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星野と水島  作者: 青砥緑
3. Melt-公開前
22/25

3-8.

 映画のタイトルは長い間、仮題が使われていたが、撮影が終了する間際に『Melt』に確定された。発表されたときの、カメラスタッフ達の満足げな表情が印象的だった。真夏のように自然に溶けていくアイス、というお題で延々とテイクを重ねた撮影陣にとって、これ以上ないタイトルであったようだ。星野がこの『Melt』に関わっていられるのが残り数日となったころには撮影の峠は越えており、作業の中心は編集と加工に移っていた。新たな主戦場となった編集室では連日のハードワークが続いている。


 その日は最終退出常連の水島と星野に加えて、赤城も最後まで残っていた。一日の作業結果を二人が確認していくのを、既に集中力が切れたと宣言した赤城は後ろで適当なストレッチをしながら見守っている。

「よし、OK」

 水島が流れていた映像を止めた。それを確認作業終了の合図とみて赤城は星野が編集状況を書き込んでいるシーン表を覗き込んだ。

「お、けっこう埋まったな」

「はい。このペースで行けたらオールラッシュも予定通り間に合います」

「しかも、俺は明日休みが取れる」

 それぞれに返事をした二人に赤城は「なあ」と声をかける。

「星野を呼んだ俺、最高にえらくない?」

 水島がうっとうしそうに振り返って赤城を睨んだ。

「……勝手にな」

 赤城は気にした風もなく体を捻り始めた。体のあちこちからパキポキと音が鳴る。

「映画のために必要な人材を呼んだだけだろ。怒られる筋合いはねえよ」

 水島はじとっと赤城を見たものの、何も言わずに前を振り返り、星野からシーン表を受け取って確認を始めた。無視された赤城は困ったように二人を見比べている星野に話しかける。

「これだよ。何年たっても無駄にプライドが高えとことか全然変わらねえんだよ。今回はまじで助かったけど、これっきり二度と水島になんか関わらなくても誰もお前を責めないからな、嫌ならまたコンビ解消しろよ」

 星野に話しかけつつ、赤城は必要以上に声高で、明らかに水島に聞かせている。視線も途中からは星野を離れて水島を見ている始末だ。

「そんなに簡単に別れませんよ」

 星野が呆れた様子で答えると、今度こそ赤城は星野に意識を向けた。こちらも呆れ顔だ。

「ホントに、良く付き合うよなあ……そんなに好き? こいつのこと」

「それは……まあ」

 答えながら、星野は目を泳がせる。ちょうど屈伸を始めてしゃがんだ赤城の目の前、机の下で星野の足を水島が軽く蹴った。足を延ばしながら今度は顔を見ると水島は引き続きシーン表を見ていて、星野はよそを向いている。ただ、どちらも耳たぶが赤い。薄暗い室内でもはっきり分かるくらい赤い。

「……え?」

 思わず漏れた声に驚いたように振り返った星野も「え?」と聞き返してくる。

「その感じ……え? ……ラブ?」

 さっきの「好き」は尊敬する先輩、仲間程度のつもりで聞いたんだけどな、と思いながら赤城はその後の二人のやりとりを検証する。今のはちょっと違ったよな、と。

 星野は赤城の問いかけに素直に驚いて首を傾げ、それから水島の方に身を寄せて囁いた。

「赤城さんって知ってるんじゃなかったでしたっけ」

 星野の声は残念ながら赤城には丸聞こえになる程度の微妙な小声で、ぱっと顔を上げた水島が星野の口をふさいだ時にはもう遅かった。星野は抵抗もせずにただ情けない面持ちで水島を見ている。その表情を見た水島がため息を漏らす。

