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弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第2章 数字は飾り

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第21話 背景

「りっちゃん、処刑人がいるの。……りっちゃんが、いつも行く所に」


 結衣ねえの声は、走ってきたあとみたいに上ずっていた。

 月曜の放課後、立川ダンジョンの7層でのことだ。通路の脇のくぼみに腰を下ろして水筒の蓋を開けたところで、腕のスマートフォンが鳴った。


 6層で頭を打って気を失った日から、6日たっている。

 7層に来るのは今日で2度目だ。怖がりなりに、上層の中でもう1つだけ奥を回ってみたかった。7層もまだ上層だから、父と母との約束は破っていない。


 潜る前に、今日は7層、と送ると、6層あたりって言ったよね、と返ってきた。


 7層もまだ上層だよ、と打ち返したのは僕だ。僕は自分の都合で、「あたり」の幅を広げている。

 下りる途中の6層では、ピエロは黙って通路の先ばかり見ていた。

 気を失ったあの日、ピエロは僕の体で、冒険者の2人組に短剣を向けている。2人の前のほうを歩いていた、首に何も巻いていない男を探す目だった。


「あたし、ずっと見張ってたの。処刑人が、伸びてる配信者を狙うって聞いてから」

「今やってる回に、6層の広い通路の奥が映ってる。コボルトの部屋の手前の、暗い脇道も」

「りっちゃんを、呼んでるの」

「行っちゃだめ。……怖いの。今すぐ、帰ってきなさい」


 7層から入口へ帰るには、6層のあの広い通路を通るしかない。

 帰ってきなさいと言われたその道の上で、処刑人が待っている。


 電話をつないだまま、腕の画面で処刑人のチャンネルを開いた。

 回の題は〔公開処刑〕本日の出演者さん。前に結衣ねえが送ってきたリンクの回と同じ題だ。知らない人が追い回されて打たれる回で、どこのダンジョンかも分からないまま、僕は途中で止めた。


「途中からの皆さんに、改めて」

「本日は、皆さんからたくさんのリクエストをいただきまして。ご指名の主演さんに、ゆかりの場所からお送りしています」


 画面がゆっくり横へ流れていく。

 広い通路のいちばん奥にある、コボルトの群れがいる横穴の部屋。その出入り口と、手前の光る石の少ない脇道が映った。

 三上さんが僕の配信に押しかけた日に、僕が新人の腕に包帯を巻いた暗がりだ。あの日の三上さんの配信と、ヘラルドの名で出している僕の配信を並べた切り抜きは、二画面と呼ばれて回った。


