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1 騎士道

イベリス半島、アルカサル王国、ウルセラ。

 厳しい冬が終わりを告げ、温かな日差しが照らし始める。

 私はまだ肌寒い早朝に修道院内にある騎士寮の部屋から動き易い格好で出る。私は騎士団には珍しい女性騎士だが、仲間や町の人たちも私の存在に慣れてきた頃だった。

 その足で修道院の外にある訓練場に向かう。

 木同士がぶつかる音が訓練場内から響き、覗くとそこには自分より早く、訓練に励む騎士の鏡のような人物が居た。


「ディエゴ隊長、相変わらず早いですね」


 その人物は振り向き、目元に刻まれた深い皺と違って衰えを知らない鋭い灰褐色の瞳に私が映る。


「う……ああ、ヴァレリアか。お前も十分、早いだろ」


「早いですけど……」


 私は訓練場の全体像を見る。

 昨日の夜に交換した打ち込み用の木杭にはもう大きな傷が付き、平らだった地面にはいくつもの穴が空いていた。


「また訓練場内で本気で“走り“ましたね」


「はは、すまんすまん……後で直しておくよ」


 そうディエゴは訓練場端に置かれていた木剣からマシそうな奴を一本取り、私へと投げ渡す。

 私が木剣を受け取ると同時に、ディエゴは口を開く。


「それで今日も、やるか?」


「起きたばかりなので、軽めにお願いしますよ」


 私は左足を前に出し、右頬の横から相手に切先を向ける。

 一拍置いた後に、私は踏み込む。

 と同時に、頭部を狙った高めの右水平斬りを放つ。


「軽めにね……」


 ディエゴは半歩前に出る。

 そして、左水平斬りを放つ。

 私は打ち合いになる、と判断し力を入れる。


「ちゃんと見ろ」


 私の力の込もった刃が、ティエゴの操る刃に軽く受け流される。

 そのまま手首を返し、下から掬われる。

 切先が私の眼前に来て、止まった時。

 ディエゴの刃は私の剣の上に来ていた。

 中心線を奪われた。

 突きが来るという予想が私の体を防御優先にし、足と手が止まってしまう。

 そこにディエゴは体重を前に押し出す。

 左手で柄頭を私の胸へと押し、右足が私の左足の外側に踏み込まれる。

 刃は下がるが、私の喉元に突きつけられている。


「終わりだ」


 その言葉に刃を気にした瞬間。

 私は左足を払われ、転倒した。

 刃を気にし過ぎた……

 膝で私の腕が押されながら、切先は喉元へと据えられる。


「自分で何をミスったか分かるか?」


 ディエゴが私の上から退き、手を差し出す。

 私はその手を取りながら立ち上がり、答える。


「分かりますよ。その位の技量と経験はありますから」


 私は打ち合う前提で動き過ぎた。

 それを分かっていたディエゴは打ち合いをあえて避ける事で、私の動きを後手に回らして自分の流れに持っていった。その流れの合間に、突きの脅しを受けて私の心が弱った時点で私の敗北は決まっていた。


「やっぱり隊長は強いですね。これでもここまで来る時に出会った野党どもは余裕で殺せから、ガリシア騎士団(ここ)でも上手く行けると思ったんですけど……」


 ディエゴが私の顔を見ながら話し出す。


「確かにお前は騎士団の上位層に匹敵するほど人を殺してきているが、それじゃダメなんだよ。今までお前は自分を守るために、生きていくために剣を奮っていた。だが、騎士になったら自分だけじゃなく同時に他者のことも生かすために剣を振るわなくてはならない」


 ディエゴは更に私の眼球の奥底、心を覗くように続ける。


「お前は、最終的に相打ちなら自分の勝ちだと考える人間だろう。だが、それは騎士の考える勝ちじゃない。騎士の勝ちとは“自分が生きて、味方が一人も死んでいない“状況だ」


