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弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第2章 数字は飾り

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22/27

第22話 主演

 腕のスマートフォンの中に、僕の猫背の背中が映っている。

 頭の上では、3台のドローンが羽音を立てて回っている。そのうちの1台が、赤いヘルメットの前に立つ黒い上下を、真後ろから撮っていた。


『主演ヘラルドw』

『背中ほっそ』


 処刑人の狙いが僕に移ってから、まだ十も数えていない。

 画面の外、僕の後ろでは、片足を引きずる足音が、入口のほうへ遠ざかっていく。

 さっきまで処刑人に狙われていた配信者の代わりに、今は僕がここに立っている。


 壁際に斜めにもたれたピエロが、赤いヘルメットを上から下まで眺めた。


(3台も飛ばして、自分の顔は1つも映さないのか)

(宮廷にもいたさ。仮面の晩にだけ、召使いを打つ男が。素顔の日は、杯ひとつまともに持てなかった)


 今それを品定めする場面じゃない。顔も見えない人の杯の持ち方まで、勝手に決めないでほしい。

 それより、腰の警棒のほうがずっと気になる。

 腕を下ろした。画面はもう見ない。


 手袋をはめた右手に、短剣を下げたまま、一歩だけ前に出る。

 柄に指が汗で張りついていた。


 今になって膝が震えだしている。


 昔から、人の目を見て話すのは苦手だ。

 それでも、シールドの奥で目があるはずの高さを見た。


「あの、その……さっきの人、腕から血が出てました。今なら、まだ、やめられます。人を打つのは、やめてください」


 最初は喉にひっかかったのに、終わりだけはまっすぐ出た。

 あとは処刑人が答える番だ。


 赤いヘルメットから、返事は来なかった。

 シールドが、僕の頭上を飛ぶドローンのほうへ向きを変える。


「皆さん。主演さんの一言は、横になってからいただきましょう」


 処刑人は、打ち倒した相手にカメラの前で一言しゃべらせる。前に一度だけ見た処刑人の配信で、打たれた男の人が「一言どうぞ」と言われた所で、僕は画面を止めた。

 僕の「やめてください」は、その一言の前置きにされた。

 今度は止める画面がない。


 処刑人が右手を腰へやる。

 振り出された黒い警棒が、かしゃんと伸びた。


 その瞬間、頭の奥でピエロの声が跳ね上がった。

 何を言ったのかは聞き取れない。さっきまでの軽口の弾みだけが、きれいに消えていた。


 シールドから作業服の肩へ目を下ろす。

 警棒を振るより先に、処刑人の右肩が沈んだ。

 肩さえ見ていれば、間に合う。

 体を折って、振り下ろしの下をくぐる。毎晩伸ばしている背中が、思っていたより低くまで沈んだ。

 くぐった勢いのまま、作業服の脇をすり抜ける。


 振り向くと、赤いヘルメットの向こうに、さっきの人が逃げていった入口の暗がりがあった。


 処刑人がこっちへ向き直り、走らずに歩いてくる。

 歩いた分だけ、処刑人は入口から離れていく。それでいい。


 横なぎも突きも、先に処刑人の肩が教えてくれた。

 警棒の先が前髪をかすめて抜けていく。額には風だけが当たる。

 作業服の脇は何度も空いた。それでも短剣はそこへ向けない。

 やめてほしい人を、打ちに来たわけじゃない。


「皆さん、主演はよく逃げますね。それに、打ち返してきません」


 平らな声に、少しだけ楽しそうな色が混じる。


 ドローンの1台が僕の横へ回りこんで、低く降りてきた。

 止めたあの配信でも、処刑人は逃げる背中を長く撮らせてから、腕のスマートフォンに目を落としていた。間を詰めるのは、その目のあとだ。


 よけながら、左手でポーチの口を開けて、撒き菱をひとつかみ出す。

 処刑人の右足が次に踏みこむ床へ、横から放る。

 止まって狙う間はない。それでも、とがった粒は狙った床にぱらぱらと散った。


