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6 他国

 その後、また馬車に戻り、何とか都市ライオに到着した。

 ゴスブルと同じく城壁の門を潜ると、香辛料と焼いた肉の匂いが鼻孔をくすぐった。

 同じ聖地を目指す巡礼者たちが十字架の描かれたホタテ貝を下げていた。

 ディエゴは駐屯所と冒険者ギルドへの報告のため、一旦分かれることになり、私たちは巡礼者のための設備が揃った場所に向かい出した。

 ライオはライオ王国の首都であるため、町中に居る兵士や国お抱えの騎士も多く。

 一瞬、私たちの剣を見るがすぐに許可証とカセレス騎士団の象徴が縫われたサーコートを見ると、恭しく礼儀して私たちを送った。


「ガリシア騎士団は人気ですね」


 アランの呟きに私は反応する。


「この国にも騎士団はあるが、聖地巡礼が流行の今は巡礼者を護衛するガリシア騎士団の活躍は広まっているからね。安心安全の巡礼を可能とする騎士団が有名になり、人気になるのも必然ね」


 そんな会話をしながら進んでいくと巡礼者のための施療院が見えてきた。

 施療院を中心に巡礼者の宿が立ち並んでおり、私たちはその中で良さそうなのを選ぶと部屋を取った。       

 作戦会議をするためディエゴを待っていると私たち騎士だけが宿屋の主に呼ばれた。


「あんたら、ガリシア騎士団でしょ。表に騎士が来てるよ」


 主人の言葉に私たちは疑問符を浮かべながら、宿屋の外に出る。

 そこにはマントに緑色の百合十字が刻まれ、金属鎧を纏った騎士が複数立っていた。

 緑の百合十字、それはライオ王国の宗教騎士団、フリアン騎士団の象徴だった。


「ガリシア騎士団の騎士だな。我らの王がお呼びだ」


 その集団の先頭に立つ騎士が私たちに重く告げる。

 雰囲気と私たちより数が多い事から、拒否することは出来ないといのが分かった。

 だから、私は答える。


「帯剣はしてもよろしいですか?」


「王の御前に入るまでは許そう」


 私たちは部屋に戻り、剣を帯びるとフリアンの騎士に連れられ、王城に向かった。

 王城の入り口にはディエゴの姿もあった。


「遅かったな。良いか、絶対に剣抜くなよ」


 そういうディエゴの周りには私たちを連れてきた騎士たちの倍の数の騎士がおり、その中にはディエゴ並みの技量を持った騎士が二、三人居た。


「こちらに来い」


 私たちはフリアンの騎士を先頭に、まるで罪人のように連れられて行き、扉の前で止まった。


「ここから先は王の御前だ。武器を回収する」


 私たちは抵抗することなく扉の脇に居た騎士らに武器を預ける。

 そして準備が終わると、扉が開いた。

 奥は大きな空間が広がっており、一番奥の王座に王冠を被った男が座していた。

 その男の左右には大臣や貴族と思われる者たちが立つか、豪華な椅子に座っていた。

 私たちはディエゴを先頭に進み、一定の距離まで来ると跪き、頭を垂れた。

 そしてディエゴは口上の言葉を述べる。


「ライオ王国の偉大なる陛下に、隣国より参上いたしました。御前に立つ栄誉、身に余る光栄にございます」


 ライオ国王アルフォソ9世は返答した。


「隣国よりよく参った。その労に、ライオ国王として感謝を述べよう。我が宮廷は、客人を歓迎する。そならを呼んだのは、ただ礼を交わすためではない」


「そなたらガリシア騎士団の武名、すでに我が耳にも届いている。戦場ではなく巡礼道で、敬虔な信徒を守るための刃、その刃の冴え、そして何より騎士として気骨と節度を備えた者たちと聞く」


 王の視線が動くと、ディエゴの丁度横にフリアン騎士団の若い騎士が立つ。


「見ての通り、我が国の若き騎士たちは、いま成長の途上にある。故に、彼らには”外の風”が必要だと我は考えている。同じ訓練、同じ教えだけでは、強さは頭打ちとなる」


 一旦区切った後に、王のはっきりした声が王座の間に響く。


「そこでだ。そなたらには、しばし我が騎士たちの鍛錬に力を貸してほしい。そなたらの技と経験を、彼らに示してやってほしいのだ。これは我が国にとっても、そなたの国にとっても益となろう」


 王が騎士らに鍛錬を頼む理由を述べ終えた――重臣席から椅子が軋む音がし、辺境伯と思しき人物が立ち上がった。


「陛下、それはいささか行き過ぎにございましょう。我らがライオの騎士は、代々この地を守り抜いてきた精鋭。その鍛錬に、他国の者の手を借りるなど……まるで我らが無能であると言われているようなものにございます」


