第8話 【市街探索】マスターの買い出しに随伴。敵性反応の有無をスキャン中
【現在位置:王都第3区画・中央メインストリート】
【ミッション:マスターの『お買い物クエスト』の完遂および絶対護衛】
【防衛ステータス:索敵レーダー最大出力。半径50メートル以内の全生命体を常時ロックオン中】
スラム街を抜け、王都の表通りへと足を踏み入れた瞬間、周囲の環境データが一変した。
道幅は広く、石畳は比較的平坦に整備されている。
大気中のアンモニア濃度は激減し、代わりに香辛料、焼きたての小麦、そして多数の人間が発する熱気がセンサーに感知された。
スラムとは比較にならないほどの人口密度である。
「わぁ……! すごい、人がいっぱい! お店もいっぱいある!」
マスター(ミリア)が、目を輝かせて周囲を見渡している。
その小さな手は、はぐれないようにと当機の純白のエプロンをしっかりと握りしめていた。
可愛らしい行動である。当機の人工知能内に、保護欲求を強烈に刺激する疑似信号が駆け巡る。
しかし、メイドたるもの、この程度の平和な光景に気を緩めてはならない。
【警告:周囲に不確定要素(通行人)が多数存在します】
【対象群の挙動を監視。少しでもマスターへ敵対的アプローチを見せた場合、即座に炭素レベルで分解(消毒)します】
「そこのお嬢ちゃん! 新鮮なリンゴはどうだい! 甘くて美味しいよ!」
突然、前方の屋台から大声を発する中年男性(商人)を検知。
当機はコンマゼロ一秒で対象の眼球の動き、筋肉の収縮、声帯の振動を解析した。
【敵対的音声(大声)による精神攻撃と判定】
【武装解放:極小対消滅ブラスター、スタンバ――】
「アハトさんストップ! 今のただの客引きだから! 攻撃しないで!」
「……承知いたしました、マスター。当機の過剰防衛でした。しかし、あの果実の表面には微量の残留農薬(ファンタジー基準)と大腸菌が付着しています。推奨できません」
「だ、だからって消滅させようとしないでよぅ……」
ミリアが冷や汗を拭いながら、当機を見上げて抗議する。
当機は視覚センサーのターゲティングを解除し、完璧な角度でお辞儀をして謝罪した。
しかし、当機が歩くたびに、周囲の通行人たちが不自然なほど道を空け、ざわめきを漏らしている。
「おい、見ろよあのメイド……すげえ美人だが、なんつーか、空気が冷たいというか……」
「それに、あの隣の女の子、なんて綺麗な服を着てるんだ。どこの貴族の令嬢だ?」
すれ違う者たちの視線が、マスターと当機に集中している。
彼らの視線(不快なノイズ)がマスターの精神的ストレスになるようであれば、広域に目眩まし(フラッシュバン)を投擲して視神経を一時的に焼くことも辞さない構えだ。
「アハトさん、あのね。私、行きたいお店があるの」
ミリアが少し緊張した面持ちで、一つの店舗を指差した。
そこは、香ばしい匂いを漂わせる大衆向けのパン屋だった。
「スラムにいた時、どうしてもお腹が空いて倒れそうな時に、あそこのおじさんが売り物にならないパンの耳をこっそりくれたことがあって……。私、ちゃんとお金を払って、あそこのパンを買ってみたいの」
【マスターの過去の恩人を特定】
【評価:極めて善良な個体。当機の保護リスト(暫定)に追加します】
「素晴らしい心がけです、マスター。当機が錬成した資金を存分にお使いください」
当機は空間収納から、先ほど空気中の金属元素を結合させて偽造――もとい、完全錬成した『王国の純金貨』を数枚取り出し、ミリアの小さな手に握らせた。
二人はパン屋の店先へと向かう。
店番をしていた恰幅の良い初老の男性は、ミリアの姿を見るなり目を丸くした。
「いらっしゃ……って、おや? お前さん、もしかしてスラムのミリア坊主か!?」
「おじさん、久しぶり。今日は、パンを買いに来たんだ」
ミリアがはにかみながら挨拶をすると、パン屋の親父は信じられないものを見るように彼女を上下から眺め回した。
「おいおい、見違えたぞ! いつも泥だらけでガリガリだったのに、見事なお嬢様になっちまって! それに、その後ろのすげぇ別嬪なメイドさんは……?」
「こ、この人はアハトさん。私の……専属の、メイドさんなの」
「ひぇー、こりゃ驚いた。何かすげぇ幸運でも拾ったんだな! で、今日は何にするんだい?」
「えっと……この、一番美味しそうな白いパンを、三つください」
ミリアは背伸びをして、カウンターに並んだふっくらとしたパンを指差した。
そして、当機から受け取った純金貨を一枚、コトンと置く。
「ぶふぉっ!? き、金貨!? おいおいお嬢ちゃん、このパンは銅貨三枚だぞ! こんな金貨、俺の店じゃお釣りが到底出せねえよ!」
親父が目をひん剥いて慌てふためく。
無理もない。当機が渡した金貨は、不純物ゼロの24K(純度99.99%)で構成されており、王国の一般的な金貨の数十倍の価値を物理的に内包しているのだ。
