3 罪悪感
巡礼者たちは目撃する。
幼子が、老人が、男女が、老若男女問わずその場に居た者たちが確かに目撃した。
人が切られ、声を上げながら、血を飛び散らせ、絶命する瞬間を。
そんな異常とも言える行為を成した私たちに変化は何もなく。
さも、当たり前かのように振舞っている。
「軽装騎兵が居たのは驚きましたけど、規模も小規模だったので難なく対処出来ましたね」
「油断はするなよ。もしかしたら、騎兵を多数保有する大規模な野盗団の一部かも知れないからな。まぁ、最もありえそうなのは馬に乗っていた奴を殺して、たまたま野盗らの中に馬術が出来た奴が居て、軽装騎兵として運営していたとかだろうな」
「そうですね。でも、一応警戒はしておきましょう」
こういう時は万が一を警戒していた方が、その万が一が起きた時に楽なのだ。
私とディエゴが会話をしている最中に、エディエンスは馬車の邪魔になりそうな死体を森林の方にどかしていた。後は森の獣たちが片付けてくれるだろうと信じて。
そして馬車を守っていたイネスとハインリヒに野盗の詳細な情報を教えていた。
伝え終わると、次にエディエンスは馬車の方に向かった。
どうやら馬車の人に事態が収束した事を伝えているようだった。
だが、そこで大きな声が響く。
「人殺し!」
それは少年の声だった。
私はディエゴと話を終え、馬車に近づいていたので少年の言葉がはっきりと聞こえた。
「何で殺したんだよ! 騎士様は明らかに野盗より強かったじゃないか! 捕縛するだけで良かった! ひどいよ、あんまりだよ」
大人たちは何も言わず、少年を見ていた。
人を殺すのはイベリス半島地域や西欧で広く信仰されるアダナイ教の戒めにおいては明確な罪とされているが、それは相手が無実の人の場合に限る。人を殺しても、その行いに正当性が伴っていたら何の代償もなかった。
それよりも、殺し方による罰はあり、卑怯な殺し方をすれば非難されるが今回ディエゴたちは事前に警告した上で、真正面から正々堂々相手しているので騎士として褒められる行いをしたと言える。
エディエンスは少年に近づく。
少年はエディエンスに、人殺しに近づかれびくりと震えるが恐怖で引くことが出来ずにいた。
ただ震えながら、エディエンスの手の中に抱かれる。
「ああ、確かにそうだな。俺は人殺しだが、騎士でもある」
「良いか? 騎士ってのは人を守るために人を殺す事が仕事だ。お前の憧れているような”弱きを守り”、”信仰を守り”、”名誉を重んじる”のは騎士の理想の姿であって、現実ではない。だから、俺はお前にこの言葉を伝えよう……騎士になどなるな」
良いのか? 騎士が騎士を目指している者に向かって、騎士にならない方が良いなんて言うなんて。
まぁ、騎士になっても苦労しかないからな。
「うん、騎士にならないよ」
少年も騎士の本音を感じて、夢を変えた。
見たところ少年は平民だ。平民も騎士になることは出来るが、その道のりは長く苦しい物になる。そんな苦労を背負うことなく人生を歩めるのなら万々歳だろう。
「よし、良い子だ。騎士にならなくても、身近な大切の人は守れよ」
そうエディエンスは少年から離れる。
私は声を掛けようと彼に近づく。
「エディエンスらしいわね」
「ああ、そうだな。騎士になっても得な事なんて一つもない、ただ苦しいだけだ」
「私は、そうは思いません!」
あの騎士好きの男が身を乗り出し、私たち全員に聞こえるほど大きな声で続ける。
「確かに私たち平民や守られる側はあなた方の苦しみや悩みは分からないかもしれない。でも、だからこそ私たちは知っています。私たちの命を守るために、己の命を賭して守るという意地と温かさを……あなた方は自分たちの思っている以上に凄い人たちだ」
私たち、第三護衛隊が耳を預ける。
「どうか、どうかお願いします! あなた方が命を賭して守ってくれた私たちの事を思って、どうか……自分の事、強さを恥じないで、自嘲しないで誇ってほしい。それを否定せず、褒め称え、感謝を述べるのが私たちが騎士に出来る唯一の献身だと信じているから」
「私たちを守ってくれて、ありがとう」
男の言葉に続く形で巡礼者たちが感謝を述べる。その中には勿論、先ほどの少年の言葉もあった。
エディエンスは手で目を覆った後に、少年の方を見ながら言う。
