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弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第3章

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第29話 言い当てる道化

 1週間ぶりの配信で、最初に流れたコメントは、生きてた、だった。


『ケガ大丈夫?』

『この前倒れてたよな』

『腕どうなった』


 土曜の昼過ぎ、9層の通路の端で、腕の画面を開けたばかりだった。

 コメントはいつもの土曜よりずっと速く流れていく。5日前、処刑人の配信で僕が打たれて倒れる所を、みんな見ていたんだ。

 左腕は昨日、やっと肩の上まで上がるようになった。上げると、肩の奥がまだ鈍く痛む。


「だ、大丈夫です。……あの、ご、ごめんなさい」


 心配してくれた人たちに、謝っている。

 何を謝ったのか、言った僕にも分からない。


『なんで謝る』

『謝罪から入る配信』

『夏に崩落で閉じ込められた子は笑って話してたぞ』

『生存確認できたからヨシ』

『声ちっさ』


 顔が熱くなったので、点検に逃げた。


「て、点検、始めます。今日は、9層です」


『9層!?』

『病み上がりで下がるな』

『先週8層だったろ』

『攻めてる』


 潜る日は、行く層と帰る時刻を紙に書いて、台所の冷蔵庫の扉に貼ってから家を出る。父と決めた約束だ。

 今日は『9層』と『6時』だ。


 短剣の留め金、ポーチの口、撒き菱の袋の重さ、背の鎌のベルト。一つずつ指で確かめていく。


 通路の壁に斜めにもたれたピエロが、退屈そうに天井を見ていた。ピエロは、配信を見ている人たちを客人と呼ぶ。


(客人を待たせて、また袋の数か)


 数え終わらないと、僕の足は前に出ない。退屈でも、数えるのはやめられない。


 9層の通路は8層より天井が低く、壁の光る石もまばらだった。

 1つ下りただけなのに、空気が重い。重く感じるのは空気より、たぶん僕の肩のほうだ。


 ◇


 奥の部屋の手前まで来たとき、ピエロが白い指を伸ばした。


(あれにしよう、少年。今日の相手だ)


 部屋の真ん中で、大蛇がとぐろを巻いていた。

 体は大人の胴ほども太く、それが何重にも輪になっている。協会の資料で読んだときは、もっと細いものを思い浮かべていた。


(這うしか能のない、品のない長物だ。だが、よく動く)


「え、えっと……とても、元気そうな蛇だそうです」


『翻訳入りました』

『絶対そんな言い方してない』


(言い換えるな)


 言い換えないと配信が終わるので、言い換える。

 気配を探って、部屋の中を確かめる。蛇のほかには何もいないし、巻き込む人もいない。

 今日この層でいちばん運が悪いのは、あの蛇だ。


 行こう。


 出入り口へ踏みこんだとたん、蛇の輪がほどけた。

 鎌首が持ち上がって、こっちを向く。《挑発》、と念じると、黒い目が僕だけに据わった。

 向けたのは僕だ。向けた以上、よけるのも僕だ。


 次の瞬間には体が横へ跳んでいた。

 さっきまで僕の胸があった所を、太い胴が矢みたいに抜けていく。着地で左腕が壁をこすって、肩の奥まで痛みが響いた。

 見えていなかった。跳べたのは足が勝手に動いたからだ。


 蛇は部屋の奥まで伸びきってから、ゆっくり輪に戻っていく。

 息をつける間が空いた。


(代われ)


 体を貸せ、とピエロが言っている。


「……い、いいよ。モンスターだけ」


 ピエロは僕の左手で、手袋の白い折り返しを引き直した。

 一拍で重心を片脚へ移し、丸かった背中をまっすぐ伸ばす。顎を上げて、前髪を指で後ろへなでつけた。

 頬が乾いて、左の目尻から冷たい線が1本、こめかみへ跳ね上がる。


 ピエロは背から鎌を外し、石突きで床を突いた。

 柄頭に両手を重ね、上に手袋の右手を置く。


『一幕来た』

『待ってた』

『顔がいい』

『病み上がりの背筋じゃない』


 ピエロが僕の体で戦う時間を、客は一幕と呼ぶ。

 さっきまで痛かった左腕が、柄の上で平気な顔をしている。

 痛みはたぶん、後でまとめて来る。


「客人方、お待たせした。余興を一つ」

「相手は、この部屋の長いの」

「演目は、『嘘のつけない首』」


 最後の一語と一緒に、《挑発》が部屋の奥まで届いた。輪に戻りかけていた蛇が、ほどけてこっちを向く。

 首が嘘をつかない、とはどういうことか、僕にはまだ分からない。


 蛇の胴がSの字にぎゅっと縮んだ。

 跳んでくる。ピエロは鎌を床に突いたまま、僕の体の半身をひねっただけだった。

 太い胴が脇腹の指一本外を抜けていく。

 寄りかかったまま避けないでほしい。こっちの心臓のほうが先に止まる。


 蛇は止まらない。輪に戻っては跳んでくる。

 そのたびにピエロは足さばきだけで、ぎりぎりの外へ逃げた。

 鎌は一度も床から離れない。


『避けてるだけ?』

『押されてね?』

『鎌使えよ』

『今日キレないな』


(ね、ねえ。斬らないの?)


