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7 教え

 正午になってディエゴが戻ってきた。

 会議は混沌を極めたそうで、王のおかげで落ち着くのが早まったが鍛錬計画は期待できるようなものに落ち着くことは出来ず、辺境伯の考え方を三分の一ほど反映させたものとなった。


 高度な武術の教授ではなく、基礎的な物だけであり女性騎士が教える立場に立つことは許さないという物で、王様の意見が通って、基礎的な内容であるなら教える方法はこちらの自由らしい。


「私とイネスは無理という事ですね」


「ああ、すまない」


「ディエゴ隊長が謝ることじゃ、ありませんよ。あの辺境伯のせいでしょうから、時代錯誤も良い所ですよ。今は女性騎士の立場もある程度は認められているのに……」


 異教徒との戦いが起こる前、遥か昔の戦いで活躍した女性騎士の活躍で各国の女性全体の地位が向上し、技術という男女関係なく宿る物により、女性に対する蔑視、軽視は減ってきているがまだあるのが現状だ。


「辺境伯にも国を守る立場あるのは分かるが、あれはいけないよな」


「エディエンスに同意するのは嫌だが、全くそうだな」


 ハインリヒの言葉にエディエンスは分かりやすいほど驚いた顔をする。


「ハインリヒ……俺が嫌いなのか? 俺はこんなにお前の事、愛しているのに! ああ~~一方的な思いとはこういう事をいうのか」


「その無駄に演技染みたセリフをやめれば、嫌いじゃないんだがな……」


 そうなんだよな。

 カッコいいから騎士になっただけあって、こいつは演技みたいなセリフと口調を好むんだよな。それが、私たちはどこかむずがゆくて嫌いなんだよな。

 多分、やめても好きになることはないけど……


「そうなのか! よし、今日からやめるぞ!」


「隊長、こいつを鍛錬の時、連れていくつもりですか? 絶対に向こうの騎士から嫌がられますよ」


 ハインリヒの苦言にディエゴは頭を抱える。


「そう、だよな。こいつを連れてきた方が楽だけど、絶対に文句が出るよな」


「大丈夫ですよ。文句なんて言えないほど鍛えるので」


「それも問題なんだよ」


 そんな会話もあったが、ディエゴは結局、ハインリヒとエディエンスを連れて指定された訓練場に向かった。夜までやるらしいので、暇になった私とイネスはどうしようか悩んでいた。


