2 現実
私たちはロンスヴォ―を出て、リブラン人の道を進んでいく。
ロンスヴォーから聖地までは45日ほど掛かる。そのため次の目的地はロンスヴォーから道なりに進んで4~5日ほど掛かるプエンテを目指すことにした。
聖地に至る道は複数存在し、主要な道はイベリス半島全域から来れるように張り巡らされており、ここリブラン人の道は西欧から来る人も利用するため巡礼路の中では一番整備されており、危険な道は少ない。
だからこそ、野党が多く出る。
人が多い安全な道は野盗にとって絶好の狩場であり、商会なども使うために得れる儲けが多いのが原因で主要な巡礼路の中でも最も野党に襲われる確率が多い。
まぁ、現在の国際情勢を考えるに野盗以外も襲ってきそうな状況だが、ここ北部ならそんな危険もないだろう。
そういう訳で我ら第三護衛隊は陣形を組んで巡礼路を進んでいた。
巡礼者らが乗った馬車を中心に、馬車から進んだ形でディエゴが、後方は馬車にぴったり付く形でハインリヒが、私がディエゴと馬車の間をエディエンスとイネスが馬車の左右をカバーする。
戦闘時は状況にもよるがディエゴを中心に私とエディエンスが敵の撃滅を、ハインリヒとイネスが馬車の護衛を担当する。
「この鎧とマント、最高に格好良いだろ?」
確かに自分も着ていて格好言い服装だと思う。
軽量化された騎士鎧の上に白地のサーコート。サーコートにはガリシア騎士団を象徴する赤の剣十字が縫われており、それが全体の印象を高めている。
「カッコいいです」
「騎士様、鎧を触らせて」
「良いよ。後で武器も触らせてあげるからな」
エディエンスは馬車内の巡礼者一行の少年と少女に話していた。
緊張感ないな。でも陽気で人付き合いの良いエディエンスならしょうがないな。
と思い、私はイネスの方を向く。
「ですから、この一節にはこういう解釈も出来るわけです」
「なるほど」
「では、この一文は何を意味しているんですか?」
「それはですね……」
こっちは老人二人と聖書談義していた。
まぁ、イネスは元シスターで聖書が好きだからしょうがない……とはならない。
二人とも騎士ですよね。
護衛任務を受けているんですよね。緊張してるのは私だけですか!
「緊張してないか?」
前から戻ってきたディエゴが心配してか尋ねる。
「……大丈夫です。少し警戒心が強まってますけど、全然大丈夫ですよ」
「うん、緊張してるな」
ディエゴの目は欺けないようだ。
「良いか。これからの事とか、周りの事とか考えるな。考えて良いのは任務の事と自分のしたいことだけだ。お前はそれだけ考えていれば、無意味な考えを極限まで減らし、単純化しろ」
私はディエゴの言葉を実践する。
任務、任務、巡礼者たちを護衛する任務。
したい事、したい事、剣士の……英雄の……騎士の話をしたい。
そうだ。私は、騎士団について妙に詳しいあの男と話したかったのだ。
「したい事は決まったな。そしたら、”それ”をしていろ。護衛は俺とハインリヒみたいな若い頃の熱を失った老人に任せな」
ディエゴもハインリヒも老人と言うほど老けてないけどな。強いて言うならオジサンと言われる年だ。
ウルセラでも少年少女たちにオジサン騎士と呼ばれているのを見聞きした。
まぁ、仕事をサボれるなら良いな。
「分かりました。したい事、してきます」
私は持ち場を離れ、馬車の方に向かう。
それに気付いたあの男が馬車から身を乗り出して聞く。
「何かありましたか?」
「あなた、騎士について詳しい?」
「はい、一通りの有名騎士団は網羅しているので一般人に比べたら詳しい方かと思います」
普通の人は騎士団について知っていても一つくらいで、有名騎士団全てを知っているなど珍しいと私は感心しながらも私自身も網羅していた。
「そう。私も騎士団とか有名な騎士に詳しいのよ。だから……私と騎士談義しないか?」
男は一瞬、驚いた表情をしたがすぐいつもの顔に戻る。
「私は良いですけど、騎士の貴方には任務があるのではないですか?」
「あそこにいる私よりも遥かに強い隊長が警戒してるから大丈夫よ。それに私もただ黙って歩くのは疲れるから、こうやって話しながらの方が体力的にも精神的にも気が楽なのよ」
「……分かりました。そういう事なら、私と騎士談義しましょう」
私はその言葉に内心大いに喜んでしまう。
だから、その感情が第一声の素早さと熱に込められてしまう。
「そしたら、そうだな。互いに一番好きな騎士団について話さないか? 私は……そうだな」
待ち望んでいた騎士談義を始めようとした瞬間だった。
鋭い殺気が、向けられているのを肌で感じた。
この殺気は、私ではなく周囲の人物に向けられているもの。
ひとまずは動こう。
私は急いで馬車の方に向けていた体を外に向けようとする。
守る対象は背中側になければ守れない。
体を完全に反転した瞬間、私はそれを目撃する。
自らに向かって飛来した一矢を剣の刃で持って切り落とすディエゴの姿を。
そして彼の口から発せられる言葉が耳に届く。
「総員警戒態勢。敵だ」
私とエディエンスが馬車の傍から飛び出すように、ディエゴの下に向かう。
背後ではイネスとハインリヒが馬車の周囲を警戒できる位置に移動していた。