 返事の代わりに、ピエロは僕の顔で薄く笑った。

 ピエロがこう笑うときは、たいてい、もう勝ち方が決まっている。


 何度目かの跳びかかりをよけたあと、ピエロは蛇のほうへ一歩だけ出た。

 鎌の石突きを床に突き、片脚に重心をかけて、斜めにもたれる。

 空いた左手の指で、輪の手前で縮みかけた胴をまっすぐ指す。顔は笑ったままだ。


「客人方、ご覧あれ」

「この長いのは、跳ぶ前に必ず、こう縮む。跳ぶぞと、体のほうが先に白状してしまう」

「正直者さ。人の世なら、長生きできない」


『言い当ててる』

『蛇に説教すんなw』

『解説の黒手袋』

『占い師かよ』


 蛇を相手に、口上の調子で悪口を言わないでほしい。

 言っていることが本当なのが、いちばん困る。


 蛇の胴が、Sの字に縮んだ。


『ほんとに縮んだ』


 跳んだ。

 ピエロは半歩だけ横へずれた。

 目の前を、まっすぐになった胴が抜けていく。鎌の弧の真下に、頭の付け根が来ていた。


 伸びきった首の後ろへ、一振り。


 長い体が光の粒になってほどけた。

 床に魔石が1つ落ちて転がる。


『は?』

『一撃』

『言ったとおりに斬った』

『嘘のつけない首ってそれか』

『体が白状してたのか』


 ピエロは腕の画面へ一度だけ目を落とした。同時接続数は1万9千に届いていた。


【レベルアップ。Lv12からLv13になりました】


 ピエロは手袋の指で刃の付け根を一度だけなでて、離した。


「さて、締めだ」


 ピエロが鎌を宙へ放り、前髪が目の上へ戻ってきた。落ちてきた柄を、僕は両手で受け止める。柄は今度、手の中で暴れなかった。

 添えた左手のせいで、肩の奥がずきりと鳴る。

 遅れて、腰と左脚が重くなった。後でまとめて来るはずの痛みは、思ったより早く来た。


「あ、あの、ごめんなさい。蛇に、あんなこと言って」


『蛇に謝るなw』

『今日2回目の謝罪』


 ◇


 部屋を抜けた先、9層のいちばん奥に、下りの階段があった。下から上がってくる風が、少しだけ冷たい。

 この下が10層だ。階段の手前まで歩いて、足を止めた。


 台所の紙に書いてきたのは、9層だ。


「き、今日は、ここまでです」


『10層行かないの?』

『階段まで来て帰るの?』

『目の前じゃん』


「ま、まだ、です」


 腕の画面に触れて、配信を閉じた。

 次にここを下りるのは、紙に『10層』と書いた日だ。


 配信の消えた手首のスマートフォンに、目を落とした。


 何も、届いていない。


 首から下げたメモ帳を開いた。

 いちばん新しいページの上に大きく『41』、その下に小さく『10層 中間ボス』と書いてある。

 41は、処刑人の配信の画面に出ていたLvだ。下の行は、この階段を下りた10層の奥、広間にいる中間ボスのことだ。


 冒険者になって半年と少しで、Lvは12。今日、やっと13。


 上層を回るだけでは41に届かない。

 Lvは上がるほど、次の1つまでが遠くなる。なのに上層の相手は、いちばん下の10層でも、倒して得られる分が少ないからだ。

 いずれ、中層が要る。


 上層だけ、と父と母に約束している。


 台所の紙に、『11層』とは書けない。


 書かずに下りることなら、できる。

 6時までに帰れば、紙の数字が嘘だったと、誰にも分からない。


 似たことなら、もうやっている。

 結衣ねえには、6層あたりまでと約束した。そのあたりの幅を、僕は自分の都合で9層まで広げてきた。


 階段の下から、また冷たい風が上がってくる。

 手首の画面をもう一度見た。暗いままだ。ここには、僕を止める人もいない。


 今度は隠れて越えない。


 今夜、言う。


 言えば、母は今度こそ、やめて、と言いきるかもしれない。

 何から言えばいいのかも、まだ一つも決まっていない。


 階段に、背を向けた。

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