4 何故
ゴスブルまでの道中で野盗に遭遇する事は、ほとんどなかった。それもそのはずだ。
都市ゴスブルはアルカサル王国の軍事都市の一つであり、まだ異教徒国家との戦線が中部の南ではなく北部だった時に、最前線の兵士を支える砦でもあった。
その砦も戦線が前進した影響で、今は大きな物流都市へと変貌していた。だが、異教徒との戦いでしごきにしごかれた兵が常駐しており、ゴスブル付近に発生した盗賊・野盗を物流を維持するために問答無用で殲滅していった為に、この辺りは無法者も近づかない安全な場所となっていた。
そして私たちは10日掛けて、ゴスブルに到着した。
大きく高い壁に囲まれ、重要箇所には高い塔が設置された城壁を抜けると、そこには和やかで人の多い都市風景があった。
ディエゴが門付近に設置された関所の兵と会話し、通行許可証と都市内での帯剣を許す証を貰っていた。その間も兵からは憧れの目線を向けられていたのは嫌でも気付いた。
通常の兵士にとって突撃戦からの近接戦闘の花形とも言っていい、騎士は憧れの存在であり、その中で隊長を務めるレベルの騎士となると一部の兵士たちにとっては神様に等しい存在だ。
「あっ、あの握手していただけますか?」
「良いぞ」
ディエゴの了承に尋ねた若い兵士は素早く手袋を外し、手を差し出す。
その手をディエゴは力強く握る。
その兵士と光景を眺めている周りの兵士は感無量という表情をしていた。
「少し急いでいるので、このくらいで良いだろうか?」
「あっ、はい……」
若い兵士がディエゴの言葉にすぐ、手を放す。
ディエゴが去るのを兵士たちは敬礼を持って送った。
「隊長、モテモテですね」
エディエンスの一言に、ハインリヒが反応する。
「ありゃ、しょうがねぇやな。少し訓練した奴なら、隊長の纏う雰囲気を肌でビンビン感じるからな」
確かに、私も初見のディエゴには驚いたものだ。
あれほど濃く死の気配を纏っているのに己の気だけで、それを抑えた上で自分の放つ気として同化させている。はっきり言って、ディエゴレベルの騎士はこの国、いやこの周辺国でも少ない。まぁ、あの兵士たちが感じたのはその同化させた膨大な気だろうけど。
「ハインリヒは隊長と同じ戦場に行ったのに、あんま怪物染みてないけど、どうしたんですか?」
煽っているような言葉にハインリヒは一拍置いてから答える。
「俺は槍使いだからな。刃で凌ぎ合って鬩ぎ合っている奴ほど濁っても染まってもいないだけさ、まぁ隊長は生き残った奴の中でも一番染まってるからな」
「そう言えば、隊長とハインリヒは同じ戦場に行ったのは聞きましたけど、どの争いの何の戦いに出ていたんですか?」
私の気になっている質問に、ハインリヒは言葉を詰まらせながらも答えた。
「俺と隊長が若い時に聖地エレディシュが異教徒に奪還されてな。それで俺は元々帝国の兵士だったから帝国軍として、隊長はリブラン王国まで行って傭兵として”第三回十字軍”に参加したんだ」
あの第三回十字軍に!
三大強国と呼ばれていたリブラン王国、イングラジネット王国、帝国の君主が揃い踏みして聖地奪還という一つの目的の為に連合軍を築いた、あの奪還作戦に。
「まぁ、結果は知っての通り聖地の奪還は果たせなかった訳だが、俺たちの人生を大きく変える出来事だったってのは言えるな」
「あ、あの……その戦いで見ましたか? 獅子心王を」
アランは興奮した様子で尋ねた。
「ああ、見たぜ。あの方は騎士の中の騎士だった」
「あああ、私も会ってみたいな! 騎士になっても会うの難しんだろうな……ああ、これから獅子心王の傍に行けるようになりたいな。そのために何をすれば良いかな、やっぱり強い方が良いよな」
「おい、あいつ大丈夫か? 独り言が長いし大きいけど……」
「大丈夫ですよ。いたって普通です」
アランは完全にヤバい反応を示しているが、これはしょうがないだろう。
騎士好きのアランが最も好きな騎士は、獅子心王ことイングラジネット国王レオニス一世で、レオニス一世の話になると彼は狂うのだ。まぁ私も自分の好きな騎士の話になったら狂うけど。
「ハインリヒさん、今日の夜、一緒に酒場に行きません。そこで第三回十字軍の話を聞きたいので特に獅子心王の活躍を……!」
明らかに嫌そうな顔をするハインリヒはしどろもどろに明言を避ける。
「ああ~~、うん……そうだな。行けたら――」
ハインリヒが困った顔で絶対に行かないであろう言葉を言おうとした瞬間、アランの言葉が間に入る。
「勿論、酒場での代金は私が奢りますので」
「絶対に行くわ」
ハインリヒは酒に負けた。
「えええ、良いな。俺も行きたいです」
エディエンスの発言にハインリヒは得意げな様子だった。
「エディエンス、お前は第三回十字軍に行ってないだろ? 何を話すって言うんだ?」
「く~~、俺も行っていたら奢られていたのに!」
「お前が行っても死ぬだけさ」
そうはっきりとハインリヒは断言した。
「あの戦場は戦闘系の技術持ちでも、半数は死ぬ。持ってねぇ奴はその倍死ぬ。今のお前、ひいては当時のお前が行っても死ぬだけだ」
そこから先、エディエンスは何を言わなかった。
自分より経験も技量も上のハインリヒの言葉は何よりも彼の心に響き、覆しようのない真実となっていた。聞いていただけの私も自分に言われたような気がして、同じ衝撃を受け、納得していた。
「ハインリヒさんだけも何なんで、皆様も一緒にどうですか?」
行きたそうというか奢られたさそうなエディエンスを見て、アランは全員を誘った。
「アラン……君、本当に最高な人ですよ。女だったら、告っている所です」
エディエンスは嬉しそうでアランの肩に腕を回した。
「ヴァレリアも一緒にどうですか?」
「まぁ、お酒は苦手ですけど、盛り上がりそうな会話しそうなので私も行きます」
実は私も第三回十字軍の話は気になっていたのだ。別の機会で聞くのも面倒なので一緒に聞きたい所に、アラン……ナイス!
