第15話 三人の講習
「スキルって、どうやって増えるんですか」
店長の昔話は、ダンジョンが出た年に店の棚を入れ替えた話から始まっていた。帳場の前で僕の隣に立つ結衣ねえが短く聞いて、話はやっと今に戻ってきた。
僕の頭には、昨日6層で見た取得可能なスキルの一覧の、4つの名前がまだ残っている。
どれを取るか。店長に聞いてから決める、とピエロに言ったのは僕だ。
「ほう、いい所を聞くねえ」
店長が帳場の奥の椅子で座り直した。
「ダンジョンで同じことを続けてるとね、ある日、取れるスキルの一覧に名前が出るってわけ」
「……続けた量が、一定に届いたら、だよね。どれだけで届くかは、誰にも分からないって、講習で」
(小道具係は、前口上が長い)
売り物の棚にもたれたピエロが、あくびを噛み殺している。小道具係は、ピエロが店長に付けた呼び名だ。長い昔話を、幕の前の口上に見立てたらしい。
客の前であくびをする道化も、どうかと思う。
「値段は、人によって違うんですか」
「誰でも同じだよ。《気配察知》なら、おじさんが取っても、結衣ちゃんが取っても、スキルptを3つ払う」
「あたしは、潜りません」
結衣ねえの返事は問いより短かった。
「ここからは、講習じゃ言わない話だけどね」
店長が帳場に肘をついた。
「何が出るかは、その人の癖から出るってわけ」
昨日6層で僕が考えたのと、同じことだった。
「用心深い仲間には、用心深いスキルばっかり出てたよ」
「それで、りっちゃんは、何が出たんですか」
「えっと、昨日、4つ、出た。《気配察知》と、《投擲》と、《隠密》と……あと、《鎌術》。あ、スキルptは、18、ある」
「短剣は?」
結衣ねえが首をかしげる。
「りっちゃん、いつも短剣で戦ってるのに」
「上手く使えてないうちは、なかなか出ないもんだよ」
店長の声はやさしいのに、中身には少しの容赦もない。
半年振ってきたのに、短剣はまだ数に入っていないらしい。
「スキルptはね、レベルが上がったときに2つもらえる。増えるのは、そのときだけ」
「じゃあ、18って」
結衣ねえが僕のほうを向いた。
「りっちゃん、半年ずっと、使わないで残してたの?」
「取るか、上げるか、毎回選ぶことになるからね。取らずに残しておくのも、手なんだなあ」
店長が代わりに答えても、結衣ねえは僕から目をそらさなかった。
「《挑発》、は、その、僕にいちばん向いてないって、思ってて。だから、えっと……合うのが出るまで、取っておいた」
(数字の決まりなど、私は信じない)
ピエロが鼻で笑う。
(あの死神を斬ったとき、少年のレベルは4だった。一振りで足りた。数字が何を決めた)
言い返せなかった。Lv4の体でリーパーを斬った一振りは、ステータスのどの行にも載っていない。
「スキルのレベルはね、使っても上がるし、スキルptを払っても上がる」
「……払うなら、1つ上げるのにも、取るときと同じだけ払う、だよね」
使って上げるほうは当てにならない。半年使ってきた《挑発》が、まだLv1のままだ。
「それでね、武器のスキルは、レベルが上がると技を覚えるんだ」
「おじさんは《剣術》の3で、《疾風斬り》ってのを覚えた。踏み込みと一緒に、こう――」
店長が杖を剣のように握って、腰を浮かせた。
浮かせただけで顔をしかめ、すぐに座り直す。踏み込むより先に、古傷の右脚が音を上げたらしい。
「鎌にも、あるんですか」
結衣ねえが一瞬、僕の肩の後ろを見た。配信の画面で、鎌の柄が斜めに突き出ていた所だ。
「《鎌術》なら、3で《三日月斬り》だって聞くねえ。おじさんは鎌を持ったことがないから、聞いた話だけど」
(三日月)
ピエロが棚から背中を離した。
(《三日月斬り》。……いい名だ。名を告げただけで、客席が沸く)
(銀の刃で月を描いて、幕を下ろす。演目の名のほうから、こっちへ歩いてきた)
ピエロが帳場の前まで出てきた。
僕の目の前で、白い指を1本ずつ折っていく。
(《鎌術》も3だ。取って、2回上げて、9。少年の手持ちは18、足りる)