 この町の事、知らないから……何をして時間を潰せば、鍛錬したいけどディエゴの話では私たち女性騎士は訓練場に顔を出すこともいけないらしいから、出来ないかな。


 そうなると、何もすることがない。

 私は正面に座るイネスを見る。

 濃い栗色の長髪を低い位置でまとめた落ち着きのある面立ちで、その茶色の瞳は観察するように私の方を見ていた。

 イネス・マリア……ガリシア騎士団の中でも少数な私と同じ女性騎士の一人。

 同じ隊で同性だが、私が彼女について知っている情報は少ない。知っているのは常日頃から読書を好む事と聖書を読み込み、独自の解釈と考察を持っている事のみ。

 良い機会ね。

 前から仲良くなりたかったし、イネスさんと親交を深めようかな。


「イネスさん、何かしたいことありますか?」


 私の問いにイネスは少し間を空けた後に、端的に答えた。


「特にありません」


 特にないか……私も特にないんだよな。

 行きたい場所があったら、そこで話したかっただけどな。しょうがない、宿の一室で話すか。


「それじゃ、イネスさんていつも読書してるけど、何で今は本読んでないの? 手元にもないし」


 先ほどから思っていた疑問をぶつけてみた。

 イネスはこの巡礼で読む用の本と、巡礼で立ち寄った町で買った本を含めて10冊以上を持っており、手元に持てないので馬車の端に置かせてもらっていた。

 そんなイネスが本を読まず、手元にないなんておかし過ぎる。


「本は全部読み終わっちゃったので……」


「ああ……」


 時間いっぱいあったけど、早すぎでしょ。


「ああ……行きたい所ありました」


「そう。私も付いて行って良い?」


 何となくどこにいくか想像出来るけど。


「良いですよ」


 私はイネスに付いて行き、商人の出入りが多い商人街が向かった。

 そして本を扱っているお店に入った。

 そこには様々な本があり、裕福そうな格好をした人たちがちらほら居た。

 技術で大量に写本出来るようになっても、羊皮紙は高価なので本は高価な物の代表だ。平均的に一冊の値段は5~10枚ほどの金貨が求められる。

 私は本棚を雑に眺める。

 ロランの歌、霧子の歌、アルトリウス王物語、騎士と妃、大聖堂物語、アレキサンダー大王物語、聖人伝など多種多様なジャンルが揃っていた。

 これほど蔵書があるなら、時間は掛かると思うけどイネスも一冊、二冊は買うだろう。買い終わったら、どこかで茶でも飲みながら話すのも良いだろう。

 そんな事を考えながらイネスを見ると、その顔は曇っていた。


「どうしたの?」


「いえ、大したことじゃないんです。ただ、読んだことのある本しかなくて……」


 はっ? ここ店内は狭いけど視界に収まらないほどの本があるし、数えても100冊は超えると思うけど、これ全部読んだことあるの……


「ヴァレリア、その違うお店に行っても良いですか?」


「はい……」


 その後、二、三件ほど巡ったがイネスが読んだことのない本は無かった。


「その……修道院に行っても良いですか?」


「修道院に本があるの?」


「はい、印刷技術のない一昔前は修道院にある写字室で本が写本されていたので、今もそこに写本の元となる本が置かれていることが多いんです」


 そんな説明を受けながら、私はイネスに連れられ修道院に向かった。

 前にもこの町の修道院に来たことがあるらしく、その時も読んだことのない珍しい本が置いてあったらしい。その時はすぐに移動しなければいけない状況で蔵書の全てを確認出来なかったからとイネスは少し嬉しそうに語る。


「ここです」


 修道院とは修道士が修業する場所のため、人里離れた場所にあるのが普通だが、この修道院は城壁外近くの山にあり、1~2時間ほどで来れた。

 イネスが修道士に確認を取り、本を持って良いことになるとさっそくイネスは写字室に向かった。机一つを囲むように本棚が並べられた簡素な部屋をイネスは笑顔で楽しんでいた。

 イネスの読み通り、そこには珍しい本がたくさんあり全て持って良く事も出来ないので特に気に入ったという本を三冊ほど持って良くことに決めたらしい。

 この三冊を決めるのに大変時間が掛かり、全てが終わった頃には日が傾き、空は赤くなっていた。


「私の用事にずっと付き合わせて、すいません」


 イネスは私に向かって頭を下げた。

 私はそれを見て、言葉が咄嗟に出る。


「いえ、暇だったので良い時間潰しなったから良いよ」


 まぁ、本音を言えば仲良くなりたい所だったけど。


「それでも迷惑を掛けたのも確かなので、お礼として私が出来ることを一つしてあげましょう」


 そうイネスが指差した先にはボックス型の告解室があった。


「私、これでも元シスターなので告解は得意なんです」


「え、そうなんですね」


「懺悔しますよね? しますよね?」


 私は半ば、強引な形で告解室に入れられた。少し後に向こう側にイネスが入る音が響き、私は背筋を伸ばし、何を告白しようか悩み始める。

 後悔している事は大きいけど、悔いるような罪は無いのよね。

 いや、この場合は自分の思っている事を吐露するのも良いのよね。それなら、元シスターのイネスに言いたい事というか聞きたいことがあった。


「シスター様、私の罪をお聞きください」


 仕切り越しにイネスの声が返る。


「父と子と聖霊の御名によって」


 私は自分の思いというか考えを答える。


「私は騎士として今、巡礼者を護衛しています。その護衛の時、野盗を切り殺す事があるのですが、これは罪なのでしょうか? 勿論、騎士なので正当性のある殺しが罪に問われない事は知っていますが、一人の人間としてどうしても考えてしまうのです」