 辺境伯周囲の重臣たちのざわめき、空気が張り詰めるのを感じる。


「まして軍事の内情を外へ晒すなど、辺境を預かる身として看過できませぬ。陛下、どうか再考を」


 その言葉に王はざわめきの中、一拍置いた後、静かに手を上げ、ざわめきを鎮める。


「辺境伯よ。そなたの忠誠と誇りは理解している。だが、誇りのみでは国は守れぬ。我が求めるのは、強さだ。昨年の異教国との戦いの敗北で我は、この国の弱さを悟ったのだ。弱さを挫くには強くならねばならぬ、そして強さとは、外から学ぶことを恥じぬ心でもある」


 王は視線を私たちへと向ける。


「この者は客人であり、我が国が信を置くに足る武人らだ。そなたらの力を否定するためではない。更に高みへ導くためにこそ、我は無礼を承知で彼らを呼んだ」


 そして王は、重臣たちへ向けて静かに告げる。


「ライオは閉ざされた国ではない。必要とあらば、外の知をも取り入れる。それが王としての我の判断だ


 辺境伯はなおも不満げだが、王の言葉に膝を折るしかない。

 王は改めて私たちへ向き直る。


「さて……そなたらの意見を聞こう。我が騎士たちの鍛錬に力を貸すこと、受けてくれるか」


 王の声は穏やかだが、王座の間全体が息を吞む。

 重臣たちの視線が一斉に私たちへ向けられる。

 ディエゴが静かに答える。


「陛下の御厚意、身に余る光栄にございます。しかしながら、我らは今、巡礼者の護衛を任とする身。聖地へ向かう彼らを途中で見捨てることは、騎士としての誓いに反します。どうか、この勤めを果たすまでの猶予を賜りたく存じます」


 王座の間にざわめきが走る。

 王の提案を断るのは、どれほど丁寧でも大きな決断だ。

 ディエゴの背後にいる私たちは、その顔を確認する事は出来ないが、物凄い顔をしていることだろう。

 そんな事を考えていると、辺境伯の荒げた声が響いた。


「無礼者! 陛下の御前で”断る”とは、何を思い上がっているのだ。巡礼者の護衛など、我が国の兵でも務まる。王の求めを退けるほどの務めか!」


 辺境伯は一歩踏み出し、私たちを睨みつける。


「そなたらは客人であろう。客人が王の願いを拒むなど、聞いたこともない。それとも、我らライオの騎士を見下しているのか?」


 王座の間の空気が一気に険しくなる。

 重臣たちは息を潜め、王の反応を待つ。

 辺境伯が落ち着いたのを確認すると、王は静かに口を開く。


「よい、辺境伯。そなたの憂いは理解している。だが、この者らの務めもまた尊い。巡礼者を守る誓いを軽んじることはできぬ」


 王は一拍置き、私たちへ向き直る。


「ただし……今日一日だけでもよい。我が騎士たちに、そなたらの技を示してはくれぬか。旅路を妨げるつもりはない。だが、そなたらの剣は、我が国にとって学ぶべき価値がある」


 王の声は穏やかだが、王座の間全体に逆らえぬ重みがあった。

 ディエゴはその言葉に応える。


「陛下の御心、確かに承りました。本日のみであれば、我らの力の及ぶ限りをお見せいたしましょう。巡礼者の安全に支障なき範囲であれば、喜んでお応えいたします」


 王座の間に安堵の空気が流れかけた――その瞬間。

 辺境伯が鼻を鳴らし、冷たい声で言い放つ。


「ふん……“力をお見せする”とは大した自信だ。だが陛下、ひとつ申し上げねばならぬ。あの一団には――女が混じっている」


 王座の間がざわめく。

 私は冷や汗をかく。

 そんな私の状態を知らない辺境伯は続ける。


「女を騎士と称するなど、我がライオでは聞いたこともない。そのような者に我らの若き騎士を教えさせるなど、国の恥にございます」


 辺境伯の視線は明らかに私とイネスに向けられており、侮蔑を帯びていた。

 王はと言うと深く息をつき、静かに言う。


「辺境伯よ、そなたの言い分も分からぬではない。ならば――鍛錬の段取りは、そなたら重臣に任せよう。どの者が誰と手合わせするかも、そなたらで決めよ」


 辺境伯は満足げに頷く。

 分かっている。

 この王の言葉は貴族や重臣たちの考えを尊重するものであって、女性騎士に対する侮蔑や差別を孕んでいるものではないと分かっている……分かっているのに、だ。

 私が女性であるばかりに仲間に迷惑を掛けている。

 女性で生まれなければ良かった……私はその時、初めてその思いを抱いた。

 そんな私を置いていくように話し合いは進む。

 ディエゴが王へ礼をし、私たちに目配せをする。


「陛下、鍛錬の刻限が決まりましたら、私に報告を。王城内で待機しておりますので」


 ディエゴが一人残り、私たちは王城を跡にした。

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