取るのに3、2回上げるのにも3ずつ。数字は信じないと言った口で、足し算までしている。
(三日月を寄越せ、少年。《鎌術》に入れろ。今だ)
「今は、取らないよ」
言ってから、口を押さえた。もう遅い。
「……りっちゃん、誰と話してるの」
結衣ねえは、昨日、街灯の下で、配信の僕は別の人みたいだと言ったときと同じ目をしていた。
「か、考えごと。……声、出てた?」
「出てた」
(乳母は、目だけでなく耳もいいな)
ピエロは結衣ねえを、世話焼きの乳母と呼ぶ。誰のせいで声が出たと思っているんだ。
「三日月ってくらいだから、大きく弧を描いて振り抜くんだろうねえ。剣じゃあ、ああは回らない」
店長は気にしたふうもなく、杖の先で宙をゆっくりなぞっている。
助かった。店長の好奇心は、いつも道具と技のほうを向いている。
「で、律くん。何を取るんだい」
「取るだけなら、ここでもできるよ。働くのはダンジョンの中だけってわけ」
ステータス、と念じて、取得可能なスキルの行を開く。
(ここだ、少年。三日月は、ここにある)
ピエロが横から指を伸ばして、《鎌術》の名前の上で止めた。
店長の杖がなぞった弧を、ピエロは僕の腕で描くつもりだ。僕が気を失っていた間に、リーパーを斬ったのと同じ腕で。
一度、喉が鳴った。
「《気配察知》と、《隠密》。……先に気づければ、戦わずに抜けられるから」
(逃げる芸に、私の三日月を払うのか)
ピエロの指はまだ《鎌術》の上にある。その指からいちばん遠い名前を念じた。
《気配察知》を取得:スキルpt 3(はい/いいえ)
はい、と念じるだけなのに、指先まで力が入った。
【《気配察知》を取得しました】
顔を上げると、帳場から身を乗り出した店長と、その隣の結衣ねえが、並んで僕をのぞきこんでいた。
「……今ので、取れたの?」
「う、うん。たぶん」
たぶん、じゃない。天の声は頭の奥ではっきり聞こえた。
ピエロが、僕の耳のすぐ横まで顔を寄せていた。何も言わずに、僕の目尻へ指で目張りの線を引くまねをする。線が本当に付くのは、入れ替わったときだけだ。
そっちを見ないまま、《隠密》の名前を念じた。
【《隠密》を取得しました】
(逃げる芸と、隠れる芸か)
ピエロがつまらなそうに肩をすくめた。
(臆病者の買い物だな、少年。客人は、逃げ隠れする役者を見に来ない)
臆病なのは自分でも知っている。その臆病さで、半年間、毎日生きて帰ってきた。
(もういいだろう。残りは、三日月に回せ)
「あと、《投擲》」
自分で思ったより大きな声が出た。
「《挑発》が届かない所にも、石なら届くから」
【《投擲》を取得しました】
(今度は石投げか。広場の子どもの遊びだ)
「ほう」
店長が目尻のしわを深くした。
「派手なのは1つも取らないんだなあ。うちで撒き菱をいちばん先に買っていくお客さんと、同じ選び方だ」
「堅実だ。……律くんらしいよ」
同じ買い物に、臆病と堅実の値札が2枚付いた。
結衣ねえだけは店長の褒め言葉にも笑わず、まだ僕の顔を見ている。
取得可能なスキルの行を、もう一度念じて開く。《気配察知》と《隠密》に3ずつ、《投擲》に2。18から8が引かれている。
取得可能なスキル:《鎌術》(3)
スキルpt:10
(10あれば、まだ三日月まで足りる)
返事はしない。さっき声に出して、懲りたばかりだ。
(……そうか)
ピエロが棚のほうへ顔を背けた。返事がないのを、返事に取ったらしい。
取ったばかりの《気配察知》で、試しに棚の裏を探ってみる。分かったのは、ほこりのにおいだけだった。
「明日、いつもの6層で、試してみる」
「潜る前に、知らせなさい」
結衣ねえはそれだけ言って腕を組んだ。昨日、潜るのはやめなさいと言ったのを、取り下げた顔ではない。
「試したら、帳面に書いてごらん。手袋のページの、次にでも」
店長が胸ポケットの鉛筆を指で叩いた。昨日、店長が帳面に作った手袋のページの、続きに書けということだ。
壁の向こうが分かるのか。石がどこまでまっすぐ飛ぶのか。
棚に顔を向けたまま、ピエロが言った。
(明日、その石投げの腕を見せてみろ、少年)