 処刑人は撒き菱の手前で足を止め、踏まずに大きく横へ回りこんだ。

 その分だけ間が開く。警棒が来ないうちに、息を1つ吸えた。


 処刑人は開いた間を詰めてこない。

 赤いヘルメットがゆっくりと入口のほうへ向いた。


「主演がお休みなら、出演者さんのほうへ戻りましょうか」


 処刑人が一歩、そちらへ踏み出した。

 それだけで、背中の汗がすっと冷える。


 撒き菱で開けた距離は、自分で捨てるしかなかった。気づいたときには、僕のほうから処刑人の前へ戻っていた。


 協会の人が来るまで、ここに立っている。

 時計は見られない。どれだけたったかは膝の重さで測るしかない。


 それからは、よけるたびに、半歩ずつ奥へ下がった。下がるたびに、空いた床へ撒き菱をひとつまみ落としていく。赤いヘルメットは粒をよけながら、僕について奥へ来た。

 奥へ下がれば下がるほど、あの人の足音からは遠くなった。

 3台のドローンに囲まれて、警棒を提げた赤いヘルメットの前で、僕は短剣を下げたまま半身になり、作業服の肩だけを見ている。

 僕の足元から通路の入口のほうへ、撒き菱が点々と散っている。


 処刑人が腕のスマートフォンにちらりと目を落とした。


「皆さん。そろそろ、参りましょうか」


 処刑人の歩幅が変わった。


 肩が沈む。見えて、体を折る。

 折ったところに、もう警棒があった。


 どん、と鈍い音が脇腹の内側で鳴った。

 息がまるごと外へ押し出される。

 膝が勝手に折れかけて、床に手をつく前に、なんとか踏みとどまった。


 肩は見えているのに、体が一手遅れる。処刑人はLv41で、僕は12だ。その差の分だけ、処刑人は速くて重い。


「当チャンネルは、出演者さんを殺しません。次の回に、出ていただけなくなりますので」


 丁寧な声のまま、左の二の腕を打たれた。

 腕の芯まで、じんとしびれる。


 よける。半歩だけ、届かない。

 背中で、また鈍い音がする。

 背骨の横が熱くなって、目の前に白い点がいくつも散った。


「主演の顔は、打ちません」


 頭の奥で、ピエロの声がどんどん短く切れていく。

 怒っている調子に、急いだ何かが混じりだした。

 ピエロがこんな声を出すのを、僕は聞いたことがない。何と言っているのか聞き返そうにも、息がどこにも残っていない。


 同じ脇腹をもう一度打たれた。吸いかけた息が、途中で止まる。

 口の中に、鉄の味が広がる。かみしめた頬の内側が、切れたらしい。

 それでも体は、勝手に処刑人の左へ回りこんでいた。シールドを入口のほうへ向けさせない角度へ。


「顔は、数字になりますので」


 警棒の鈍い音と司会の声が、交互に来る。

 ピエロの声は一発ごとに近くなる。頭の奥から、耳の後ろまで。

 息をつける一瞬は一度も来なかった。


 膝が自分のものじゃなくなっていく。

 踏んばったはずの足が、床の上でずるりと半歩すべった。

 よけたつもりの体が、思ったところの手前で止まる。しびれた左腕はもう肩より上へ上がらない。

 僕が気を失えば、そのあいだこの体を動かすのはピエロだ。


 二度と倒れないと決めた体を、背中を向けずに前へ出したのは、僕だ。


 僕の目は作業服の肩だけを追っている。通路の入口のほうは暗くて、何も見えない。


 肩が沈むのは見えた。

 足が、動かない。


 鈍い音。


 床が、横から来た。


 右手の手袋の中に、短剣の柄がある。それだけははっきり分かる。

 ピエロの声がすぐそばまで来ていた。何かを叫んでいるのに、意味のほうがほどけて、僕まで届かない。

 視界が下のほうから暗くなっていく。


 6日前も、この6層で気を失った。目を開けたとき、僕の短剣は、前を歩いていた男の首の、指一本手前で止まっていた。


 次に目を開けたとき、僕の短剣は、どこにある?


 耳のすぐそばで、ピエロの声が鳴っていた。意味の取れない、ただの音のままで。

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