 仕切りの向こうは何も言わず、聞くことに専念しているようだった。


「巡礼という聖なる行いに殺人という闇が付きまとってしまうのはいけないのでは? と、そもそも騎士が人を殺すときの正当性なんて確固たりえるものではない。正当性、正義という言葉を盾に人を悪辣に殺している騎士もいるかもしれない! 私は分からなくなったんです、今まで信じていた騎士の正義、信仰心に心から顔を向けることが出来なくなっているんです」


「イネス、教えてください。私が持つべき正義とは、信仰心はどうあるべきなんですか?」


 私の告解と疑問に、イネスは間を置いた後に答え始めた。


「私がその問いに答えるためには、私の昔の話を聞かせなければなりませんね。少し時間が掛かりますけど、良いですか?」


「はい」


 イネスは自分の過去を語り始めた。


「私はあなたが知っている通り、元シスターです。自分でいうのも何ですが、珍しいですよね。信徒や司祭、神父が騎士になることは多いですが、シスターが騎士になることなんてほとんどありませんからね。シスターとは、回復や解毒に特化した秘術の使い手で女性だけが名乗れる肩書ですので、戦闘に必要な秘術を持っていないので騎士になることはないのですが、私はどちらの秘術も使えましたので騎士になることが出来ました」


「話が逸れましたね。私はシスターとして城壁はないですが、大きな街の教会で仕事に務めていました。そこはシスターの育成所的な役割もあったので同い年で同性の友達も居ました。ですが、5年前のある日、千人規模の野盗団が襲いました。町には数十名の兵士と数名の騎士が居ましたが、数の暴力に抗うことは出来ず、町は野盗団に占領され……私たちは非人間的な行いをされました。その後、野盗らは食料が減ったことで私たちを捨て、町を去りました。その後、そこにガリシア騎士団がやってきて生き残った人たちを救助しました。その時、久しぶりに再会した私の友達は心に酷い傷を負っていて人とは到底言えない状態になっていました。私はその時、復讐を誓い、騎士になりました」


 私は驚いた。

 イネスの過去もそうだが、それ以上にイネスの口から”復讐”という単語が出たことに対して。


「その後、私は騎士として活躍していき、事件から1年後にその野盗団を見つけ、仲間と共に殲滅しました。復讐という教義に反する行いをしてでも私は友達のために行いました。その事を報告しても、友達は何も変化はありませんでしたし、その時私は痛感しました。この一年間、友達の心のために行動していれば友達の心は戻ったんじゃないかって……私は取り繕っていましたけど、復讐に囚われていたんです。大事な友達を復讐をする理由にしてまで」


 言葉からイネスの苦痛は伝わってきた。


「正義とは、信仰心とは……あなたに助言すべき私も理解出来ていないんです。でも、これだけは言えます。あなたの正義が、信仰心がどんなものであれ神が何か言うことはありません……ただ自分に嘘を吐いてはいけませんよ。嘘とは自分に吐いても、他者を傷つけるもので、思いから顔を背けるものですから」


 イネスは締めるように続ける。


「あなたの償いは、自らに嘘吐くことなく誇れる正義と信仰心を見つけることです。そして、それを見つけた時は、それに従って行動しなさい……私は父と子と聖霊の御名によって、あなたの罪を赦します」


 イネスの言葉は、赦しの宣言よりも重く胸に響いた。

 私は剣を振るう理由を、もう一度見つめ直さなければならない。

 正義のためか、怒りのためか、信仰のためか、恐れのためか。

 その答えを見つけるまで、私は歩き続けるしかないのだ。

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