43. 清州
13時57分、清州駅に到着。稲沢市だが、お隣の「清須市」との関係は不明。
そろそろ昼食にありつきたいが、無理そうな雰囲気が既に出ている。改札は1つだけ。右の方に、ガス機器メーカーの工場、短大、清州城があるらしい。
工場は既に見えており、短大は徒歩9分と書いてあり、清州城は記載なし。・・・おい! 電車から朱色の欄干の橋が見え、神社かとも思ったがそれだろうか。距離、どれくらいだったっけ・・・?
駅前の案内板によると、五条川という川まで線路沿いを南東に進めばいいらしい。でも縮尺のない地図はアテにしないからね。食わず嫌いじゃなくて実体験だからね。でも案内板のお陰でお城の存在が分かったのだからそこは感謝。あとは自分で調べます。
この横にも案内板があり、「宮重大根発祥の地」と書いてある。あとついでに「清須市春日」とも。どうやらこの駅、たまにある、駅を出たら自治体が変わるやつらしい。
大根の紹介をしている一方で、地図に載っているのは美術館や公園など、ひらがな表記の施設もあったので分かったが、「春日」は「はるひ」と読むらしい。こちらにも縮尺はないので、やはりどこかで調べよう。
すぐ前の方に喫茶店の看板があったが、開いていなかった。歩いて探しても簡単に厳しそう。嬉しいことに駅舎内にベンチがあったから、駅に一旦戻ってから調べてよう。
・・・あ。縮尺付きの地図が駅舎の壁にあった。出て正面に案内板があったから見落としてた。清洲城の場所は1キロを切っており、歩ける距離にありそうだ。地図上では、「清洲古城跡公園」と「清洲城」。おそらく今あるのは復元したものだろう。
駅周辺の地図を表示させると、ラーメン屋が2件あった。片方は清洲城と反対方向なので却下し、もう片方が少し遠回りすれば行けるのでそれに賭け、閉まってれば清洲城前に屋台が出ていることを祈ろう。
まずは駅前の道を直進。突き当たりで右に行くと大通りに出る。信号のある所まで行き、そこを右。ラーメン屋の赤い看板が既に見えている。
が、車もなく電気も点いていなかった。仕方なく、その手前で、白い看板の携帯電話会社の所で右に曲がって路地へ。
そのまま進み、車がすれ違えるぐらいの幅の道路に出たら、左に曲がって後はひたすら真っ直ぐだ。
10分強で、公園のような場所に到着。案内板があったので見に行ってみると、駅前のと同じ広域のやつ・・・。
「順路」の看板を信じ、それに沿って進む。15秒ほどで出てきた案内板は、また同じ広域のやつ・・・。この頻度で市全体のマップがいるのか・・・?
その看板のすぐそばに、「織田信長公を祀るお社」の表示が。その横の看板によると、織田信長がここ清洲城を攻め落とし、尾張支配の拠点にして天下統一の第一歩を踏み出したらしい。全然知らなかった・・・。高校で日本史の授業がなかったので許してください。
この場には、「織田信長公を祀るお社」と思われる小さなものと、その左に石碑。近くで拝め、今度はお城本体のある奥の方へ進む。
すると、電車から見えた朱色の欄干の橋と、その奥に清洲城。天気が良いこともあって、きれいだ。さらに嬉しいことに、そばにある「ふるさとのやかた」が開いていた。今日は3時に閉まるらしいので急ごう。カレーを推すのぼり旗があるが・・・?
お土産用の商品でした。しかしここは売店で、休憩用のベンチも並んでいたので、落花せんべいを買って腹ごしらえ。3時の閉店間際まで休憩させていただいた。
その後、清州城を目指して橋を渡る。2つ隣の駅に花形の名古屋城があることに対し、そこそこの人で賑わっていた。外国人の団体さんもいらっしゃる。
橋を渡り終え門のそばに行くと、天守閣への入場は3時までという看板・・・。何たることだ・・・普通に開いてないと思って諦めてた。今回の旅、ことごとくお城に入ってないな・・・。
今度は遠回りせず、線路沿いを駅へと引き返す。せんべいを食べたものの、まだ空腹感は残る。ひと駅2時間強のペースで進んでて、2駅連続で逃してしまったのは痛い。名古屋駅の隣と、そのまた隣で食事にあるつけないなんて、思ってなかったんだ・・・。




