1-8.
水島が星野の家に置いていく荷物は日々増えていき、ひと月もする頃には水島は星野の家に「来る」のではなく「帰る」ようになった。その後も水島が「帰る」頻度が上がり続けているうちに、最初は別れていた衣類の置き場所は徐々に混ざり合い、靴下の所有者はあいまいになった。
晴れた土曜日。星野は朝から狭いベランダで洗濯用のピンチに靴下を干す。今週は週の途中で洗う機会がなかったので二人の七日分の靴下だけで十四足。洗濯ばさみは靴下だけで占領されてしまう。下着も同じように十四枚。最近買い足したもう一つのピンチはパンツで終了した。
「乾燥機付き洗濯機にしておいて本当に良かったです」
ベランダから室内に戻った星野は、背後を改めて振り返ってしみじみと言う。多少縮んでも許せるTシャツやジャージ、タオル類はすべて乾燥機に任せている。それでもベランダは洗濯物で超満員だった。
「水曜あたりに一回洗えないときついよな」
星野の声を聞いて覗きにきた水島がベランダの混み方に苦笑いする。
「今週は天気が厳しかったですね。引っ越すときに浴室乾燥ないなら絶対乾燥機買えってアドバイスしてくれた先輩に感謝です。泣けるくらい高かったですけど……必須でした」
「天気の悪い時期こそ、コインランドリー通いも億劫だもんな」
言いながら水島はキッチンへ戻り、火にかけたままのフライパンの中身を確認する。
「目玉焼き、半熟?」
「八分焼きがいいです」
「じゃ、自分で見てて。俺、こんくらいでいい」
水島は二つ焼いていた目玉焼きのうちの一つを皿にうつし、脇で焼いていたベーコンを添える。平日買った総菜の残りを適当に並べたテーブルに目玉焼きとご飯と味噌汁が揃うとずいぶんと立派な朝食になった。
水島が食卓を整える間、自分の分の目玉焼きをじっと見つめていた星野が「こんなもんかな?」と目玉焼きを盛り付ける。星野がテーブルにつくと二人そろっての朝食となる。
「夏は干し方の密度が高くても乾くし、一日二回でも三回でも洗えますけど、秋冬が厳しいですよね」
食べながら星野が言う。
「それもそうだし、ロケとか一日で何度も着替えるようなイベントがあるときも、ちょっと頑張って早く洗っておかないと詰むな」
「そんなこと言ったら、真夏の汗を吸った服を一週間寝かせるの恐怖ですよね」
「怖いな」
「今日もちょっとドキドキしましたもん……靴下二人分一週間……」
洗濯機に洗濯物を移す間、息を止めていたと告白する星野に、水島は箸を下ろして「危険物処理、ありがとう」と頭を下げた。
「学生の頃はなんだかんだ言って暇があったんですよね……洗濯で深刻に困った覚えがない」
星野はしみじみと言う。
「大人ってすげえよな」
「本当ですよ。週五日フルタイムが当たり前で、さらに家のことも自分って……」
休む暇がないと苦笑いする星野に水島は軽く頷く。
「星野は特に忙しいもんな」
「そうですか?」
きょとんとして箸を止めた星野に向かって、水島は少し早口に言葉を足した。
「星野っていうか、会社員っていうか。フリーはさ、休もうと思ったら、休みだから。まあ、働きたいと思っても休みのときもあるけど。……とにかくお前ほど一年中忙しくはない」
星野は箸を手の中で小さく転がしながら、こちらはややゆっくりと言葉を選ぶように答える。
「うちも基本派遣だから。一つ現場終わった後で、いい行き先がないと間が空いちゃうことはありますよ」
「うん。でも会社経由だから案件多いだろうし……。お前なら、大丈夫だろ」
「別に、それほど安定しているわけでも……」
お互いに、何となく視線をおかずや味噌汁に向けたまま、口に何かを運んで言葉のない時間が生まれる。何口か食べ進んでから、星野がちらっと水島を見た。
「水島さんは、会社には所属しないんですか」
水島はちょうど口の中にあったものを飲み下して、続けて水を飲む。問いかけておいて所在無げな星野の視線は自分の箸に落ちた。
「俺はさあ。会社勤め、絶対向いてないと思うんだよな。自分が」
「学生の頃から言ってますね」
「うん。組織の中でうまくやるの、向いてない。そっち方面の才能、全然自信ないわ」
星野は少し考える様子を見せてから「まあ」と小さく呟いて少し笑った。
「飛び込み営業する水島さんとか、経理の水島さんとかはちょっと、想像つかないですね」
「経理は絶対無理だな」
そこから水島が経理担当になったら起きそうなトラブルについての大喜利になり、二人は大いに笑った。笑い過ぎて、上がってしまった息を整えながら星野は水島を見やる。
「やっぱり、水島さんは会社員って柄じゃないですね」
「あれはあれで素晴らしい才能だよ。俺には真似できん」
「水島さん、才能を映画に全振りしちゃってるから」
笑いが残ったままの星野の言葉に、水島の表情にわずかに影が落ちた。




