6つを拾った。見えない相手の気配が分かるスキルだ。

 木曜、巡回員の久我さんの前で8層のウルフと戦った夜に、Lv2に上げたばかりだ。探れる範囲は角2つ先まで広がった。上げて最初の配信で、もう変なものを拾っている。


『10層きた』

『中ボスの層じゃん』

『ついに』


 10層は上層の最後の層で、いちばん奥に中間ボスのいるボス部屋がある。

 潜る日は行く層と帰る時刻を紙に書いて台所に貼る、と父と約束している。今日は10層と書いてきた。結衣ねえには何も送っていない。

 それでも、もっと下へ行くと結衣ねえの家の前で話した夜、結衣ねえは、配信もアーカイブも全部見てる、と言っていた。どこかでこの画面を開いているかもしれない。


 壁ぎわで装備の点検を手早く済ませた。木曜にウルフにぶつかられた右肩だけが、肩当ての下でまだ鈍く痛む。


「えっと……こ、この先に、群れがいるので。別の道から、回ります」


(群れなら、なおいい。避ける理由がどこにある)


 壁にもたれたピエロが不満そうに顎を上げた。

 避ける理由なら、肌に引っかかったままの2つだ。言えば、ピエロはもっと乗り気になる。


 右の通路へ折れて、群れから遠ざかった。

 その先の角を曲がったときだった。


 《気配察知》の端に、気配が1つ飛びこんでくる。

 近いと思ったときには、犬の頭をしたモンスターが床を蹴っていた。


 コボルトだ。

 角2つ先の、さらに外から走ってきたんだ。探れる距離が倍になっても、足の速い相手には間に合わない。


 顔の前に爪が来る。横へ転がってよけた。

 転がるのだけは、近ごろ少しはましになっている。


 コボルトは僕の向こうの床に降りた。

 向き直るまでに、少し間がある。

 8層でウルフと戦った日に見つけた、着地のあとの間と同じだ。


 重心を、前へ。


 踏み込んだ。


 短剣が、毛の薄い喉に入っていた。


 コボルトの体が光の粒にほどけて、魔石が1つ床に跳ねる。


 コメント欄の流れが少しの間止まった。


『え』

『今の黒手袋じゃないよな?』

『模様出てないぞ』

『ヘラルドが倒した?』

『え、普通に強くない?』


 止まっていた分を取り返すように、コメントが一気に流れ出す。


『中で黒手袋が動かしてんだろ』

『猫背のままだったが』

『どっちだよ』

『短剣で喉一発はガチ』


 胸が痛くなって、やっと気づいた。踏み込んでから、ずっと息を止めていた。

 吐いたら、膝まで一緒に抜けそうになる。


『ヘラルド何か言え』

『本人がいちばん驚いてて草』


「え、えっと……」


 ピエロなら、ここで口上の1つも出てくる。僕の口から出てくるのは、えっと、だけだ。


「い、今のは、その……たまたま、で」


『たまたまで喉は狙えん』

『謙遜が下手』


 言い訳まで下手だった。


「さ、先、行きます」


 魔石を拾ってポーチに落とした。腕の画面の同時接続数は2万を超えている。

 壁ぎわのピエロが、その数字を見て一度動きを止めた。

 いつもなら背中が丸まるたびに「顎」「肩」と小言が飛んでくるのに、今は何もない。


(少年。さっきの群れだ。あれを舞台にする)


 しばらく歩いてから、ピエロが白い指で来た道のほうを指した。

 配信する日は1回、ピエロに体を貸して戦う所を映す。ピエロと交わした取り引きだ。舞台を選ぶのはいつもピエロのほうだ。


 来た道を戻って角の陰からのぞくと、通路の先に、棍棒を提げたゴブリンが4匹いた。

 その奥の壁ぎわに2匹。弓を持つゴブリンアーチャーと、杖を持つゴブリンシャーマンだ。

 協会の資料には、群れの後ろから射る、と書いてあった。前に出てこなかったのは、出る役じゃないからだ。


(ほう。後ろに控えた役者は、弓と杖か。……少年、知っていて避けたな)


「し、知ってたのは、数だけだよ」


 嘘じゃない。言わなかっただけだ。


 前の4匹が顔を上げた。

 《挑発》、と念じる。引きつけるのは前の4匹だけでいい。


 4匹の顔がこっちを向いて、棍棒が一斉に床を離れた。

 角の陰まで下がると、矢が1本、角の石に当たって跳ねた。

 ここなら、後ろの2匹から僕は見えない。


 4匹は角の手前で足を止めた。どっちから回りこむかで、もめている。

 間が空いた。


(代われ)