「一つだけ……一つだけ騎士になって良いことがある。命を賭けて守った人たちに感謝される事だ。このたった一つの良いことを聞いて、さっきの苦しみを踏まえて騎士になりたいと思うか?」
少年は間髪入れずに答える。
「うん、絶対に僕は騎士になる」
「そうか……頑張れよ」
こうして野盗の襲撃を乗り越え、騎士と巡礼者が更に親しくり数日間、会話を重ね終えた頃にプエンテに到着した。
プエンテは小さな町だが、『リブラン人の道』沿いのために教会などが宿泊施設として利用できるようになっており、私たちはその施設を利用して休息すると翌朝にはプエンテの中心に流れる川に掛けられた橋を渡って、次の目的地であるゴスブルを二つの町を経由して目指し始めた。
ゴスブルまでの道の途中には起伏の多い丘陵地帯が広がる場所があるのと先ほどの2倍の距離を進むので10日ほど掛かると巡礼護衛を重ねているディエゴが教えてくれた。
そんな長時間、警戒しながら歩くのは酷な事だが、私たちはローテーションして休憩を取りながら進んでいたのと、休憩時間中は各々したい事をしていた為にあまり苦痛ではなかった。
そして私は休憩時間が訪れると、あの男の下に向かって騎士談義を重ねていた。
プエンテに向かう道中の時に名前も知った。
男の名前は、アランというらしく。私も名を名乗り、名前で呼び合う仲になった。
「ヴァレリア、やっぱりディエゴ隊長様は”技術”持ちだよな?」
「そうよ。アラン、あなた”技術”についても知ってるの?」
「知っているに決まってるだろ。著名な騎士は全員、”技術”持ちだからね。どんな技術を持っているかも概略は知っているよ。勿論、騎士の扱う”騎士総合武術”についても知ってるけどね」
「ねぇ、技術って何の話をしてるの?」
少女が興味からか近づいてくる。
アランは少女を受け入れながら、説明を始める。
「技術ってのはね。生まれながらの天才だけが扱える、その人だけが出来る事かな。そして今、武術を含めて私たちが使用している馬車も、剣の鍛造法も元を辿れば技術なんだ。その天才にしか扱えない技術を万人が使えるように、同じことが出来るようにして私たちは発展してきたんだよ」
「じゃ、あの騎士様はそのなんか凄い”技術”を持ってるって事?」
あまりアランの言葉を理解できなかった少女の質問に私は口を開く。
「ディエゴ隊長の技術はあの騎兵を追い詰めた異常な走り方と脚力。言うなれば、”一瞬で間合いを詰める技術”とでも言える代物よ。隊長はね、静止した後のたった一歩で10mを走破出来るのよ」
「どういう事?」
少女はアランに尋ねる。
「あ~~そうだな。つまり、あの騎士様は物凄く足が速いって事かな」
アランの言葉を聞いたエディエンスは思わず吹き出す。
「隊長の……隊長の自慢の技術が、あ、足が速い……絶対、それ以上なのに……ヤバい大笑いしそう」
私も内心、クスッと笑っていた。
隊長の技術は剣術においては大きな利点と成りえる物だ。
一歩でそれだけ移動出来るという事は一足一刀の間合いが広く、常に相手の間合いの外から攻撃出来る事を意味する。
それはつまり、間合いという枠組みでは普通の剣士がディエゴと戦う場合は剣レベルで取り回しの良い槍と戦っていると想定しなければならず、普通の剣士にはまずそんなイメージを抱くことなど無理だ。
「お姉ちゃんはあの騎士様に勝てないの?」
少女が無邪気に私に尋ねる。
アランが引け目を感じてか、少女を制止しようとするがそれよりも早く、私は喋る。
「勝てないわね。でも、それは今の話よ。先の未来のいつかで、勝てるかもしれない」
「じゃ、いつか勝てると良いね」
少女はそう言うとまたエディエンスの騎士物語を聞きに戻った。
残されたアランと私を沈黙が包む。
だが、その沈黙をアランは破る。
「私は……あなたの勝利が近いものに思えますよ。剣術も知らない平民の意見ですけど……」
「そうだと良いわ。だって……」
「本当に毎回訓練で負かされてるのに腹が立たないし、何か納得している自分が居るから余計に自分に対してムカつくのよね」
「ヴァレリアが自分にムカつく姿は想像出来ませんね」
「そう……これでも私、短気なのよ。まぁ、心の中で抑えるから外には出さないけど」
「そうですか……そういえば、騎士は寡黙と聞きますけど、本当なんですか?」
「それはね……」
私たちの巡礼道はまだ続く。




