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星野と水島  作者: 青砥緑
3. Melt-公開前
20/26

【保科日記】3

【保科日記】は本編と同じ時間軸で展開する保科視点での独り言です。飛ばしても本編のストーリーはつながります。コメディよりになりますので世界観がぶれると思う方は飛ばしてください。

11日目:

星野さんと秘密を共有した。

経費削減でプロジェクトの赤字を消すことはもう無理と判断した。ここからは出資増に舵を切る。攻めの決断だ。既に鈴木の動かせるお金はすべて吐き出させている。次に狙うのは別事業部の予算だ。

スポンサーとの付き合いが長いという水島監督から情報をもらってきたと星野さんが作戦を説明してくれた。あの暴走列車にお金の話ができるとは露ほども思っていなかった。まさか、そこに金脈があるとは。灯台下暗し。鈴木に嗅ぎつけられて逃げられる前に数字を固めて一気に追い込む。

完全に打ち切り路線まっしぐらだった作品が黒字転換(クロテン)まであと一歩だ。

自分が仕事に興奮することがあろうとは思っていなかった。


14日目:

増資を取り付けるための準備で星野さんと作戦会議を重ねている。毎日やる気が十割増しだ。

説明のために資料を示す星野さんの長い指、シャツをまくり上げた腕の筋、伏せたまつ毛。至近距離で見放題。私のスチル保存フォルダは脳内にあるので容量の心配はない。あらゆる角度の情報を保存した。

シダーウッドの香りもこの距離ならはっきりと感じることができる。髪の毛が動くときに少し香りが増すから、左右に広く資料を広げてわざと首を振らせてしまった。やっぱり、いい匂いだった。


彼がよく着ているシャツの中で、私は今日着ていた白地にオレンジのペンシルストライプが一番似合うと思っている。袖をまくり上げる様子を観察していたら、袖口のボタンが一つだけ違うものになっていた。多分、ボタンをなくした後に適当に違うボタンをつけている。ブラッドオレンジみたいな深いオレンジが並ぶ中に白いボタンが一つ混じっているのが気になる。一見、おしゃれにみえるけど素材が揃ってないから最初からそのデザインではなかったはず。

でも、そのいい加減さ、悪くない。

完璧な王子もいいけど、すでに仕事面が完璧なので私生活に油断が見えるのが非常においしい。

ギャップはイケメンの最高のトッピングだ。


15日目:

今日は外ロケがあった。

おかげで星野さんと二人きりで過ごすことができた。ロケの方を途中から渡辺さんと小林に託して、私と星野さんは先にスタジオに戻ることにしたからだ。制作部屋に長時間二人きりになるのは初めてだった。他の人の出入りがあるときは遠慮なく観察できるのに、二人となるとそうもいかない。

ときどき休憩をとって雑談した。マロンの話をした。たくさん聞いてくれた。でも、猫には全く詳しくないようだった。今日の会話でカリカリとウェットの使い分けについては正しい理解をしてくれたと思う。自分でもどうしてそんなことを力説してしまったのか分からない。

それから私の仕事ぶりを褒めてくれた。たくさん褒めてくれた。私は今日死ぬのかと思った。

夕方、渡辺さんが帰ってきた。もっと遅くて良かった。でも撮影が押すとコストが増すから予定通りの帰着は喜ぶべきだ。ただ、コーヒーでも飲んで、もうちょっと時間稼ぐくらいはできたはずだ。

気の利かない渡辺さんの後、何人か出入りして、そのたびに私たちは「おかえりなさい」を言った。

そして水島監督も帰ってきた。星野さんが「おかえりなさい」と言った。

温度が違った。

今日は珍しくたくさんお話して、たくさん声を聞いてた。それまでに戻ってきたスタッフにかける「おかえりなさい」も聞いてた。だから確信がある。水島監督にかけた「おかえりなさい」だけ特別だった。


18日目:

私は今、平静を失っている。

今日、領収書をもってきた水島監督のポケットからオレンジ色のボタンが転がってきた。ブラッドオレンジの小さなボタンだ。拾って、じっくり眺めて確認した。Yシャツの袖口にちょうどいいサイズだった。

物証として認定できる精度だった。ボタンを拾って渡すついでにしっかり匂いを嗅いできた。監督からシダーウッドの香りがした。これ以上、言葉にならない。

今日は早く帰ってマロンにたくさん猫吸いをさせてもらおう。冷静さを失うと計算をミスる。今は大事な時期だ。


20日目:

今日を運命の日として記録したい。

鈴木が増資を勝ち取ってきた。これで映画の完走が決まった。嬉しい。

それから星野さんのシャツルーティンが今日はオレンジのペンシルストライプの日だった。

袖口のボタンの色が全部揃っていた。

正しい腐女子として覚悟を決めようと思う。

私は星野さんを保護対象に認定する。保護対象とは、保護するものだ。

私の目の届く範囲において、何があっても私は星野さんを守る。ついでに監督も。

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