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弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった  作者: 月見まっちゃ
第2章 数字は飾り

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第13話 一目で

「これ、りっちゃんだよね」


 違う、とは言えなかった。自分のしたことで、嘘はつけない。

 家の前で自転車のハンドルを握ったまま、僕は一歩も動けなくなった。


 結衣ねえがこちらへ向けた画面では、今日の配信に映った猫背の僕が、口を開けたところで止まっている。


「……うん。ごめん」


 練習帰りのジャージのまま、結衣ねえはいつからうちの前で待っていたんだろう。


「部の子から、二画面が回ってきたの」


 三上さんの配信と僕の配信の同じ瞬間を、左右に並べた切り抜きだ。


「顔、ほとんど映ってないのよね。だから、今日の配信を開いてみたの。声聞いて、すぐ分かった」


 教室では半年、誰の耳にも残らなかった声なのに。

 前髪の下の目も、この声も、結衣ねえは小さいころから知っている。


「半年」


 結衣ねえの声が一段低くなった。


「半年も、黙ってたの? 放課後はお店のバイトで、売り物の道具を試してるって、言ってたよね」


 道具を試していたのは本当だ。

 試す場所がダンジョンだと、言わなかっただけで。


「さっき、りっちゃんちの呼び鈴、鳴らしたの。おばさん、まだ帰ってないって、それだけ」

「『ダンジョン?』って聞き返したら、おばさん、黙っちゃった」


 うちの窓には明かりがついている。

 母さんは、僕との約束どおり、行き先を言わずにいてくれた。母さんを言葉に詰まらせたのは僕だ。


「おじさんもおばさんも、とっくに知ってたんだ。あたしだけ、知らなかった」

「配信のことは、言ってない。あたしから言うことじゃないし。……でも、おばさんたちにも怒ってるから」


「……言ったら、反対されると思って。ごめん」


「反対されるようなこと、してるの。りっちゃんは」


 どこから見ても、正しいのは結衣ねえのほうだ。


「……夜だし、送るよ」


 自転車を押して、結衣ねえと並んで歩きだす。

 一歩ごとに、腰と左脚がきしんだ。顔には出さない。ばれたら、叱られる話がもう1つ増える。


 結衣ねえの家までは歩いて数分しかなく、話を済ませるには短すぎる道だ。

 小学校の通学班のころ、泣いて歩けなくなった僕の手を引いて、ここを帰ってくれたのが結衣ねえだった。

 たぶん結衣ねえの中で、僕はまだあのころのままなんだと思う。


「冒険者、やめなさい」


 前を向いたまま、結衣ねえは言った。

 オレンジ色のジャージの肩にかけたシューズ袋の紐を、結衣ねえは指が白くなるほど握っている。


「二画面で、りっちゃんが群れのほうに飛び出してくの、見たの。……怖かった。すごく」


 先週の土曜、群れの前に飛び出したあの日は、僕だって怖かった。ただ、怖がるより先に足が出ていただけだ。


 やめる、とは言えなかった。


 ピエロに体を貸すのは、モンスターの前だけと決めている。

 ダンジョンを手放したら、ピエロに斬らせていい相手が、どこにもいなくなる。

 それだけは口に出せない。


 結衣ねえの半歩後ろを、僕にしか見えないピエロが、片脚に重心を流しながらついてくる。

 ピエロはさっきから、結衣ねえの足元ばかり見ていた。


(よい足だ。かかとが落ちる前に、もう次の足が出ている)

(舞踏の稽古をした足さ。……なるほど。少年の乳母(うば)か)


 ピエロは喉の奥で笑った。乳母、つまり僕の世話係らしい。


(乳母が、舞台を取り上げに来たわけだ)