 あっという間の自白で答え合わせが終わってしまった赤城は「マジか」と呟いた。赤城の中で十年を超える水島と星野に関する情報が駆け巡る。二人が異常に仲が良いのは昔からで、それは尊敬する先輩に懐く後輩にはじまり、その後は一心同体レベルの相棒として仲間内で処理されてきた。この二人はそういうものだと思ってきたから、それ以上考えもしなかったが、二人の関係に恋愛が含まれると言われても「へえ」という程度の驚きしかない。だって、昔からべったり一緒だった。なんの意外性もない。

 驚きの程度が少なかったので、赤城はすぐに楽しくなってきた。丸い顔にニンマリと笑顔が浮かんでくる。

「お前ら、そんなめでたい話隠してるなんて水臭くない?」

 確信を持った赤城の声に観念したのか、水島は星野から手を離して赤城に向き直った。

「わざわざ触れて回るようなことじゃない」

「急に開き直るじゃん」

「独身の成人同士が好きで付き合ってんだから、何も恥ずかしい話じゃないだろ」

 堂々と言い張る水島に対して、隣で大きな体を小さくしている星野はまだ顔が赤い。赤城はピュウと口笛を吹いた。

「ねえ、映研の皆にも知らせていい?」

「殺す」

「恥ずかしい話じゃないんだろ~」

「触れて回ることじゃないとも言った」

「触れて回りてえ!」

 大学時代、星野が水島に憧れて子犬のようについて回っていたことも、それを水島が飼い主のように面倒をみていたことも、映研の仲間はみんな知っている。いまや恋人だと聞いたらどんな反応をするだろうか。こんなに面白いネタを一人の胸に秘めておくのはもったいない。赤城はじたばたした。

「赤城さん……」

 星野が上目遣いに睨んでくるので、赤城はじたばたするのは止めて少し心を落ち着かせた。水島ほどではないが、赤城にとっても星野は有能で可愛い後輩だ。興味本位で悲しませるつもりはない。

「……冗談だよ。やらねえよ。はあ、そっか。そっか。とうとうね」

「なんだよ、とうとうって」

 不満げな水島は、自分が過去にどれほど星野を特別扱いしてきたか自覚がないらしい。

「とうとうは、とうとうだろ。良かったなって話だよ」

 説明も面倒なので適当に答えると、星野が遠慮がちに頭を下げた。

「……ありがとうございます」

 水島よりも千倍可愛い。

「いいってことよ! なんか祝福の品を見繕っとくわ。あれでいい? 新巻鮭?」

「嫌がらせにしかならない」

 嫌そうな水島に続けて、星野が真剣そうに付け加えた。

「余計な事言わないでくれたら、それが一番ありがたいです」

「星野……。お前、さては俺のこと信用してねえな?」

「それは……『Melt』のお話を最初にうかがった時点で、僕たちのこと、カマかけてきたじゃないですか。あれでてっきり知ってるものかと……」

「おん? そんなこと言ったか?」

 常に睡眠不足だった当時のことを言われても記憶にない。赤城が首を傾げると星野はきゅっと表情を引き締めて「言いました」と断言する。

「お前ら付き合ってんだろって言うから。てっきり水島さんから漏れたのかと」

 話が飛び火した水島が「はあ?」と声を上げる。

「何も言ってねえぞ」

「はい。それは聞きました。でも」

 その後、星野が赤城が何をどう言ったかを再現して見せた結果、赤城に「水島との交流が復活したか」と確認されたのを「恋人関係になったのか」と聞かれたのだと星野が誤解していたことが判明した。星野は紛らわしい言い方をした赤城が悪いと主張したが、赤城は取り合わず、水島が「もう面倒くさいから何でもいい」と締めくくった。


 編集室を出る前に水島が赤城に釘を刺した。

「今、世界中で俺たちのこと知ってるのお前だけだから。漏れたら、100%お前が原因だってすぐ分かるからな。余計なこと言うなよ」

「……俺だけなん?」

 赤城は意外そうに眼を丸くして、それから「それじゃあ、仕方ねえ。黙っといてやるよ。馬に蹴られて死にたかねえからな」と笑った。


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