ディエゴは私たちが近づいたのを背後に感じたのか喋り出した。
「俺のミスだ。行きはちゃんと探ったんだが、帰りは探らなかったから……その時に潜伏していたんだろうな。敵の数は不明だが、軽装騎兵が一人居る」
軽装騎兵、軽い装備で弓を使う厄介な兵種だ。
決して、野盗が持てる戦力ではない。
「それはどうして?」
エディエンスが尋ねるとディエゴはすぐに答えた。
「矢が飛んできた直後に馬の蹄音が聞こえた。弓を扱う騎兵なんて軽装騎兵だろ……厄介だぞ」
「厄介ですか?」
「環境が悪いな。四方全てを森林に囲まれている現状じゃ、騎兵に遠回りされて攻撃されたり、遅延攻撃でもされたら相当厄介な存在になるぞ」
確かにディエゴの言う状況を想像したら厄介極まりない。
そんな事を考えていると、ディエゴの位置から遠くの左側の茂み奥から6名ほど野盗と思われる者たちが出てくる。と同時に更に離れた森の中から巡礼路に弓を携えた軽装騎士が一騎、姿を現す。
その者らにディエゴは大声で警告する。
「今の射撃は見逃してやる。それ以上、近づくのであれば護衛任務中ゆえに命を危ぶむ者として殺す」
宗教騎士団であり、巡礼の護衛中でもあるため罪を侵すような事を私を含めて全員避けていたので、ディエゴの言葉に退くのなら良かったが、野盗らは気にせず歩みを進める。
だが、少しの動揺はあったようだった。
「ガリシア騎士団ですぜ。ここは退きましょうよ」
「ここで退いたら、どうやって食い扶持を繋ぐんだよ。こいつら襲って、物売って金稼がねぇと死ぬのは俺らだぞ。それなら、やるしかないだろ」
「おい、女騎士が居るぞ。珍しいし、久々の女だ」
「高揚するな」
そんな事を話しながら野盗らは進む。
私たちは剣を抜き、軽く構える。
ディエゴは冷静な様子で命令を下す。
「俺は前の二人を殺ったら、そのまま騎兵の方に行く。残りの四人を頼む」
そう言い終えると野盗ら、そして奥の軽装騎兵に向かって走り出す。
一番前に出ていた二人の野盗がディエゴの急な突撃とも言える走りに、驚きを示すが人を殺し慣れているからか、すぐに剣を振り上げて下ろそうとする。
しかし、ディエゴが二人の間を抜けた時には二人の野盗の胸は大きく切り裂かれ、剣ではなく体が地面へと倒れた。そのままディエゴが騎兵の方に向かったのを四人の野盗は確認すると無視して、私たちの方に駆けだした。
「あの騎士は無視だ。あいつが何とかするだろ」
「二人ずつであの騎士二人を相手するぞ」
「俺、女が良いぜ。そのままやっても良いだろ?」
そう二人の野盗が私の方に向かってくる。
私は抜き放っていたエストックで雄牛の構えを取る。
一人の野盗が何の躊躇もなく、私の間合いに入り、剣を振り上げる。
「恐怖で泣き叫べ! 女ァ!」
私は上半身の筋肉を使って、両腕とその剣先を矢のように鋭く、真っすぐ放つ。
「ぐぅへ……」
刃が首に突き刺さり、私はそのまま横に切る。
傷口が空いた瞬間に、血が噴き出し、辺り一帯を赤に染める。
「あああああ!」
もう一人の野盗は、焦りと恐怖のまま振るわれた刃を私はエストックで受け止め、そのまま刃を巻き返しながら流す。
その勢いのまま、胸のやや左側を刺し貫く。
「ヴえ!」
口から吐かれた血が掛かる前に、刃を引き抜き足で倒す。最初に首を切った野盗も地面に倒れ、首元に大きな血の溜まりを作っていた。
エディエンスの方を見ると、もう一人を殺しており後一人だった。
その一人は私の時とは違い、目の前で仲間が死んだのに冷静でエディエンスの動きを待っていた。
「ほら、動いてあげるよ」
エディエンスが野盗の頭に向かって刃を横に振るう。
野盗は斬撃を受け止めようと剣を上げる。それがエディエンスの罠とも知らずに。
エディエンスの刃の軌道が途中で変化し、急激に下に落ちる。
そして野盗の腹を突き刺す、
「はい、おしまい」
刃を乱雑に引き切り、野盗は前に倒れる。
そして私と同じようにディエゴと軽装騎兵の戦いを見守る。
ディエゴと軽装騎兵の距離は25mほどに迫っており、騎兵は遊んでいるのか距離を取ることなく矢を射り続けていた。
放たれた矢はディエゴの残像に落ち、地面に刺さるのみで掠ることもなかった。
「何で、当たらない!?」
ディエゴとの距離が10mほどになった時に軽装騎兵は距離を取ろうと手綱に手を伸ばそうとしたが、その時にディエゴが足を止めた。
しめたとばかりに、直立不動のディエゴに向かって矢を放つ。
「馬鹿が。死ね!」
しかし、矢がディエゴに突き刺さる前にディエゴの足が地面を一歩、踏み抜いた。
瞬間、彼は人間を超えた速力で10mを一瞬で踏破した。矢は残像を射るというより、置いてけぼりにされたような物で軽装騎兵も思考が停止していた。
「へ?」
だから、目の前でまた止まり溜めたディエゴに向かって矢を放つ事が出来ず、その速力を跳躍に変えたディエゴは馬を超え、それに乗る軽装騎兵を超える。
最高点に達し落下と共に、ディエゴの刃が軽装騎兵の首を断ち切る。
ディエゴと着地と共に軽装騎兵の切り離された頭が地面に転がる。
そして私たちの下に戻ってくる時の表情は、緊張してるかと尋ねてきた時とあまり変化が無かった。
これが騎士の本当の姿だ。
人を殺しても何の変化もない。
これこそ、騎士だ。