『二画面のとこじゃん』

『ヘラルド見てるー?』


 見てる。ご指名を受けたのは、僕だ。


「主演さんがご自分で来てくださるまで、こちらの出演者さんには、お付き合いいただきます」


 画面が通路の手前へ戻ると、知らない男の人が走っていた。

 片手にスマートフォンを握ったままで、もう片方の腕は袖が肘の下まで赤い。

 録画じゃない。この血は今、流れている。

 その後ろを、赤いヘルメットの処刑人が歩いていた。

 処刑人は走らない。走らなくても、逃げる足のほうが先に鈍っていく。


『登録者4万の人だ』

『この人今日配信してないよな』


 配信していれば、いる場所は本人の画面に出る。だから処刑人は、配信していない日の人を選ぶんだろう。

 撮り方も、あの夜に止めた回と同じだ。

 なのに今日は、自分の居場所だけをわざと見せている。


 処刑人が腕のスマートフォンにちらりと目を落とした。

 あの回と同じなら、次に来るのは。

 追いついた所で、黒い警棒が横に振られた。鈍い音と一緒に、男の人の声が悲鳴になりきれずにかすれる。

 小さなスピーカーの音なのに、耳の奥から抜けていかない。

 打たれた腕が見る間に腫れていく。


「お、俺、ヘラルドなんて……知らない」


『知らないは草』

『主演はよ』


 処刑人の次の相手はヘラルドで決まりだと、2週間前、教室じゅうが笑った冗談を思い出す。


 あの人が打たれているのは、僕を呼ぶためだ。僕のせいだ。


 水筒の蓋が指から落ちて、くぼみの床をからからと転がった。

 怖いより先に腹が立った。呼びたいなら、僕だけを呼べばいい。


 画面の人を助けたい。

 でも、僕が倒れたら。


 僕が気を失うと、ピエロが僕の体を動かす。あの日の6層で、僕の短剣は、人の首の指一本手前に寝かせてあった。

 目を覚ますのがもう少し遅かったら、あの刃は止まっていない。

 行けば、僕を呼ぶための回の真ん中に立つことになる。今度は赤いヘルメットの首の前へ、あの刃を運ぶかもしれない。

 行かなければ、あの人は僕が来るまで打たれる。


 画面の中で、また鈍い音がした。


 気づいたときには、もうくぼみから通路へ出ていた。


 倒れなければ、ピエロは出ない。


 もう倒れない、とあの日の夜に決めた。今日は、それを守れるかどうかに全部を賭けて行く。


「結衣ねえ。……ごめん」


 帰るとは言えなかった。言えば嘘になる。


「りっちゃん――」


 呼ばれた名前の途中で、通話を切った。


 そのまま協会の番号を押す。上層ならダンジョンの中からでもつながると、久我さんが言っていた。


「た、立川ダンジョンの、6層です。処刑人が、横穴の部屋の近くで配信していて……人が、打たれています。白瀬律、Fランクです」

「分かりました。すぐに人を向かわせます」


 久我さんには「見たら、すぐ電話しろ」と言われていた。守れたのはそっちだけだ。

 もう1つの「1人で近づくな」は、今から破りに行く。


 ◇


 6層へ戻る道を駆け上がった。

 ピエロは止めなかった。片脚に重心をかけた姿のまま、走る僕の横を、足音もなくついてくる。


(赤い頭を、間近で見られるな)

(刃も持たずに客人を追い回す、悪い客だ)


 ピエロは口の端を楽しそうに上げている。


(安心しろ、少年。少年が倒れても、体は私が守ってやる)


「……止めに行くんじゃ、ないよ」


 息が上がって、声が切れた。


「やめてって、言いに行くんだ」


 店長が昔の僕にくれたやり直す機会を、あの人にも渡したい。


(警棒の振りが、手首だけだ。あれでは、打たれる側の客人も退屈する)

(来ない主役を、いつまでも呼び立てる。宮廷なら、一晩で暇を出される段取りだ)


 教室じゅうが笑っていたあの朝、窓枠にいたピエロだけは、笑わずにこう言った。

(あの赤い頭が来るなら、迎えよう。少年が許せば、一瞬で済む)

 倒れた僕には、許すも許さないもない。


「……僕が倒れたら、きみは、何をするの」


(答えない)


 弾んでいた声がその一言だけ平らだった。


 ◇


 腕の画面では、男の人がまだ走っていた。その後ろを、赤いヘルメットがまだ歩いている。

 広い通路まで道なりに回っていたら、間に合わない。

 6層の道なら頭に入っている。ゴブリンの群れがいる部屋を抜ければ、広い通路の、横穴の部屋の手前へ横から出られる。画面の2人がいるのは、そのあたりだ。


 部屋の出入り口の手前で、肌がざわついた。

 壁の向こうに、子どもくらいの大きさの気配が4つある。どれも止まっている。

 食べているのか寝ているのか。どっちにしても、4匹の間を通ることになる。


 《隠密》、と念じた。


 部屋に入ると、ゴブリンが4匹、壁ぎわにしゃがんで何かをかじっていた。

 床に棍棒が転がっている。


 息を止めて、靴の底を床から浮かせずに運ぶ。いちばん手前の1匹のすぐ横を、腕1本分あけて過ぎる。

 腕の画面から鈍い音がした。

 画面の中の、あの人だ。スピーカーを手のひらでふさぐ。

 緑の耳がぴくりと動いた。

 かじる音は止まらない。

 反対側の出入り口まで、あと5歩。3歩。


 通路へ抜けてから、やっと息を吐いた。止めていた分だけ胸が痛い。

 今度は大きな気配が2つ、肌に触れた。人くらいの大きさだ。

 1つは止まっていて、もう1つがそれにゆっくり近づいていく。

 どっちが誰なのか、肌では分からない。


 腕の画面をのぞくと、男の人が膝をついていた。赤いヘルメットは、通路の奥から男の人へ歩いてくる。


 止まっているほうがあの人だ。


 手袋をはめて、短剣を抜いた。

 角を出る。


 膝をついた背中と、振りかぶられた警棒のあいだ。


 そこへ、足を入れた。


 警棒は、降りてこなかった。


『え』

『出演者さんの前に誰か出た』


「い、入口のほうへ……走って」


 振り向かずに、後ろへ指を向けた。

 靴が床をこする音がして、片足を引きずる足音が入口のほうへ遠ざかっていく。


 赤いヘルメットの肩の向こうでドローンが1台向きを変え、腕の画面の中に猫背の背中が入ってきた。

 首から下げたメモ帳が胸の前で揺れているところまで映っている。

 《隠密》はカメラには効かないらしい。


『メモ帳下げてる』

『この猫背見たことある』


『声裏返ってたぞ今』

『ヘラルドじゃね』


『ヘラルドだ』

『リクエスト、本当に来たww』


 処刑人が腕のスマートフォンにちらりと目を落とした。

 遠ざかる足音のほうは一度も見ない。

 あの人にはもう用がないのだ。

 警棒が縮んで、腰へ差し戻される。

 赤いヘルメットが、ゆっくりと僕のほうへ向き直る。


「皆さん、お待たせしました」


 平らな声が通路の壁に跳ね返った。


「主演さんが、ご自分で来てくださいました」


 僕はいつもの猫背のまま、赤いヘルメットと、こっちを向いたドローンの前に立っていた。

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