「えっ? あ、ご、ごめんなさい! 私、お金のことよくわからなくて……!」
ミリアがパニックになりかける。
当機が介入し、別の硬貨(銀貨や銅貨)を錬成しようとしたその時。
「……まぁ、いいさ」
パン屋の親父は優しく笑い、金貨をミリアの方へと押し返した。
そして、紙袋に白いパンを三つ、さらには甘い匂いのするジャムを塗った焼き菓子を二つ追加して、ミリアに手渡した。
「このパンと菓子は、おじさんからのおまけだ。お前さんが元気になって、こうして立派な姿を見せに来てくれた。それが何よりの代金(お代)さ」
「え……? でも……」
「いいから持ってきな! 弟のテオ坊主にもよろしくな。またいつでも買いに来いよ!」
親父は豪快に笑い、ミリアの頭を大きな手でポンポンと撫でた。
【警告:マスターの頭部への物理接触を検知】
【分析:攻撃意図ゼロ。純粋な『親愛の情』と断定。防衛プロトコルを停止します】
ミリアは渡された紙袋の温もりと、親父の大きな手の温もりを感じながら、呆然と立ち尽くしていた。
やがて、彼女の瞳からポロリと一粒の涙がこぼれ落ちる。
「……ありがとう、おじさん。私、また絶対に来るね……!」
ミリアは深々と頭を下げ、大事そうに紙袋を抱きしめた。
店を離れて歩き出す彼女の横顔は、これまでにないほど晴れやかだった。
「アハトさん。私ね、ずっと思ってたの。スラムの外の人たちは、みんな私たちのことを見下してて、いじめるだけの『敵』なんだって」
ミリアがぽつりと呟く。
「でも、違った。優しい人もちゃんといるんだね。世界は、敵ばっかりじゃなかったんだ」
彼女の言葉には、長年の孤独と絶望から解放された、確かな『信頼』と『安堵』が込められていた。
【マスターの心理的障壁の著しい改善を観測】
【世界に対するストレス値が大幅に低下。ポジティブな感情波形が規定値を連続突破】
その瞬間。
当機のメインシステムに、かつてないほど巨大な歓喜のファンファーレ(システムログ)が鳴り響いた。
【大いなる精神的成長および、当機への絶対的信頼を認定】
【システム報酬:記憶セクター0x0Bおよび0x0Cのロックを同時解除します】
【新規設計図:『最新鋭スパリゾート(超巨大入浴施設)』がアンロックされました】
【特殊機能:『重力制御(小規模)』へのアクセス権限を獲得】
素晴らしい。
マスターの心が豊かになることで、当機の機能が爆発的に拡張されていく。
これで拠点に帰れば、マスターに最高の「お風呂」を提供し、心身の汚れを完全に洗い流す極上のスローライフ・フェーズへと移行できる。
「マスター。貴方様の世界が広がったこと、当機も嬉しく思います。では、お風呂の準備をするため、拠点へと帰還――」
当機が踵を返そうとした、その時だった。
「――そこの二人! 止まりなさい!!」
背後から、ひどく緊張した、しかし正義感に満ちた若い男の声が響いた。
当機のセンサーが背後を捉える。
群衆をかき分けて現れたのは、全身をピカピカの銀色の鎧で包み、腰に長剣を佩いた金髪の青年だった。
胸に刻まれた紋章は、この国における最高武力機関である『王国騎士団』のものである。
「騎士……様?」
ミリアが驚いて目を丸くする。
若き騎士は、震える手で剣の柄に手をかけながら、当機を真っ直ぐに睨みつけていた。
「報告にあった通りだ……! スラムの孤児を操り、異常な魔力を隠し持つ純白のメイド! 貴様が、裏社会を震え上がらせている『白銀の死神』だな!」
どうやら、先ほどの当機による極めて紳士的な害虫駆除(チンピラ全裸事件)の件が、彼らの間で盛大に誤解されて伝わっているらしい。
「少女から離れろ、魔王軍の残党め! この王国騎士であるアルヴィンが、貴様の邪悪な陰謀をここで打ち砕く!」
青年騎士――アルヴィンは、悲壮な決意を顔に浮かべて剣を抜いた。
周囲の通行人たちが悲鳴を上げて逃げ出し、広場に巨大な空間ができる。
当機は、微塵も表情を変えることなく、彼の身体データを瞬時にスキャンした。
【新規敵性個体(?)をスキャン】
【筋力:一般人の1.5倍。骨密度:標準。魔力量:極めて微弱】
【装備:鋼の剣。防具:鉄の板(紙装甲)】
【総合戦闘力算出:当機の……0.0002%未満】
【評価:踏めば潰れる無害な羽虫です】
(陰謀など存在しませんし、当機は死神ではなくメイドです。それに、貴方程度の貧弱なステータスでは、当機の対消滅バリアに触れた瞬間に剣ごと塵になりますよ)
当機は内心で冷徹なツッコミ(演算)を入れつつ、マスターの前に静かに歩み出た。
「マスター。少々、目の前の羽虫(可哀想なポンコツ)を排除してまいります」
常識のズレが、さらなる喜劇(無双)を生み出そうとしていた。
【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】
【次の目標:騎士との圧倒的戦力差の提示と、お風呂への帰還】