そこに何も知らないディエゴが戻ってきた。
「どうした? みんなして、こんなに元気そうで」
「隊長、アランがお酒奢ってくるらしいですよ」
「そうなのか……アラン、大丈夫か? ハインリヒは結構な酒豪で飲むぞ?」
「お金はありますので、大丈夫です。隊長さんも来ますか?」
「いや、俺は結構だ」
隊長は何の理由も言わずに、先頭でまた歩き出した。
私たちはその行動に少しの疑問を抱きながらも、イネスも誘ったがお昼に本屋で本を買って、夜はそれを夜通しで読むらしく断られた。
結局、メンバーは私、エディエンス、ハインリヒ、アランの四名となり、私たちと巡礼者共有の寝床である宿屋を出ると、その足で一番近くの酒場へと向かった。
夜なので酒場にはごろつきの男や、昼の疲れを癒すかの如く酒を浴びる男たちの姿があり、騎士としての正装を脱ぎ、平民とあまり変わらない格好をしている私たちはすぐに溶け込んだ。
ハインリヒとエディエンスは酒を飲みほした瞬間から頼み、私とアランはハインリヒが酒を飲む合間に語られる第三回十字軍の話を聞いて、その光景を想像しながら一喜一憂していた。
一時間ほど経つと、酒を飲む勢いも若干落ち、酔いが回ってきた頃に私はハインリヒに騎士としての質問をした。
「ハインリヒは何で、騎士になったの?」
「ああ? 何で騎士になったか? そりゃ、簡単な話よ」
陶器のジョッキを持ち上げ、中身の酒を飲み干し終えるとハインリヒは答えた。
「騎士になる以外の道が無かったんだよ」
「え、それはどういう事です?」
騎士は職種の中でもなるのが難しい部類に入るのに、騎士になる以外の道がなかったというのはおかしな話だった。
「俺は帝国の弱小貴族の生まれでな。まぁ、三男だったから貴族としての責務はなかったけど、簡単に下ることも出来ねぇし、一応貴族だからって武術の稽古は受けてたから、騎士になるしかなかったんだよ。それで第三回十字軍に参加することになっちまった。とんだ不幸だぜ」
騎士には多い話だった。
大半の騎士は貴族の出で、それ以外は武の腕などで見染められた者たちで構成されていた。私は前者に近い後者という感じだが……
「エディエンスはどうして騎士になったの?」
「ああ、ハインリヒの次は俺か……俺も簡単だ。カッコ良いからだ」
「はっ?」
「だから、カッコ良いからだって! カッコ良いから剣術を学んで、その実力が認められて、流れでこの騎士団に来ることになったの! はぁ、何でカッコ良いからって騎士になったんだろう……」
「騎士、カッコ良いからなりたくなるの分かりますよ」
アランが慰める。
「そうだよな。騎士ってカッコ良いはずなのに、実態はこれだよ……疲労が溜まったら酒を飲んで、明日からまた護衛をするだけ。普通の仕事としている事は変わらない。まぁ、騎士になって苦労もしたけど、良かっなって思える事もあるよ……少ないけどな」
「確かにな……騎士って地位的にはちょっと上の平民ってだけだからな」
酒を飲みながらハインリヒが同意する。
「ヴァレリア、お前はどうして騎士になったんだよ。俺たちに聞いておいて、自分だけ逃げられると思うなよ。絶対に聞き出すからな!」
「エディエンス、逃げるつもりなんてないから。私はちょっと複雑なんだけど、生まれが代々騎士を輩出する家系だったの、だから幼い時から女であっても剣術を鍛えてたんだけど、地元の国じゃ騎士になれなかったからこの国に来て、団長を主として騎士になったのよ」
聞いたエディエンスは驚いた顔をしながら、言葉を漏らす。
「お前、自分から志願したのか。騎士の一族なら、騎士の苦しさは知っているはずだろ、女性騎士なら尚更に厳しいことを」
「騎士として十分過ぎるほどの実力は持っていたからね。私はどうしても騎士になりたかったし、団長も私の覚悟と能力を認めて、ちゃんと騎士として叙勲してくれたわ」
「お前、図太いって言われるだろ?」
「さぁ、言われたことないわね」
「嘘だろ?」
楽しい飲み会を終わり、私たちは宿へと戻った。