「綺麗事ですね。でも、私はそういう騎士になりたいんです」


 そういう騎士になれば、故郷から遠いこの地に来て、ガリシア騎士団に入った意味があるという物だ。


「綺麗事か……そうだ、綺麗事だ。でも、俺はお前がいつかそういう騎士になれるような気がするよ」


 そんな会話を終える頃には、他の騎士たちも訓練場を訪れ、その惨状を目撃することになる。


「隊長! またしたんですか!」


 やや長めの栗色の髪を後ろに流した男は舞台俳優のように整った大きい声を出す。その隣に立つ金髪を後ろで束ねた大柄な男が豪快に笑う。


「ここは戦場か。誰だ? 落とし穴掘ったの」


 その二人の側を抜け、少し傷を負った私に手を向け、聖句を呟き始める女性。


「『主よ、かの者を癒やし給え』」


 木剣が掠ってついたすり傷が急激に癒えていき、傷跡一つ残らない。


「ありがとうございます。イネス」


「いえいえ、僧侶騎士としての役割を果たしただけなので……」


「イネス、俺の方は気にしないのか?」


 ディエゴが珍しく軽口を叩く。


「隊長様がヴァレリアと戦って、傷を負うはずがありませんので」


「そうだが……心配されないのは悲しいぞ」


「隊長様が悲しんでるぞ! ハインリヒ、今なら隊長に勝てるんじゃないか?」


「無茶言うな。まだ、ウォーミングアップも済んでないんだぞ。俺をヴァレリアや隊長と同じ人種だと思わないでくれ」


「エディエンス、俺と戦いたいのか? よろしい、掛かってこい」


 ディエゴがいつもの軽口だと分かっているのに、食って掛かる。


「隊長、冗談が過ぎますよ」


「冗談じゃないぞ」


「騎士として辞退しても?」


「無理だな」


 その後、隊長にフルボッコにされるエディエンスの絶叫と共に太陽は天辺に到達し、沈み初めの頃に私たち、ガリシア騎士団第三護衛隊の面々は団長に呼び出された。


「第三護衛隊の諸君、揃ったかな?」


「はい、第三護衛隊全5名揃いました」


 団長とディエゴが少し形式張った確認を終えると、団長は机の上に置かれた羊皮紙を一枚取り、ディエゴに渡しながら話し始めた。


「諸君らに護衛任務の依頼だ。依頼主は巡礼者たちからだ」


 ディエゴは依頼内容が書かれた羊皮紙の内容を確認するように団長に問う。

 団長も分かっているので丁寧に答える。


「巡礼者らの規模はどの程度ですか?」


「諸君らと同じくらいで馬車を伴って行くと聞いている」


「それなら十分守りきれそうですね。年齢層は?」


「依頼を出しにきたのは若い男としか、確認不足だった」


「いえ……馬車があるので老いた方でも十分護衛は可能かと思いますが。念の為の質問ですのであまりお気になさらず」


 ディエゴは一通りの質問を終えると、最敬礼を取る。

 私たちもそれに触発され、最敬礼を取る。


「それでは我々、第三護衛隊は任務に向かいます」


「無事を祈る」


 団長の言葉を最後に、私たちは中央修道院を後にする。

 イベリス半島中央部から巡礼者らと合流するために北へと向かう。


 ナファロア王国の町、ロンスヴォー。

 ここは、西欧の中でも西側に位置する大国、リブラン王国の人が聖地に向かうための巡礼道の最初の方にある町で、その道はリブラン人の道と呼ばれている。

 そんな街に馬に乗って2日ほど掛けて、到着した。

 イベリス半島北部は高原と山岳の地形で、馬でも時間が掛かった。

 予定していた集合場所に向かうと、そこには5~6名の巡礼の団体が居た。


「ガリシア騎士団第三護衛隊です。依頼の代表者はどちらに?」


「あ。私です」


 そう若い男が団体から外れ、前に出てくる。


「まさか、受けていただけるとは……」


「我ら騎士団の本懐は聖地に赴く巡礼者の護衛ですからね」


 男は感極まった様子でディエゴの手を握りながら饒舌になる。


「頼もしい限りです。守護やカウンターにおいては、他の騎士団の追随を許さないガリシア騎士団に護衛してもらえるなんて……これは死ぬことはないでしょうね」


 男は西欧中に響いているガリシア騎士団の噂を信じているようだった。

 ディエゴは宥めるように男に言う。


「確かに我ら騎士団は守護を得意としますが、安心しきっていけません。旅は危険なものです、我らだけではなく皆さんも常に警戒してください。勿論、危険が起こった際は我ら騎士団が命を賭して皆さんの命をお守りしますので」


「はい、お願いします」


 こうして長くも短い、巡礼道中が始まった。

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