「いいよ。モンスターだけ」


 ピエロが僕の左手で、手袋の折り返しを直した。

 丸めていた背中を一息に伸ばし、指で前髪を後ろへなでつける。

 頬に白粉がすっと乗り、左の目尻からこめかみへ目張りが引かれる感じがした。入れ替わりの模様だ。


 ピエロは角の陰から、わざわざ通路の真ん中へ歩み出た。

 矢の届く所に、自分から立たないでほしい。


 背から外した鎌の石突きで床を突き、柄頭に両手を重ねる。


『一幕きた』

『顔がいい』

『姿勢が別人』


 ピエロが僕の目で腕の画面を一度だけ見た。同時接続数は2万1千。ピエロは何も言わずに、目をカメラへ上げた。


「客人方、余興を一つ。相手は、この群れの全部だ。後ろで隠れている2匹もな」

「演目は、『背中を預ける』」


 誰が誰に背中を預けるのか、まだ分からない。

 口上が終わると、ピエロはもう一度、《挑発》を使った。今度は前の4匹だけでなく、奥の弓と杖までこっちを向いた。


 前の4匹が左右から回りこんでくる。その頭の上を越えて、矢が飛んできた。

 ピエロが半歩ずれて、矢は耳のすぐ横を抜ける。

 囲まれて、後ろからは矢。僕なら、もう射抜かれている。


 ピエロは斬らなかった。

 棍棒を振り上げた1匹の脇をすり抜けて、その背中の後ろへ回る。

 弓を持つゴブリンから見えるのは、もう緑の背中だけだ。


 次の矢はそのゴブリンの背中に刺さった。

 前の1匹が光の粒にほどける。


『味方撃ちw』

『今わざと?』

『後ろ取って盾にした』


「後ろの弓。腕はいい。的を選ぶ目がないだけだ」


 的を選ばせていないのは、ピエロのほうだ。


 奥でシャーマンが杖を振った。杖の先に、拳ほどの火が灯る。

 火が飛んでくるより先に、ピエロはもう別の1匹の後ろにいた。

 見てから動いたんじゃない。杖が振られる前から、そこへ向かっていた。

 火の玉は緑の背中で弾けた。その1匹も、焦げた棍棒ごと消える。

 はねた熱が白粉の頬をかすめていく。焦げたにおいだけは、体の中の僕にもちゃんと届いた。


 残りの2匹も、長くはもたなかった。


『盾が勝手に減ってく』

『後ろの奴ら、前に謝れ』


 前が空になった。

 奥の弓と杖まで、さえぎる物のない通路がまっすぐ開いている。


 ピエロは走らなかった。柄を指で回しながら、歩いて詰めていく。

 急ぐ理由がないと思っているのは、ピエロだけだ。

 矢が来た。ピエロは回していた柄で、矢を横からはたき落とした。

 柄を回すのはただの癖だと思っていた。矢をはたく構えだったんだ。


 杖の先に、また火が灯りかける。

 ピエロが止まった。片脚に重心を残して、柄を短く持ち直す。


 ピエロが刃を2度、横に払った。


 弓と杖のゴブリンが順に光の粒にほどけ、床に魔石が2つ転がる。


【レベルアップ。Lv14からLv15になりました】


『預けた相手に撃たれてて草』

『題そういうことか』

『斬ったの最後の2匹だけ』


 ピエロが鎌を宙へ放り、前髪が目の上に戻ってくる。落ちてきた柄を受け止めたとたん、打ち身の残る右肩に重さがまともに響いた。


「あ、あの……みんな、ごめん」


『お約束』

『さっきのコボルトの方が好き』


 息がまだ整わない。コボルトとやり合った疲れと、ピエロが体を使った疲れが、まとめて脚に来ている。


「えっと……ボス部屋の、入口だけ、見て帰ります」


 奥へ続く通路は進むほど広くなった。壁の光る石が少しずつ減っていく。

 中間ボスがいるのはこの先だ。メモ帳に写した協会の資料なら、何度も読んでいる。


 通路の先から声がした。

 人の叫び声だ。僕のほかにも、この層に誰かいる。


 それに重なって、低いうなりが通路の壁を震わせる。犬の喉から出る音より、ずっと大きい。


『今の何』

『人の声?』

『ボス部屋の方じゃね』


 もう一度、叫び声が上がった。

 僕の足はもう前へ出かけていた。

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