 1つ上なだけの高校2年生を、子守りの婆や扱いしないでほしい。

 言い返せば、独り言になる。僕は黙ってハンドルを握り直した。


 次の街灯の下で、結衣ねえが足を止めた。

 どうやら話はまだ終わっていなかったらしい。


 結衣ねえは親指で画面を何度か滑らせて、今日の配信を先へ送っていく。

 止まったのは、ピエロがコボルトを3匹片付けた直後だった。いちばん見られたくない所だ。


 画面の中の僕は、背筋を伸ばして斜めに立ち、鎌の柄に両手を重ねている。

 僕の体なのに、僕はあの立ち方を知らない。


 結衣ねえはその画面を、僕の顔の横に並べた。


 街灯の下で、猫背の僕と、背筋の伸びた僕が隣り合う。


 結衣ねえの肩越しに、ピエロも画面をのぞきこんでいる。自分の立ち姿なら、ピエロは何度見ても飽きない。

 見入っている場合じゃない。並べて見比べられているのはこっちのほうだ。


「立ち方が、違いすぎるの」


 結衣ねえは、画面と僕の顔を何度も見比べた。

 毎日、人の体の動きばかり見ている目だ。


「片っぽの脚に体重のせて、首までまっすぐ。部でも、あそこまで立てる子、いないの」


 結衣ねえが画面を一度だけ叩いた。

 小さなスピーカーから、短く区切った僕の声が流れて、すぐに止まる。

 近所の誰にも聞こえていませんように、と本気で祈った。


「声もそう。りっちゃんの声なのに、喋り方が、全然りっちゃんじゃない」


「ねえ」


 結衣ねえは、画面を下ろさなかった。


「黒手袋って、りっちゃんと別の人みたいよね?」


 ピエロと入れ替わったあとの僕を、視聴者はそう呼んでいる。

 頭の上で街灯がじじっと鳴った。


「……て、手袋の、演出だよ。見た目が変わるやつ、で」


 前髪の下で、目を逸らした。


「キャラ、作ってるだけ」


 コメント欄のみんなにしてきたのと、同じ説明だ。

 これだけは結衣ねえに言いたくなかった。


「……りっちゃんに、あんな顎の上げ方、できるわけないの」


 納得していない顔のまま、結衣ねえは画面を見ていた。

 隣に立っている僕じゃなく、画面に映った、もう1人のほうを。


(乳母は、目が利く)

(客人の誰も、そこまでは見なかった。少年の立ち方と、私の立ち方の違いなど)


 ピエロの声は機嫌よく弾んでいた。

 ばれかけているのに、いちばん喜んでいるのはピエロ本人だ。


 結衣ねえは画面を消して歩きだした。


「もう一回言う。やめなさい」


「……ごめん。やめない」


 声は震えたのに、足は、結衣ねえの隣から半歩も遅れなかった。


「あ、あの、浅いほうの、6層あたりまでしか、行かないから。いつも、その辺を歩いてるだけで」


 こっちは本当のことだ。


「6層って、どのくらいなの?」


「え、えっと、10層までが、上層っていう浅いほうで。6層は、その真ん中くらい」


「真ん中って言われても、分かんないの」


 結衣ねえはしばらく黙って歩いた。何か決めるときの黙り方だ。


「それなら、潜る日と、帰った時間。毎回、あたしに知らせなさい。メッセージでいいから」

「やめるまで、毎回」


「……約束する」


 それだけだと軽い気がして、言い足した。


「帰ったら、すぐ送る」


 結衣ねえの家の門が見えてきた。

 このまま黙って着くのが怖くて、僕は急いで口を開いた。


「そ、そういえば、明日から、店、開くんだ。店長が、今日退院して」


 結衣ねえがぱっと顔を上げた。

 名案を思いついた顔だった。僕にとっての名案じゃない。


「店長さん」

「りっちゃんが道具を試しに潜りだしたの、店長さんのお店からよね」

「おばさんたちは、もう許しちゃってるし。頼めるの、店長さんだけ」


「明日、店長さんに叱ってもらう」


 言い切って、結衣ねえは門の中へ入っていった。


 かしゃん、と門が閉まる。

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